別離
月曜日の放課後、例の『嘆きの泉』に、少女姿のキシャルを中心に五人が集まっていた。
藤原と宗方、五十嵐と坂本、それに桜井だ。
そばでレンゲとショウマが、大地と絡み合って遊んでいる。
保健室の窓から、青木とエドガーがその様子を見ている。
窓の外には小池がいて青木と話していた。
「青木先生、わたしね、ちゃんとキシャルに言ったのよ。ここの泉で待ち合わせをすると、恋人と別れることになるから気を付けてって」
小池の頬はふくれている。
「それなのに、なんでここで藤原さんと会うかな……。彼は恋人の生まれ変わりなんでしょう?」
理解できないという風に、肩を揺らした。
「……。分かっているから、嘆きの泉で会うことにしたのでしょう。彼女の決意の表れだわ。今日で村に帰るそうよ」
「え! そうなんだ。そっか、もう会うこともないってことか。何かキシャルが可哀そう」
「ちゃんと杏仁と別れが出来て、彼女も納得していたと桜井君が言っていたわよ。だから藤原君のことも綺麗さっぱり忘れることが出来るわよ……。彼女の願いが叶ってよかった」
それでも、少し寂し気に微笑んだ。
「ボクは不満だ。大雅君は最近、ボクを除け者にするんだよ」
ふくれっ面で言うエドガーを、呆れ顔で見つめる二人だった。
泉の周りでは、キシャルがお礼と別れの挨拶を言っていた。
そうこうしているうちに、キシャルから花の香りがしてきた。
藤原は、どこか懐かしい香りだと感じた。
忘れていることを思い起こさせる、そんな香り。
柔らかい肌が触れる感触。
とても心地良い思い。
そして柔らかい唇の感触がよみがえる。
思わずキシャルの唇に、目が釘付けになった。
「うあ‼」
藤原の口から、奇妙な声が出て、みんなの注目を浴びる。
「どうかした?」
「…………」
「おい! おまえ、顔が真っ赤だぞ。どうした?」
宗方がビックリし過ぎて、素っ頓狂な声をあげる。
「あ、いや、な、何でもないよ」
狼狽ぶりをみると、何でもないわけがない。
みんなの視線が痛いほど突き刺さるが、藤原は手で風を送る仕草をして「暑いな」と、はぐらかすしか出来なかった。
キシャルはそんな藤原を、憂いのこもった瞳で見ていた。
保健室では、大人の二人が何やら感づいていた。
「これはこれは……、仁君は意外と初心なんだね」
ふふっとエドガーが笑う。
青木は、キシャルの気持ちを考えると切なくなった。
「藤原さん。あなたには、杏仁の分も幸せになって欲しい」
おもむろにキシャルが手を差し出した。
藤原が反射的にその手を握ると、
「幸せな恋をしてください。さようなら。ありがとう」
森野キシャルは、地母神キシャルに姿を変えた。
「これで、私たちは帰ります。お世話になりました。本当に感謝しています。……さあ、レンゲ、ショウマ、行きますよ。お別れを言いなさい」
「大地、寂しいよ、会いに来てよ」
レンゲが、シクシク泣きながら言う。
「ああ、行けたら行くよ。泣くなよ。キシャル様がいるじゃないか」
「いつでも歓迎します。待っています」
ショウマが、目の淵を赤くして言う。
「泣き虫なレンゲを頼むな。元気で」
大地がショウマの肩をポンポンとたたいて、レンゲを抱きしめた。
レンゲはついに「うわーん」と大泣きした。
キシャルがそんなレンゲをあやしながら、ショウマを呼んで旅立ちの準備をしだした。
キシャルが淡く光りだすと、徐々に光の輪は広がり、三人を包み込む。
最後に「皆さんの幸せを願っています」という言葉を残して三人はいなくなり、辺りは静寂が広がった。
ほうっ、とため息が、あちらこちらから漏れた。
三人が消えた空間を物憂げに見つめている藤原に、宗方が声をかけた。
「どうした、寂しいか?」
「……いや、正直に言うと、不思議な感覚で戸惑いがないわけじゃないけど、彼らのわだかまりが解けたみたいで、良かったと思うよ」
静かに答える藤原を、桜井と大地も穏やかに見守っていた。
「これで、暫くは桜井君も静かに暮らせるわね」
青木が窓の外を眺めながら呟いた。




