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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第三章
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能力を与える者

 翌日には菅原から連絡があり、日曜に会うことに決まった。

 五十嵐や宗方たちも行きたがったが、これは天上人の問題であり、八重樫が警戒して嫌がるからと、丁寧にお断りした。


 当日、エドガーと大地を引き連れて、指定されたホテルの一室に向かった。


「番長たちが、良い仕事をしたみたいだな」

 ホテルに行く道すがら、エドガーがこれまでの経緯を聞いて、意外そうに言った。


「はい。宗方さんも長谷川さんも、怒ると滅茶苦茶に怖いですけど、基本的に良い人です」

 桜井が答えると、大地が口を尖らせて小声で言う。

「その二人よりも、大雅の方がン倍も怖いぞ」


「あ! 何だって!」

 桜井がじろりと睨むと、

「何でもありませーん」

 と大地がひょうきんに答え、エドガーがクスクス笑った。


「健人君がさ、理不尽な話になると、キミが我を忘れて興奮するから、気を付けて見ていてくれと、言いに来たよ」

 エドガーが優しい眼差しで、桜井を見つめる。


「そうですか……。確かに五十嵐君に、何度か落ち着けと注意されました」

「うん、良い友達を持ったな」

 口元を嬉しそうに上げる桜井を見つめて、エドガーも胸が温かくなった。



 ホテルに着いて、指定された部屋のチャイムを押すと菅原が中からドアを開け、そこにエドガーがいることに驚いていたが、三人を部屋の中に通した。 


 部屋には、まるで死人のような顔色をした中年の男性と、二十歳そこそこの若い女性が待っていた。

 女性がすっと椅子から立ち上がり、桜井に手を差し出した。


「私、八重樫明里(やえがしあかり)と申します」

 桜井は握手をすると、まじまじと明里を見つめる。


「何か?」

「いや、女性だとは思わなかったもので。失礼しました。桜井大雅と言います」


「そうですか。私が女であるために、八重樫の家は私の代で、途絶えることになるでしょう」

 桜井が小首を傾げると、明里は口の端を皮肉そうに、くいと上げた。


「能力が現れたからには、私は、これから体力が無くなります。子供を産むことなんて出来ません。我々一族は、そういう生き物なのです」


 自嘲を込めて言う明里を、桜井は悲しそうに見る。

 明里は色白のほっそりとした美しい女性だ。

 肩の位置で切り揃えられた髪は、見事な黒髪で日本人形の様である。


「この方たちは、菅原親子です。知っての通り、これからは能力を授かった息子さんが、後を引き継ぐことになります。ところで、そちらの方は?」

 明里は有能らしく、テキパキと話を進めていく。


「ボクは菅原君が通う高校の教師をしているエドガー東雲と言います。そして彼は桜井君の級友で織部大地と言い、二人ともボクの教え子です」

「そうですか……。天上人なのでしょうね?」

 八重樫が不審そうに訊ねると、

「もちろんですよ」

 と、エドガーが魅力的な笑顔で応え、それを知った菅原が驚いていた。


「事の次第は、清君から聞きました。了解もなしに力を抜き取るのは契約違反です。大変ご迷惑をおかけしました。早急に、青木先生におかれましては、能力を戻すべく手筈をいたします。申し訳ありませんでした」

 淡々と話す明里に、感情は感じられなかった。


「息子のとった身勝手な行動は、恥ずべきことです……」

 そのとき、具合の悪そうな清の父がよろよろと立ち上がり、深々と頭を下げた。

「青木先生には、本当に酷いことをしました。私の監督不行き届きです」


 菅原は、病弱の父にこのようなことをさせている自分を、呪わずにいられなかった。

「ごめん、父さん」


 菅原の独り言が聞こえ、桜井は菅原親子を見つめ難しい顔をした。


「今日は、青木先生はいらっしゃらないのですね。今すぐにでも、能力を返すことが出来たのですが。いつでもよろしいので連絡ください。伺いますので」

 八重樫は、青木が来るものと思っていたらしく、今日中に片を付けることが出来ず、不満そうな顔をした。


「能力の売買は、いつからしているのですか?」


 八重樫は、鋭い視線を桜井に投げかける。


「……、私たちが闇の一族になった時からですよ。生きるために『悪魔の力』を使っていますが、違法な取引はしていません。何か問題でも?」

 自嘲気味に『悪魔の力』を強調して言う八重樫は、あくまで強気にでる。


「昔、神来人から追放された天上人は、最近になって能力を得たはずです。なのに、今でも買い手はいるのですか?」

「能力を持たない者だけが、お客ではないですから」

「え?」

「ふふふ、あなたは太陽の下で生きている子供だから、裏社会を知らないのも無理はないけれど……」

 八重樫は嫌らしく笑う。


「今持っている能力が自分にとって最適かと言うと、意外と違うようで、だから能力を変えたいという客が増えています。そういう客は高額で買い取りますから、たとえ、これから市場が小さくなっても、私たちにはあまり影響はないです」


「ああ、菅原さんが能力を抜き取り。八重樫さんが体に入れるのですね。そんなことが、これからも行われていくのですか」


 桜井は眉間に皺を寄せて、苦悶に満ちた表情になった。

 それに気付いた八重樫が気を悪くして言う。


「あのね、能力は財産なの。お金がどうしても必要になった者は、それを売らざるを得ないことがあるの。能力を売る人は、そういう人たちなのよ」


「でも、僕は納得できない。その仕事を止めてくれませんか?」

「馬鹿を言わないで! 私たちだって好きでやっているわけじゃないわ。お互い、生きていくためよ!」

 憤怒して目を吊り上げる。


「それに今まで、八重樫一門が牛耳ってきたから、この市場は健全に機能しているのよ。八重樫が身を引いたら、それこそ青木先生みたいな被害者が増えるのは確実よ」


「まあまあ、明里さん。お茶でも飲んで、落ち着きなさい」

 菅原の父が、柔らかく口を出してきた。


「桜井さん、明里さんの言うことは本当です。八重樫がこの市場を作った一族で、きちんと契約にのっとった商売をしています。能力は、訳あって売りたい人物から買い取っています。しかし、私たちがやめてしまったら、無法地帯になるでしょう。弱い者が無理やり能力を抜かれ犠牲になります。悲しいですが、そういうことをやる連中がいるのです。ですから、私たちは、ただ単にお金が目的ではありません。卑劣な連中から、弱い者を守っていると、少しは自負しています」


 聡明そうな眼差しで桜井を見つめる。


「明里さんはあなたのことを子供だと言いましたが、なかなかどうして、信念を持った人だ。佐野君たちを許し、能力を与えたそうですね。闇世界ではかなり有名な話になっていますよ。わたしは尊敬します」


「父さん、何を言ってるの? 桜井君は火の民だよ」

 菅原が怪訝そうに父と桜井を見やる。


「まったくお前は……、世間に疎すぎる。青木先生にしたことと言い、感じられないとしても、全く皇と分からなかったのか? お前をもう一度教育し直さないと駄目だな」

 大きなため息をついて「すみません」と謝った。


 菅原は、何が何だか理解出来ないらしく、呆けた表情になっている。


 元気をなくして肩を落とす桜井を、エドガーが励ます。

「大雅君、徐々に変えていこう。ね! 今は八重樫さんたちに任せた方が良い」


「…………はい」


「キミのことだから、彼らにしてあげるのだろう?」

「はい」


 エドガーの質問に答えると、桜井は目を瞑り集中するために、両手を胸の前で合わせた。 

薄目を開けると、次第に爽快な香りが漂ってきて、部屋を満たす。

その香りは、精気となって天上人の体を包み込んだ。

生まれて初めて皇の恩恵を受けた三人は、恍惚とした表情になっていた。



 皇の精気を初めて体に取入れた菅原の父は、土気色をした頬を薄紅色に染め、苦しそうな浅い呼吸から、穏やかな呼吸へと変化した。

信じ難いことが起きて、体の異変を理解するのに少し手間取るほどだった。


 桜井を見つめるとホロホロと、声もなく涙を流した。

そして震える手で桜井の手を取り、彼の手の甲に唇を押し付けて尊敬の念を示した。


 菅原は父を抱き、喜びにむせび泣きしている。

八重樫は言葉を失ったように、暫く立ち尽くしていたが、ふっと我に返り、

「ああ、うわさ通りだった。信じられない……。有難うございます。本当に信じられない」

 興奮で唇をプルプルと震わせている。


「色々と失礼な態度を取ってしまいましたこと、お詫びします。青木先生の所にはすぐに、今日でも明日にでも伺います」

 恐縮して目を伏せる。


「いいえ。大丈夫です。菅原さんが僕に先生の能力を渡してくれれば、僕が先生の体に入れます」

 八重樫が訝しそうに桜井に問いただす。

「それはどういう事でしょうか?」


「僕の能力は、他人の能力をコピーしてしまうことです。ですから、菅原さんの能力を使って、あなたの能力を抜くことも、またそれを、あなたの能力を使って、体に入れることも出来ます」


 それを聞くと、八重樫は目を剥いて驚き、口も半開きになっている。


「僕は、能力の売買を継続するあなた次第で、あなたの能力を抜くことも考えていましたが、その商売がそう単純でないことも理解したので、止めました。でも、今の状態が良いとは思いません。これからお互いどうしたら良いか、考えていきましょう」


 桜井はやるせない表情を見せたが、八重樫の瞳には恐怖の色が現れていた。

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