岩緑青高校の新番長
森野姉弟が、無事に信徒が待つ村に戻った頃から、宗方が何やら考え込むようになった。
彼はついに番を譲ると言い出し、鼻血男石川が慌てふためいて止めた。
しかし彼の意思は固く、それでは次は誰がなるのかと、校内中で憶測が飛び交っていた。
手を上げたのが二年の酒井で、自身がイケてると勘違いしているような痛い人間である。
だが人当たりは良く、悪い人間ではない。
しかし有望視されているのは、やはり二年の長谷川で、彼は酒井と異なり寡黙で、眼力鋭く、ちょっと近寄りがたい雰囲気がある。
宗方が推すのはもちろん長谷川で、連日頼み込んでいるが、なかなか首を縦に振らない。
「なあ長谷川、俺の後を引き受けてくれないか? 頼むよ」
「興味ない。やりたい奴がやればいい」
長谷川の態度は取り付く島もない。
「酒井かぁ……、奴じゃ不良どもに舐められそうだ。いるだけで秩序が保たれる、そんな奴が必要なんだよ」
はあ、と大きなため息をつく。
「お前がやればいい。あと一年あるだろ。なぜ今身を引くんだ?」
相変わらず、表情を変えずに冷ややかに言う。
「俺は……、他にやりたいことが出来て、あいつらの面倒を見られそうにない。だけど、酒井じゃ駄目だ。な! 頼むよ」
パンと音をさせて手を合わせる宗方を、迷惑そうに眉間に皺を寄せて眺める。
「やりたいことってなんだよ」
「教えたら引き受けてくれるか?」
「……考えてやってもいい」
長谷川の態度が軟化したのが感じられて、宗方は気をよくした。
「俺は、この学校で俺より強い奴はいないと思っていた。だけど、現れたんだよ。俺は感激したね」
「ああ、大地とか言う一年坊主だろ」
「はは、やっぱり知ってるか」
「当たり前だろ。マラソン対決は、かなり有名な話だぞ。そんなに凄かったのか?」
「ああ、気持ち良いほどの完敗だ。俺は、これからも彼らに関わっていたい。だから、他のことには気が回らないし、煩わしい思いもしたくない。番の役目は出来ない。お前なら適役だ。な! 頼むよ」
長谷川は閉じていた目を開けると、悪戯っぽく口角を上げた。
「わかった、いいよ」
「本当か。良かったぁ」
「ただし、一つ条件がある」
「なに?」
宗方が怪訝そうに首を傾げた。
「俺も混ぜろ」
「は?」
「俺に大地を紹介しろ」
「……、それじゃあ意味ないだろ」
「校内では番として、不良どもの躾はしてやる。面倒も見る。だから、校外では俺も混ぜろ」
「うーん、しょうがないな。わかったよ」
桜井の困り顔が目に浮かんだが、それもまた一興と、最後に宗方はほくそ笑んだ。
石川にそれを告げると、長谷川さんならばと納得して、校内の身内に触れ回ったから放課後には、ほぼ全校生徒に知れ渡ることになり、それを聞いた酒井は不機嫌になった。
しかし宗方が酒井を呼んで、副番長として長谷川の力になって欲しいと頼むと、途端に上機嫌になったらしい。
「酒井は単細胞だからな、奴を表に出して上手く使うといい。長谷川は後ろでドンと構えていたら、それで済むんじゃないかな」
「ああ、了解した。それよりも、これから大地に会わせろよ」
「ああ、じゃあ、行こうか」
興味津々で仕方ない様子の長谷川を大地に合わせたら、どのような反応をするのかと想像して、宗方は面白くて面白くて、思わず顔が崩れそうになった。
現番長と次期番長が揃って一年の教室に現れたものだから、一斉にみんなの視線が集中する。
二人の目的が大地なのは薄々感じているから、教室中の目が自然に大地を探すが、教室にはいない。
宗方が坂本を見つけて、手で合図をする。
「坂本ぉ、大地はどこだ?」
「えー、知らないです」
宗方の隣にいる長谷川にビビりながら答える。
長谷川は校内一身長が高いと思われる。
骨太で頑丈そうな体をしている。
目つきが鋭いから、睨まれたら蛇に睨まれた蛙状態になりそうだ。
宗方も鍛えられた肉体をしているが、長谷川と並ぶと小ぶりになる。
「何だ、いないのか。桜井は?」
坂本は宗方に近づき、耳元で囁いた。
「桜井は、保健室に行ってます。何か問題が起きているみたいですよ」
「どんな?」
「俺は知りませんよ」
期待でウズウズしている宗方を見ると、何かやらかしそうで、坂本は言わないほうが良かったと、後悔した。
「よし、俺たちも行ってみるか」
「駄目ですよ。絶対に駄目!」
ギョッとして坂本は小さいが鋭い声で言う。
すぐさま宗方は、体をくの字に曲げて苦しみだした。
「いっててて。腹がいてえ。長谷川、保健室に連れてってくれ」
坂本は『この野郎』と胸中で毒づきながら、長谷川の肩を借りて教室から出て行く宗方を見送るしかなかった。
後で桜井から文句が出るな、と思うと気持ちが萎える。
「おい、くだらない演技に俺を巻き込むなよ」
教室を後にすると、長谷川が肩から宗方の腕を離し、不機嫌そうにジロリと睨んだ。
「だって坂本が止めに入るからさ。ははは」
数歩先に歩き、機嫌良く振り返ると、
「おまえ、運が良い。大地だけでなく、桜井と青木にエドガーも紹介してやる。実に面白い連中だぞ」
宗方はスキップしながら保健室に向かった。




