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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第二章
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キシャルと杏仁(一)

 派手な見かけで注目を浴びる弟のおかげで、姉は比較的静かに学校生活を送れた。

桜井に頼まれて、小池がキシャルの世話を焼くことになった。


 彼女たちが『嘆きの泉』でお喋りをしていると、保健室の窓から青木先生が顔を出し、ちょっと寄って行かないかと誘った。

 保健室に入ると、紅茶を淹れて待っていてくれた。


「いらっしゃい。エドガーから聞いていて、とても会いたかったの」

 青木が紅茶とケーキを差し出す。


「これは内緒ね」

 ケーキを指差して、茶目っ気たっぷりにウィンクした。


「甘くて美味しい。初めて食べます」

「本当? じゃあ、今度美味しいスィーツを食べに行きましょう」

 青木はケーキを頬張るキシャルを、満足そうに眺める。


「学校生活は慣れたかしら?」

「はい、皆さんよくしてくれます」

「双子の弟は、毎日賑わせているわねえ。まあ、あの容姿では仕方ないか」

「ほんとに、あの恥ずかしがり屋のレンゲがよく我慢してます。少し気の毒」


 キシャルの顔がふっと緩む。

派手さはないけれど、聡明そうなスッキリとした顔立ちは、誰もが好感を抱きそうだ。


「ここにはいつまで?」

「収穫に感謝して催される秋祭りまでには帰ります」


「そう、それまでに願い事が叶えられたら良いわね。応援するから、手伝うことがあったら言ってちょうだい」

「ありがとうございます。レンゲとショウマを、私の元に連れてきてもらえただけで十分です」


 彼女の周りは静けさに満ち、同じ空間にいることが不思議に感じられる。

小池はこの、一見どこにでもいるような少女を、まじまじと見つめた。


 保健室から教室に戻ると、レンゲとショウマが首を長くして待っていた。

早く帰りたいらしく、帰り支度をせかされていると、

「あ、やっぱり、おまえらだ。戻ってきたんだ。はは、笑える。最近は、おまえたちの話題で持ち切りだぞ」


 宗方が上機嫌で現れ、レンゲとショウマに挟まれているキシャルを見て怪訝そうな顔になる。

「誰?」

「キシャル様だよ」

 レンゲが得意げに言う。


「は? 嘘!」

「森野キシャルです。よろしく」

 細い目を大きく見開き驚いていると、藤原が遅れて教室にやって来た。


「驚いたな。やっぱり君たちなんだ……」

 キシャルに気が付くと立ち止まった。


 キシャルが藤原を振り返ると、ゆっくりと歩き出した。

「杏仁……。いいえ、藤原さん、会いたかった」


 ゆっくりと抱きつくと、キシャルは目を閉じて思い出に浸った。

藤原はこの小さな少女が誰なのか分からず動揺している。


「誰?」宗方に声を出さずに訊くと「森野キシャルだって」小声で答えた。


「……。きみ、ごめん。誰かと勘違いしてない? 私はきみを知らないよ」

 憂いに満ちた目で見上げられると、どぎまぎして持ち上げた手の置き場に困った。


「ちょっと、離れてくれないかな」

 困惑して言うと、首を振ってさらにギュッと抱きしめる。


 それをレンゲが見ていて、何を思ったか「ボクも」と言って、藤原の後ろから抱きついた。

「やめろ。誰かやめさせろ」


 宗方と小池は、言葉を失くして立ち尽くしたまま、どうしたらいいのか呆然としていた。

 ショウマはニコニコしている。


「うわ! 何教室でラブシーンやってんの?」

 そこへ大地がやって来て、呑気に囃し立てた。


「宗方! レンゲを離して、早く!」

 カチンときて怒気を含んで宗方に言い、キシャルの細い手を取り自分の体から引き離した。


「藤原はキシャル様のいい人でしょ」

 宗方に体を掴まれたレンゲが、嬉しそうにはしゃぐ。


「いいかい、私がその双子に会ったのは最近のことで、そしてきみのことは知らない。わかった?」

 手を握ったまま、分からせるように言う。


「……。力を貸してほしいです。あなたにしか出来ません」

 藤原の目を真っ直ぐに見て話すから、彼は照れくさくなり、目のやり場に困って目が泳いでいる。


「私が将来を誓った杏仁(あんじ)は、たった今、私の存在を感じたはずです。彼に会って謝りたい。話がしたい」

「そう言われても……」


「あなたは、杏仁の生まれ変わりです。だから、杏仁の記憶を持っています。彼がどこに眠っているのか、教えて欲しい」

 意志の強い瞳で見つめられるが、藤原には何を言っているのか理解出来ない。


「本当にごめん。私にはまったく分からないよ」

 藤原が握っている手から、急に力が抜けたのが伝わって両手を離した。

キシャルは寂し気にうつむいている。


 少し前に桜井は教室に来ていて、ずっと彼らの様子を伺っていた。


「キシャルさんは藤原さんを通して、杏仁さんと接触できましたか?」

 桜井が入り口で急に話しかけたので、藤原も宗方も小池も驚いて振り向いた。


「はい……。嬉しくて泣きそうです」


「それは良かった……。藤原さん、彼女には将来を誓い合った青年がいました。わけあって引き離された二人は、今もお互いを求めています。この地のどこかに杏仁さんは眠っています。その場所を教えて欲しいのです」


「私が?」

「はい。キシャルさんは、藤原さんの中に杏仁さんを見ました。杏仁さんも、自分に会いに来たキシャルさんを感じたはずです。だから、デジャヴでも夢でも、何かしら変化があるはずです。その変化を見逃さないで、教えてください」


「まったく理解できないけれど、分かったよ。気が付いたことがあったら教えるよ。それでいい?」


 気味の悪いことを言われて、辟易しながら宗方に「行こう」と声をかけた。

とにかく、藤原はここから逃げたかった。


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