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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第二章
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別離

 月曜日の放課後、例の『嘆きの泉』に、少女姿のキシャルを中心に五人が集まっていた。

藤原と宗方、五十嵐と坂本、それに桜井だ。


 そばでレンゲとショウマが、大地と絡み合って遊んでいる。


 保健室の窓から、青木とエドガーがその様子を見ている。

窓の外には小池がいて青木と話していた。


「青木先生、わたしね、ちゃんとキシャルに言ったのよ。ここの泉で待ち合わせをすると、恋人と別れることになるから気を付けてって」

 小池の頬はふくれている。


「それなのに、なんでここで藤原さんと会うかな……。彼は恋人の生まれ変わりなんでしょう?」

 理解できないという風に、肩を揺らした。


「……。分かっているから、嘆きの泉で会うことにしたのでしょう。彼女の決意の表れだわ。今日で村に帰るそうよ」


「え! そうなんだ。そっか、もう会うこともないってことか。何かキシャルが可哀そう」


「ちゃんと杏仁と別れが出来て、彼女も納得していたと桜井君が言っていたわよ。だから藤原君のことも綺麗さっぱり忘れることが出来るわよ……。彼女の願いが叶ってよかった」

 それでも、少し寂し気に微笑んだ。


「ボクは不満だ。大雅君は最近、ボクを除け者にするんだよ」

 ふくれっ面で言うエドガーを、呆れ顔で見つめる二人だった。



 泉の周りでは、キシャルがお礼と別れの挨拶を言っていた。

 そうこうしているうちに、キシャルから花の香りがしてきた。


藤原は、どこか懐かしい香りだと感じた。

忘れていることを思い起こさせる、そんな香り。

柔らかい肌が触れる感触。

とても心地良い思い。

そして柔らかい唇の感触がよみがえる。

思わずキシャルの唇に、目が釘付けになった。


「うあ‼」

 藤原の口から、奇妙な声が出て、みんなの注目を浴びる。


「どうかした?」

「…………」

「おい! おまえ、顔が真っ赤だぞ。どうした?」

 宗方がビックリし過ぎて、素っ頓狂な声をあげる。


「あ、いや、な、何でもないよ」


 狼狽ぶりをみると、何でもないわけがない。

みんなの視線が痛いほど突き刺さるが、藤原は手で風を送る仕草をして「暑いな」と、はぐらかすしか出来なかった。


 キシャルはそんな藤原を、憂いのこもった瞳で見ていた。

 保健室では、大人の二人が何やら感づいていた。


「これはこれは……、仁君は意外と初心(うぶ)なんだね」

 ふふっとエドガーが笑う。


 青木は、キシャルの気持ちを考えると切なくなった。


「藤原さん。あなたには、杏仁の分も幸せになって欲しい」

 おもむろにキシャルが手を差し出した。


藤原が反射的にその手を握ると、

「幸せな恋をしてください。さようなら。ありがとう」

 森野キシャルは、地母神キシャルに姿を変えた。


「これで、私たちは帰ります。お世話になりました。本当に感謝しています。……さあ、レンゲ、ショウマ、行きますよ。お別れを言いなさい」


「大地、寂しいよ、会いに来てよ」

 レンゲが、シクシク泣きながら言う。


「ああ、行けたら行くよ。泣くなよ。キシャル様がいるじゃないか」

「いつでも歓迎します。待っています」

 ショウマが、目の淵を赤くして言う。


「泣き虫なレンゲを頼むな。元気で」

 大地がショウマの肩をポンポンとたたいて、レンゲを抱きしめた。

レンゲはついに「うわーん」と大泣きした。


 キシャルがそんなレンゲをあやしながら、ショウマを呼んで旅立ちの準備をしだした。

キシャルが淡く光りだすと、徐々に光の輪は広がり、三人を包み込む。

最後に「皆さんの幸せを願っています」という言葉を残して三人はいなくなり、辺りは静寂が広がった。


 ほうっ、とため息が、あちらこちらから漏れた。


 三人が消えた空間を物憂げに見つめている藤原に、宗方が声をかけた。

「どうした、寂しいか?」 


「……いや、正直に言うと、不思議な感覚で戸惑いがないわけじゃないけど、彼らのわだかまりが解けたみたいで、良かったと思うよ」


 静かに答える藤原を、桜井と大地も穏やかに見守っていた。


「これで、暫くは桜井君も静かに暮らせるわね」

 青木が窓の外を眺めながら呟いた。



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