キシャルの悲恋
桜井が、地母神キシャルの像を信仰の対象にしている村を見つけだすと、村長に事の顛末を話した。
彼らはキシャルに仕える妖精がいたことを初めて知り、黙ってキシャル様を村に持ってきてしまったことを謝った。
桜井にお礼を言って、妖精を迎えに行くことを約束した。
レンゲとショウマにことの経緯を説明すると、二人は、この森からすでにキシャル様が移動したことを知ると、大変驚いていた。
そこの村人が迎えに来てくれることを知ると、レンゲは泣いて喜んだが、同時に大地と離れるのが嫌だと愚図る。
「大地はきみと一緒にその村には行けない。分かるよね?」
泣き虫のレンゲをなだめるのは至難の業だ。
「キシャル様がいる村まで、大地も一緒に送って行くから、泣かないでよ」
ほとほとうんざりして言うと、
「すみません。ボクがレンゲに言って聞かせます。本当にありがとうございます」
ショウマが、何とかレンゲを戒めようとしてくれて助かった。
旅立ちの日時を決めると、彼らに安息が訪れることを喜んだ。
数日後、森林公園には水野蒼太と名乗る村長の息子が、山田という運転手を伴ってやって来た。
水野は農業で鍛えた逞しい体をしていて、肌の色も浅黒く日に焼けていた。
年齢は四十代とみられ、精悍な顔つきで頼りがいがある。
彼はほっと安心させる、心地よい低い声で挨拶をした。
「こうしてここに来てみると、私たちの祖先が大変な思いをして、北へ大移動したのが分かります。あなたにも、わざわざ遠いところを私共のために来て頂いて、ありがとうございました」
水野は丁寧にお辞儀をする。
「先祖の不手際で、悲しい思いをさせてしまった、妖精はどこですか?」
「レンゲとショウマといって、とても愛くるしい妖精です。今、友達と別れの挨拶をしています。中でも彼と、とても仲良しでレンゲが泣いて離れたがらないので、一緒に村まで同行させてくれますか?」
そう言って大地を紹介した。
「そうですか。それは、また……、ご迷惑をかけます」
すごく恐縮して、大きな体を縮める。
水野と山田を森林の中を案内すると、木漏れ日の中、劇場の舞台のようなスポットライトを数名が浴びていた。
中心にレンゲとショウマがいて、五十嵐と坂本、宗方と藤原がまわりを囲っている。
水野が足を止め、立ち止まった。
「どうしました?」
桜井が不思議がる。
「ああ、いや、何でもありません。あの子たちですね。なるほど、見るからに可愛らしい」
水野が優しい目で微笑む。
「あ、来た来た。寂しくなるなあ。元気でな」
坂本が水野たちのお迎えに気づいた。
「水野と言います。皆さんにも大変ご迷惑をおかけしました。迎えに来ました。キシャル様の元に帰りましょう」
双子の様に似ているなと、感心しながら妖精を見つめていると、レンゲが恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ボクはレンゲ。早くキシャル様に会いたい」
「ボクはショウマ。ありがとう。とても嬉しい」
藤紫の瞳を輝かせて、ピョンピョン飛び跳ねる。
興奮すると羽が出てしまうらしくて、足が地に着かずにフワフワ浮いている。
大地を見つけるとレンゲが急いで飛びついて、手を握る。
「大地も一緒に行ってくれるんだよね!」
「送って行くだけだよ。俺は村には住めないからね」
『本当に可愛いなあ』と思いながら、レンゲに言い聞かせる。
「うん、分かってる。寂しいけど仕方ない。藤原は? 藤原も帰っちゃうの?」
「え?」
全員がレンゲを不思議な目で見る。
「私? 私はここでさよならだよ」
「え? どうして? キシャル様が待ってるよ。藤原はキシャル様のいい人なんでしょう?」
「は?」
全員がポカンとする。
「いい人って、恋人のこと?」
坂本が面白がる。
「ううん、いい人だよ。わるい人じゃない。いい人」
「…………、うーん」
坂本が天を仰いで、分からないというゼスチャーをする。
「……。ごめんね。私はキシャル様を知らないから」
藤原はしどろもどろに答えた。
レンゲは首を傾げて藤原を見て、ショウマに何やら囁いた。
「レンゲの勘違いだから、気にしないで」
藤原に言って、レンゲの空いているほうの手を取り、歩き出した。
レンゲを真ん中に、右側に大地が、左側にショウマがレンゲの手を取り歩いている後姿を見て、
「キシャル様には、悲しい言い伝えがあります」
水野がそっと、話しだした。
「キシャル様が、まだ人間だった時の話です。彼女は『神降ろし』の儀式を掌る御神子でした。御神子のおかげで村は五穀豊穣で豊かでした。ある日、村を訪れた青年と恋をし、永遠の愛を誓います。青年と一緒に村を出て行こうとします。それを知った村人は凶行にでました……。本当のことだったら、心が痛いです」
水野は恥ずかしそうに目を伏せた。
「青年を失った彼女は、悲しみのあまり、自ら命を絶ちます。村人は自分たちのしたことに怖じ気づき、彼女を畏怖の念をもって女神として崇めることにしたのです。こうして地母神としてこの土地に根付き、地を司る女神キシャル様となったのです」
「そうですか。村人の信仰心が、レンゲとショウマを誕生させたのだと思います。彼らは、地母神キシャル様に仕える妖精です。だから、村人は許しを得たのではないですか?」
水野は先祖を恥じているように、桜井には思えた。
「優しい言葉をありがとうございます」
彼はレンゲの言葉に、何かを感じたのだろうと桜井は思った。




