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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第二章
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地の民

 今の藤原の頭の中は、クエスチョンマークで一杯になっている。


『何が起こった? 重苦しい胸が、ざわつく胸が、あの一年坊主の手に触れた瞬間に飛んで消えてしまった。具合が悪くなったら来いと言った。あの子が直すとでもいうように。何だ、それ、馬鹿らしい……。でも……、ああ、分からない。とにかく、宗方に一年の教室に行かないように言わなくては』


 藤原は宗方を捜しに生徒会室を出た。


 あの日『楽園』に行く途中で、桜井と名乗った一年に会ってから、藤原の体は異変を生じていた。

不意に動悸がしたり、息苦しくなったり、睡眠がうまく取れなくなった。

疲れが慢性的に体に残っていた。


ところがどうだ。

あの子の手に触れてから、すべてが消滅してしまった。

生まれたてのように清々しい気持ちだ。


 いったい自分の体に何が起こっているのか?

 これは近いうちに、桜井に会わなくてはならないだろうと思った。


『楽園』に行ってみると、宗方と石川が煙草を吸っている。


「まったく、学校で吸うのは止めろと何度も言ってるだろう。先生に見つかったらどうするんだよ」

 過去に何度か見つかり、そのたびに藤原が間に入って取り成してきた。


「うわ、見つかったあ。何か用か?」

 宗方は悪びれる様子もなく、煙草の煙で輪っかを作っている。


「おまえら、一年の教室に行ってるんだって? 石川がからむ女子が怒っていて困ると、桜井って子が苦情を言ってきたよ。あと、大地は番をすることはないから諦めろ、だって」


 藤原が石川の煙草を奪い取ると、バツが悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。

そのまま煙草を焼却炉に放り込んだ。


「桜井だと」

 寝ころんでいた宗方がむくっと起き上がり、煙草の火を地面に押し付けて消した。


「ああ、さっき生徒会室に来た」

「……。大地がおかしなことを言っていたな。自分よりも大雅、ああ桜井のことね、大雅の方が強い。自分は足元にも及ばないって言っていた」

 地面を見つめて、宗方が考え込む。


「とにかく、もう一年の教室には行くなよ」

「ああ、退屈だから行っただけだよ。もとより、あいつらが番をやるなんて思っちゃいないさ……。ねえ、桜井って子と話がしたいな」

 興味津々な眼で訴えかける。


「……うん。考えとく。桜井君と話が付いたら連絡するから、宗方はちゃんと学校に来いよ」

「ああ」


 マラソン対決の日から、宗方は毎日学校に来ている。

うまくいけば、このまま来させることが出来るかもしれないと思うと、藤原は心が踊った。



 二・三日、様子をみていたが、桜井たちが生徒会にくる気配はない。

そうなると自分が動かなくてはならない。

桜井に会うのは少し不安を感じるが、校内放送で放課後、生徒会室に来るように放送した。


 放送を聞いた桜井が、五十嵐に「ほらね」と得意げな顔をした。

「でも、会いに来るのではなく、僕を呼び出すとは……、さすが特進コースのエリート」

 フフッと悪戯っぽく笑った。


 五十嵐にも付いて来てもらい、生徒会室に行くと、藤原が一人で待っていた。

誰も来ないように、今日は貸し切りにしたようだ。


桜井が部屋に入る前から、藤原には廊下に彼がいるのを感じとれた。

理屈ではなく、感覚で分かった。


「ああ、モヤモヤする」

 呟きながら扉を開けると、五十嵐が今まさに、右手でコツコツと叩こうとするところだった。


「あ、びっくりした。先日はどうも……」

 急に扉が開いたことに驚いて、五十嵐の挨拶が、もごもごとしたものになった。


「呼び出して、悪かったね。どうぞ入って」

「あれから、大地も小池さんも問題なくすごしています。ありがとうございました。……ところで、今日の気分はいかがですか?」

 桜井がソファーに腰かけ、小首を傾げる。


「とくに、大丈夫だよ」

「そうかな、僕の手を取ってもらえれば、今より気分は晴れますよ」

 桜井が手を差し出すが、藤原は椅子から動くことはせず、

「面白いことを言うね。わけがわからないよ」

 不快そうに眉をひそめた。


「地の民は……」

 徐に桜井が話し始める。


「皇の色光を見ることが出来ないけれど、ここで感じることができます」

 桜井は、自分の胸に手を当てる。


「信じて、受け入れることができれば、生命力を得られます。それが出来ないと、徐々に生命力が減っていきます」

 真面目な顔で直視するが、藤原は呆然として無反応である。


「僕は」と五十嵐が続ける。

「信じられないかもしれないけれど、僕は地の民です。桜井君は皇です。そしてあなたも地の民です」

「はは、馬鹿らしい」

 藤原は背もたれに深く腰掛け、腕を組んだ。


「あなたのために、言っているのですけどね」

 桜井が、ふうと息を吐く。


「仕方ない。特別な力を見せれば信じてくれますか?」

 ニヤリとして立ち上がり、藤原が飲んでいたペットボトルを机から持ってきて、蓋を開けた。


「とても面白いですよ」

 フフッと笑い、傾けた。


ペットボトルの飲み口から水が縄状にゆらゆらと揺れて出てきた。

ペットボトルを大きく動かすと、カウボーイの投げ縄のような輪が作られた。

そのペットボトルを元の場所に置くと、再び水はゆっくりと入っていった。

最後に蓋をしめて藤原にそれを渡した。


 藤原は目を皿にして桜井とペットボトルを交互に見つめた。


「どうですか? まだ信じられませんか? 信じてもらえば、僕に触れなくても力を与えられるのですが」

「あ、いや……ごめん」

 ギュッと目を瞑って、押し黙っている。


 そのとき、誰かが扉を叩いた。

「おーい、藤原~、いるんだろう」

 校内放送を聞きつけて、宗方がやって来た。 


「丁度良かった。宗方さんにも会いたかったんだ」

 五十嵐と目配せして、桜井が扉を開けた。


 藤原は宗方の声など耳に入らないらしく、ぐったりと椅子に腰かけていた。


 大地との会話から思うところがある宗方は、意外とすんなり桜井の話を受け入れた。

藤原は依然として上の空のまま、話を聞いている。


「藤原さんは大丈夫でしょうか?」

 五十嵐はかつての自分を見るようで、気が気でない。


「ああ、大丈夫。藤原は頭が良すぎて考えすぎなんだよ。なあに、明日になれば自己処理してるさ」


 比べて宗方は、非常に機嫌が良い。

桜井の『森林公園で大地の相手をして欲しい』という提案に大喜びしている。


「早速やろうぜ。連絡待ってるからな」

 喜色満面して、二人を見送った。



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