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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第二章
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キシャルと杏仁(三)

「キシャルさん。沼は見つかりましたか?」

 桜井が訊くと、頭を振る。


「地形がすっかり変わっているみたいで、全然分からないの」

 悲しそうに返事をする。


「気を落とさないで。さらに分かったことがあります。杏仁さんが眠っている場所は、かつてはレンゲショウマの群生で覆われていたところです」

「レンゲショウマ?」


「そう、シャンデリアのように、美しい花を、次々にぶら下げて咲かせる植物です。風に揺れる花が、まるで妖精が踊っているようで、森の妖精とも言われています。花は薄紫の入った白色で、上品でとても可愛らしい。……、きみ達みたいでしょ」


 桜井はレンゲとショウマを指差して、こちらに来るように合図した。


「名前からして分かるだろ? きみらはレンゲショウマから生まれた妖精だよ」

 二人は可愛らしく小首を傾げる。


「だからね。キシャル様の大切な人が眠っている場所を捜せるのは、きみ達なんだよ」

「キシャル様の大切な人?」

 レンゲが訊く。


「そうだよ。ショウマと協力して捜しておくれ。キシャル様のために」

「どうしたらいいの?」

 ショウマが訊く。


「レンゲショウマの花を咲かせて欲しい。沢山、とても沢山。その場所を僕らが見つけるんだ。そこが杏仁さんの眠る場所だから」

「わかった。やってみる。行こうレンゲ」


 キシャルが不安そうに見守るなか、ショウマがレンゲを連れて空に飛び立った。

二人は手を合わせて祈りを捧げる仕草をして、歌らしきものを口ずさんだ。

長い間歌っていたが、レンゲが嬉しそうに羽をパタパタさせて指差した。


「ほら! そこぉ、お花がいっぱい咲いてるよ」

 草木を分けて、指差す方向に移動すると、白い花の大群落が風になびいて踊っていた。


「キシャルさん、ここですよ。分かりますか?」

 桜井が群落を見つけて、キシャルに振り向くと、彼女は感動のあまり打ち震えている。


「ああ、ありがとう。嬉しい……」

 その後は、言葉もなく涙を流していた。


「藤原さん、最後のお願いです。あなたの体を貸してください」

「はい?」

「杏仁と話がしたい。お願い」

「…………」


 藤原は、自分がどうにかなってしまいそうで、怖くて黙っていると、桜井が助け舟を出した。


「その後、杏仁さんはどうなりますか? 藤原さんの体はどうなります?」

「杏仁は、逝くべきところに行きます。藤原さんは杏仁の生まれ変わりでも、その身体は藤原さんの意思で満たされます」


 キシャルは潤んだ瞳で、必死に訴える。

「わかりました。協力します」

 あんな瞳で見つめられたら、断れるわけがない。

藤原は小さくため息をつく。

途端に、キシャルは破顔した。


「ありがとう。本当にありがとう。暫く二人だけにしてもらえますか?」


 そう皆に言い、キシャルは藤原の手を取って、レンゲショウマの群生の中に入って行った。

レンゲとショウマがついて行こうとするのを大地がとめて、その場から離れて待っていた。


 三十分程過ぎた頃に、夢心地で目の焦点が合っていない藤原を連れて、綺麗な女性が現れた。

その女性こそが本来のキシャルの姿なのだと、誰もが理解した。

慈愛に満ちた眼差しから、きっと村人の苦しみを、長年受け止めてきたのだろうと分かる。


 宗方が心配して声をかける。

「おい、藤原、大丈夫か? 起きてるか? おーい」


「ああ、うん。だいじょーぶだよ。ちょっと、だるいくらいだよ」

 藤原が気持ちよさそうに、へらへら笑いながら答えた。


「彼は明日になれば、元に戻ります。心配しないで。今日は、もう帰りましょうか」

 キシャルは、満足そうに言った。


「杏仁さんはどうなったか、聞いても良いですか?」

 桜井が訊ねると、キシャルは微笑み返した。


「村を旅立つ約束の日に……」

 キシャルがポツポツと話しだした。


「杏仁は現れませんでした。私は悲しくて悲しくて、どうにかなりそうでした。裏切られたのだと思いました。彼の身に起こったことを考えもせずに、ただ、嘆き悲しみました。そして自ら死を選びました。彼を信じることが出来ず……、とても悔いています。杏仁もまた、私が待っている場所に行くことが出来ないことに、ずっと心を痛めていました。私たちにとても不幸なことが降りかかりましたが、杏仁に会えて……、お互いの気持ちを伝えられて、本当に嬉しいです」


 伏せていた目を上げて、

「杏仁は安らかに逝きました。もう、私の心の棘は無くなりました。私は、地母神として村に帰ります。レンゲとショウマがいれば、満足です。彼らは私と杏仁の子供のようなもの」


 キシャルが両手を広げると、レンゲとショウマがその中に駆けこんでいった。


 その様子は、まるで聖母子像の様だな、と桜井は思った。

 今ここの空気は穏やかで、みんなの心も満ち足りていた。

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