崇める民はどこに
三人がリビングからいなくなると、どっと疲れが出てきた。
みんなが、今日の出来事を振り返る。
ようやく五十嵐と藤原が会話に参加できるまでに回復し、自分の身に起きたことを聞いていた。
妖精に操られていた時の記憶はなく、悪夢を見ている感じだったそうだ。
「藤原、おまえずっと水中に潜っていたぞ」
「ああ、だから息苦しかったんだな」
藤原の薄い反応に、宗方が肩透かしを食らう。
桜井が改めて、藤原と五十嵐に謝罪した。
「今回のことは、本当に僕の考えが浅はかだった。危険な目に遭わせてしまい、申し訳ない。ごめんなさい」
「不思議な体験は今に始まったことじゃないよ。僕は大丈夫」
『藤原さんは分からないけれど』と、胸の内で五十嵐は思った。
「ああ、今は何ともないから気にするな」
藤原も、考え深そうに言う。
「俺は理解できなくて途方にくれたけどな。でも、まあ分かったことが一つある。俺は大地と競争しても、敵わないってことだ。だから、もう諦めたよ」
宗方は、大地が普通の少年でないことが、身に染みて分かった。
「お詫びに今度は、僕の世界を案内しますよ。そこは正に、ユートピアです」
桜井は幸せそうな、満面な笑顔で応えた。
それから数日経って、綾乃が『時の番人』としての仕事を終え帰宅した。
留守の間の出来事を報告するのが、いつもの日課である。
桜井は、森林公園で妖精を見つけたことを話す。
「それで大雅は、これからどうするつもり?」
「女神像がどうなったのか、調べてみようかと」
綾乃が窓から眺めている公園の景色は、太陽の下で緑が鮮やかに輝いていて、写真を切り取って貼り付けたように、バランスが絶妙だった。
「まさかあそこに、そんな変わった妖精が住んでいるなんて、少しも気が付かなかった。でも大雅、それは皇の仕事ではないわ」
「時間の空いている時にするから、いいでしょう? 皇の仕事はちゃんとする。綾乃さんは彼らをどう思う?」
綾乃は暫く無言で外の景色に目をやっていたが、桜井に向き直った。
「望んだような結果にならないかもしれない。その妖精は大雅が考えるように、地母神に仕えているのだと思うけれど、じゃあ、地母神を信じて崇める民はどこにいる?」
「……。北村の祖先は関りがないかな?」
「昔あったとしても、どう考えても今は無関係ね。あるとき、天変地異が起こって民は大移動し、いつのまにか女神像は、忘れ去られたのかもしれない」
「だけど、あそこでは僕の力が使えなかった」
「れいの妖精たちが地母神を信じて疑わないから、いまだにキシャルの力が満ちているのよ。聞いた限り、とても純粋そうな妖精だもの」
桜井の話を思い出して、フッと微笑む。
「力を使えれば、見つけられると思うんだけどな」
桜井が頬杖を突く。
「地母神を崇める民がいないことを理解させれば、大雅の力は使えるようになるけど」
「それは…、出来ないな。可哀そうだ」
綾乃は、腕を組んで眉間に皺を寄せ悩んでいる桜井を見つめた。
殻にこもりがちだった少年の成長を垣間見て、満足そうな表情をしていた。




