レンゲとショウマ
大地の耳を頼りに小川を見つけると、そのまま上流に移動した。
「女神像がありそうな所ってどこだ?」
足元に気をつけながら、坂本がブツブツ呟いている。
『こいつ等、いったい何者なんだ? 訳が分からない。まるで外国人同士の会話を聞いているみたいだ』
宗方が出来ることは、ただみんなの後をついて行くだけで、イライラしている。
黙々と、滑らないように気を付けて岩場を移動していると、かなり先に人影が動いているのが目にはいった。
「しっ、いたよ。ほら、あそこ」
先を歩いていた桜井が、岩陰を指さす。
「何をしている? だれ? 五十嵐?」
坂本が身を乗り出した。
「ああ、二人ともいるよ。良かった」
桜井が五十嵐と藤原を確認すると、涙目になりながら喜んだ。
「ねえ、あれ、あそこ見て」
坂本が顎で示した方を見ると、白い人影が二つ、木陰の下で佇んでいる。
「あれが妖精? あれが五十嵐を操っているのか?」
怒りを含んだ小声で言う。
それを聞いて、宗方がどれどれと顔を突き出して確かめる。
「あそこで何をしてるんだろう?」
暫く様子を伺っていると、五十嵐と藤原が腰まで水に浸かりながら、時折水面からいなくなり水底で何やら探っているらしい。
水面に現れると、白い人影が手であれこれ指図している。
「小川の中を捜しているのか? あいつは確か、水泳は嫌いなはずだ」
苦しそうに、それでも淡々と水中に潜る藤原を見て、宗方は何とも言えない複雑な気持ちになった。
五十嵐も藤原も、かなり疲弊している様子で、動作も緩慢になっていて、唇は紫色に変色している。
「おい、あいつら止めないとヤバいぞ」
宗方が憤怒を堪えて言う。
「そうだね。そっと感づかれないように近づこうか」
桜井が先頭に立って足音を忍ばせて進むが、ありがたいことに、川のせせらぎが完全に気配を消してくれる。
妖精のいる場所まであと数歩という所で、何かを察知したのか、クルリと振り向いた。
そこに何人もの人間がいたので、びっくり仰天して、
「ギャ! ショウマ、大変、大変。人間だよ!」
綺麗な大きな目を、さらに大きくして叫んだ。
小川のほとりで五十嵐と藤原を眺めていたショウマが、レンゲの尋常でない声に振り返ると、まさに宗方がレンゲを捕まえようとしていた。
「逃げろ、レンゲ!」
坂本がショウマを捕まえようと手を伸ばしたが、すんでのところで逃げられた。
彼らの背中には、普段は折りたたんである羽がある。
それを広げてショウマは空中に逃げた。
しかし、レンゲは逃げ遅れて、宗方に羽をむんずとつかまれてしまった。
「うわーん、ショウマー、こわいよー、うわーん」
レンゲは大粒の涙を流して、火がついたように泣き叫ぶ。
あまりの号泣に、宗方の方が狼狽して手を離した。
四枚ある羽のうち、一枚が折れていた。
それにレンゲが気が付いて、さらに泣き叫んだ。
「うわーん、ショウマ―、羽が折れちゃったよー、うわーん」
泣きすぎて、おえっ! とえずいている。
何だか、妖精自体は害がなさそうなので、彼らは放っておいて、青ざめている五十嵐と藤原を水中から助け出した。
二人の意識は朦朧としていて、目の焦点が合っていない。
そんな藤原の姿を見て、宗方の怒りがまたふつふつと湧き上がる。
「おい! おまえ! この二人を元に戻せ!」
ぐいと胸ぐらをつかむと「ギャ―」と殺されそうな勢いで喚いた。
「レンゲを殺さないで、助けて。お願い」
ショウマが羽をしまって地面に下りてきた。
「この二人に何かしたんだろ? 早く元に戻せって言ってんだよ!」
宗方のイラつきが伝わり、ショウマもびくびくしている。
ポケットから小瓶を出して、宗方に渡す。
「これを一口飲ませれば、魔力は消えて元に戻るよ。だからレンゲを離して」
宗方はレンゲをつかんだまま、小瓶を坂本に渡した。
坂本が小瓶の中の液体を藤原に、桜井が五十嵐に飲ますと、彼らの頬が少し赤く染まり、唇も赤みを帯びてきた。深く息を吸って吐くと、目に輝きが出てきた。
「正気に戻ったみたい。僕の家に行って休ませよう。ああ、本当に良かった」
桜井は、心底から喜んだ。
「こいつらどうするんだ?」
宗方がレンゲとショウマを睨みつけると、二人は手を取り合って震えていた。
「一緒に連れて行って、事情を聞こうと思う」
宗方は一瞬、怪訝そうにしたが、すぐに藤原の側に駆け寄り、立ち上がるのに手を貸した。
とんでもない展開になってしまったが、家に戻り、五十嵐と藤原には、お風呂に入ってもらい温まってもらった。
リビングは以前とは異なり、程よく家具が配置されていて、抜群に居心地が良くなっていた。
一息ついたところで、妖精を囲んで尋問となるが、レンゲとショウマは、縮こまりながらも、物珍しそうにキョロキョロしている。
「何なの、こいつら?」
とにかく宗方は、目の前の生物が何者なのか知りたかった。
「ボクはレンゲ」
「ボクはショウマ」
「名前だけじゃわからないって。妖精なの? 何の?」
坂本が訊ねる。
「ボクはレンゲで、カレはショウマ」
レンゲの方がお喋りらしいが、要領を得ない。
「何のために小川にいたの?」
質問をしながら聞き出すしかないかな、と桜井は小さくため息を漏らした。
「女神様を捜すため」
「キシャル様?」
藤紫の大きな目を輝かせて、レンゲがうんうんと頭を動かす。
「何で小川の中なの?」
「他は全部捜した。あとは水の中だけ。水は嫌い」
なるほど『水が苦手なのか。羽があるからな』
「キシャル様は、きみにとって何?」
「? キシャル様はお母様。女神様」
みんながため息を漏らした。
「坂本、理解できる?」
宗方が小声で訊くが、坂本は頭を振る。
「他に仲間はいる?」
「いない。ショウマだけ」
隣でショウマが頷く。
「ちょっと、桜井。どうするの、この子たち。連れてきちゃったけどさ、聞いても埒が明かないよ」
坂本が困り顔で言うと、桜井がクックックと笑いだした。みんながポカンとして桜井を見つめる。
「やあ、本当にわけわかんなくて……クックック、要領得ないしさ。でも、可愛い子たちだし……フッフッフ。駄目だ。笑いのツボに入っちゃった」
そう言って、あはははと大笑いしだした。
つられてみんなも笑い出したが、レンゲとショウマは何が可笑しいのか分からず、首を傾げていた。
「ところで、レンゲの羽はどうなの? 飛べる?」
「うん、明日になれば治る。大丈夫」
羽を広げると、まだ少し歪だったがパタパタと動いた。
「キシャル様を見つけるのを手伝ってあげるから、何時でもいいからここにおいで。でもいいかい、二度と地の民を魔術で操ってはいけない。今度したら、その時は容赦しないよ」
レンゲとショウマはうんうんと、頷いた。
「キシャル様を見つけるの手伝ってくれるの? 嬉しい」
レンゲが言い、ショウマも頷く。
「大地は森林公園によく行くから、ここに来たいときは大地を見つけて伝えて。きっと大地と友達になれるよ。今日も、大地に送ってもらうと良い。……、彼らを送ってくれる?」
「ああ、いいよ」
「うん、じゃあ、お願いするよ」
レンゲとショウマは嬉しそうに大地と森林公園に帰って行った。




