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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第二章
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レンゲとショウマ

 大地の耳を頼りに小川を見つけると、そのまま上流に移動した。


「女神像がありそうな所ってどこだ?」

 足元に気をつけながら、坂本がブツブツ呟いている。


『こいつ等、いったい何者なんだ? 訳が分からない。まるで外国人同士の会話を聞いているみたいだ』

 宗方が出来ることは、ただみんなの後をついて行くだけで、イライラしている。


 黙々と、滑らないように気を付けて岩場を移動していると、かなり先に人影が動いているのが目にはいった。


「しっ、いたよ。ほら、あそこ」

 先を歩いていた桜井が、岩陰を指さす。


「何をしている? だれ? 五十嵐?」

 坂本が身を乗り出した。


「ああ、二人ともいるよ。良かった」

 桜井が五十嵐と藤原を確認すると、涙目になりながら喜んだ。


「ねえ、あれ、あそこ見て」

 坂本が顎で示した方を見ると、白い人影が二つ、木陰の下で佇んでいる。


「あれが妖精? あれが五十嵐を操っているのか?」

 怒りを含んだ小声で言う。

 それを聞いて、宗方がどれどれと顔を突き出して確かめる。


「あそこで何をしてるんだろう?」

 暫く様子を伺っていると、五十嵐と藤原が腰まで水に浸かりながら、時折水面からいなくなり水底で何やら探っているらしい。

水面に現れると、白い人影が手であれこれ指図している。


「小川の中を捜しているのか? あいつは確か、水泳は嫌いなはずだ」

 苦しそうに、それでも淡々と水中に潜る藤原を見て、宗方は何とも言えない複雑な気持ちになった。

五十嵐も藤原も、かなり疲弊している様子で、動作も緩慢になっていて、唇は紫色に変色している。


「おい、あいつら止めないとヤバいぞ」

 宗方が憤怒を堪えて言う。


「そうだね。そっと感づかれないように近づこうか」

 桜井が先頭に立って足音を忍ばせて進むが、ありがたいことに、川のせせらぎが完全に気配を消してくれる。


 妖精のいる場所まであと数歩という所で、何かを察知したのか、クルリと振り向いた。

そこに何人もの人間がいたので、びっくり仰天して、

「ギャ! ショウマ、大変、大変。人間だよ!」

 綺麗な大きな目を、さらに大きくして叫んだ。


 小川のほとりで五十嵐と藤原を眺めていたショウマが、レンゲの尋常でない声に振り返ると、まさに宗方がレンゲを捕まえようとしていた。


「逃げろ、レンゲ!」

 坂本がショウマを捕まえようと手を伸ばしたが、すんでのところで逃げられた。


彼らの背中には、普段は折りたたんである羽がある。

それを広げてショウマは空中に逃げた。

しかし、レンゲは逃げ遅れて、宗方に羽をむんずとつかまれてしまった。


「うわーん、ショウマー、こわいよー、うわーん」

 レンゲは大粒の涙を流して、火がついたように泣き叫ぶ。


 あまりの号泣に、宗方の方が狼狽して手を離した。

四枚ある羽のうち、一枚が折れていた。

それにレンゲが気が付いて、さらに泣き叫んだ。


「うわーん、ショウマ―、羽が折れちゃったよー、うわーん」

 泣きすぎて、おえっ! とえずいている。


 何だか、妖精自体は害がなさそうなので、彼らは放っておいて、青ざめている五十嵐と藤原を水中から助け出した。

二人の意識は朦朧としていて、目の焦点が合っていない。

そんな藤原の姿を見て、宗方の怒りがまたふつふつと湧き上がる。


「おい! おまえ! この二人を元に戻せ!」

 ぐいと胸ぐらをつかむと「ギャ―」と殺されそうな勢いで喚いた。


「レンゲを殺さないで、助けて。お願い」

 ショウマが羽をしまって地面に下りてきた。


「この二人に何かしたんだろ? 早く元に戻せって言ってんだよ!」

 宗方のイラつきが伝わり、ショウマもびくびくしている。


 ポケットから小瓶を出して、宗方に渡す。

「これを一口飲ませれば、魔力は消えて元に戻るよ。だからレンゲを離して」


 宗方はレンゲをつかんだまま、小瓶を坂本に渡した。

坂本が小瓶の中の液体を藤原に、桜井が五十嵐に飲ますと、彼らの頬が少し赤く染まり、唇も赤みを帯びてきた。深く息を吸って吐くと、目に輝きが出てきた。


「正気に戻ったみたい。僕の家に行って休ませよう。ああ、本当に良かった」

 桜井は、心底から喜んだ。


「こいつらどうするんだ?」

 宗方がレンゲとショウマを睨みつけると、二人は手を取り合って震えていた。


「一緒に連れて行って、事情を聞こうと思う」

 宗方は一瞬、怪訝そうにしたが、すぐに藤原の側に駆け寄り、立ち上がるのに手を貸した。



 とんでもない展開になってしまったが、家に戻り、五十嵐と藤原には、お風呂に入ってもらい温まってもらった。


 リビングは以前とは異なり、程よく家具が配置されていて、抜群に居心地が良くなっていた。


 一息ついたところで、妖精を囲んで尋問となるが、レンゲとショウマは、縮こまりながらも、物珍しそうにキョロキョロしている。


「何なの、こいつら?」

 とにかく宗方は、目の前の生物が何者なのか知りたかった。


「ボクはレンゲ」

「ボクはショウマ」

「名前だけじゃわからないって。妖精なの? 何の?」

 坂本が訊ねる。


「ボクはレンゲで、カレはショウマ」

 レンゲの方がお喋りらしいが、要領を得ない。


「何のために小川にいたの?」

 質問をしながら聞き出すしかないかな、と桜井は小さくため息を漏らした。


「女神様を捜すため」

「キシャル様?」

 藤紫の大きな目を輝かせて、レンゲがうんうんと頭を動かす。


「何で小川の中なの?」

「他は全部捜した。あとは水の中だけ。水は嫌い」

 なるほど『水が苦手なのか。羽があるからな』


「キシャル様は、きみにとって何?」

「? キシャル様はお母様。女神様」

 みんながため息を漏らした。


「坂本、理解できる?」 

 宗方が小声で訊くが、坂本は頭を振る。


「他に仲間はいる?」

「いない。ショウマだけ」

 隣でショウマが頷く。


「ちょっと、桜井。どうするの、この子たち。連れてきちゃったけどさ、聞いても埒が明かないよ」

 坂本が困り顔で言うと、桜井がクックックと笑いだした。みんながポカンとして桜井を見つめる。


「やあ、本当にわけわかんなくて……クックック、要領得ないしさ。でも、可愛い子たちだし……フッフッフ。駄目だ。笑いのツボに入っちゃった」


 そう言って、あはははと大笑いしだした。

つられてみんなも笑い出したが、レンゲとショウマは何が可笑しいのか分からず、首を傾げていた。


「ところで、レンゲの羽はどうなの? 飛べる?」

「うん、明日になれば治る。大丈夫」

 羽を広げると、まだ少し歪だったがパタパタと動いた。


「キシャル様を見つけるのを手伝ってあげるから、何時でもいいからここにおいで。でもいいかい、二度と地の民を魔術で操ってはいけない。今度したら、その時は容赦しないよ」

 レンゲとショウマはうんうんと、頷いた。


「キシャル様を見つけるの手伝ってくれるの? 嬉しい」

 レンゲが言い、ショウマも頷く。


「大地は森林公園によく行くから、ここに来たいときは大地を見つけて伝えて。きっと大地と友達になれるよ。今日も、大地に送ってもらうと良い。……、彼らを送ってくれる?」


「ああ、いいよ」

「うん、じゃあ、お願いするよ」


 レンゲとショウマは嬉しそうに大地と森林公園に帰って行った。


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