悪魔の力
久しぶりに会った北村院長と佐野医師は、別人と見紛うほど穏やかな表情をしていて、そのことは、桜井を非常に喜ばした。
「皇、よくいらっしゃいました」
院長が慇懃な挨拶をするのを、桜井が遮る。
「院長、僕は一高校生としてきました。皇としてではありません」
桜井が戸惑い気味なのを尻目に、エドガーが話に割り込む。
「お二人とも、お元気そうで何よりです。ボクたちは今困っていて、ある情報が欲しい。以前のあなた方のように、皇の恩恵を受けられない一族がいるのを知っていますか?」
北村と佐野は困惑な表情を浮かべた。
「知らないこともありませんが、どうしてですか?」
言い難そうに、北村が答える。
「青木が襲われて、力を奪われました。天上人の力を奪う者を知りませんか?」
それを聞いて、北村は大変動揺した。
「それは本当ですか? だとしたら大変だ。我々も気をつけないと危ない」
「知っているのですね! 教えてください!」
桜井が緊張した面持ちで声を荒げた。
「ええ、あれは皇、いや大雅君と知り合う前のことだから、十年ぐらい前のことだと思うけど」
北村は、思い出すように考え考え話しだした。
「最初は患者としてきたと思う。……そう、確か、どこが悪いというのではなく、虚弱体質で酷く顔色が悪かった。内科から心療内科のわたしのところに回されてきたのを思い出す」
そこで腕組をして眉間に皺を寄せる。
「たぶん私に会うのが目的だったと思う。彼は『もし、能力が手に入るのであれば、いくら出せるか』と訊いてきた」
「何だって! 能力を売買しているのか?」
エドガーと桜井が驚いて目を丸くした。
「わたしは相手にしなかったけれど、佐野君は……」
みんなの視線が佐野に移ると、佐野は顔を赤くして俯いた。
「……、僕はできるなら力が欲しかった。だからチャンスだと思ったんだ」
触れられたくない話題のようで、言い難そうにする。
「話を聞くと、順番待ちだと言われた。前金を支払って数ヶ月待ったが音沙汰なしで、詐欺かもしれない、やられたと思った頃に、連絡があった。残りの金を払って能力を購入したが、結局、僕には根付かなかった。相性があるらしい。今思えば、金に物を言わせる恥ずかしい行動だったと反省している」
「もっと詳しく教えて」
桜井の目つきが鋭くなる。
「落ち合った場所や、どうやって力を体に入れるのか、どんな人物がいたのか、気が付いたことを教えて」
「待ってくれ。十年も前のことだから……」
佐野は額に手をやり、暫く目を閉じて考えていた。
「患者の名は、たしか八重樫といった。歳は当時で三十前後、彼が施術をして、彼がリーダー格だと思う。他に同じ年齢ぐらいの男が一人いて、そいつが両手を合わせて手を広げると、そこには薄く光るモヤモヤとしたものが現れ、それを八重樫が手に取り、僕の両眼に当てた。するとほんわりと体全体が暖かくなった。その瞬間、ふっと目が回ったけれど、それで施術は終了していた。次の日には使えるようになると言われたけれど、僕の場合は変化なしで、文句を言うと、相性が合わないのは僕側の問題だから、苦情は受け付けないと突っぱねられた。もう一度試したいなら、改めて金が必要だと言われたけれど、僕はそのために、借金までしたんだよ。もうそれ以上借金をするのは無理だし、また無駄になる可能性だってある。だから諦めたよ」
自身の恥部をさらけ出して、佐野は肩を落とす。
「施術の場所はどこだった? 今も連絡先が分かるかな?」
エドガーが、思いがけない成果に期待しつつ訊ねた。
「場所はホテルの一室だった。連絡先はどうかな、家に帰ってから調べてみるけれど、期待しないでくれ。後で連絡するのでいいかな?」
「オッケー、よろしく。大雅君、凄い収穫だよ。来てよかったな」
エドガーは気をよくして言うが、桜井は鬱々としていた。
「院長は八重樫という人を、どのような人物だと思いますか?」
院長は人を観察する能力に長けていると、桜井は常日頃、思っている。だから院長の慧眼に問いたいと思った。
「ああ、徐々に思い出してきたよ。彼は食べても太れない、そもそもあまり食べることが出来ないのだと思うけれど、痩せすぎで免疫力が弱く、すぐ体調を崩してしまう人だった。疲労感も強く、それがだらけた感じに映り、甘えとか、嫌味を言われたことも多いだろう。生まれつき体が弱いせいで、周囲からの理解を得られずに、自身を否定され続けた人生だったのかも知れない」
「虚弱体質なのは、皇からの生命力を貰えないからですか?」
桜井が言うのを、エドガーが鋭く見た。北村がそれに気づいた。
「そうだけれど、きみとは関係ないことは、肝に銘じたほうが良い」
桜井は唇を噛んで言葉を絞り出した。
「何でそんなことを、能力を売買したりなんかするのでしょうか?」
「……、需要があるから、供給がでる。たぶん、能力が欲しい者がいて、それを知った貧しい者が、自身の力を売ったことから始まったのかもしれない。その仲介者が八重樫たちだという事だよ」
「能力が欲しい者って、昔のあなた達のような?」
「……ああ、そうだよ。たぶん、そうだ」
北村と佐野が一瞬固まり、北村が不快そうに答えた。
「じゃあ、今は? 商売出来ないでしょう? だって、需要がないもの」
その質問に北村が絶句する。
「確かにそうだ」
「だったら、青木先生は何で力を奪われたの? 奪った力はどうするの? だれが高額で買うの?」
桜井の質問に答えられる大人はいなかった。




