大地と宗方
番長と一年坊主の、マラソンで勝負するという噂は学校中に広まり、放課後の校庭はお祭り騒ぎ状態になっている。
エドガーもこの騒ぎを聞きつけて、校庭にやって来た。
「何、何、何やってんの?」
坂本を見つけて、エドガーが目を輝かせて側に寄ってきた。
「ここで番を張っている宗方が、大地に勝負を仕掛けてきたんだよ。でも桜井が、それをマラソンの勝負に変えたんだ」
「番長がマラソンで勝負って……」
エドガーは可笑しくて、ぷっと吹いてしまった。
桜井がエドガーに気が付いて、この勝負のスターターをしてくれるように頼んだ。
「喜んでやるよ。面白いことになってるね。……大地も元気そうだ」
準備運動をしている大地を見つけて、エドガーが手を振って「頑張れ」と合図すると、「任せろ」とゼスチャーで返した。
「ええ。ここ最近の彼は運動不足だったから、今日は思いっきり走るでしょう」
桜井が大地に「準備はいい?」と確かめると「いつでもいいよー」と返事をした。
番長グループは、第一走者は大地にお腹を殴られて屈んでいた増田、第二走者は腕を捻り上げられた千葉、そして鼻血の石川、最後に宗方が走ることになった。
トラックは一周が四百メートルで、一人何キロ走っても自由だが、背中をタッチして次走者に渡したら、その人物は終了となる。
エドガーが増田と大地にスタートラインに着くように言う。
「用意……ドン!」
『パン』と手を叩いた合図で二人が走り出した。
大地は増田のスピードに合わせて走る。
クラスの女子が応援に駆けつけて声援を贈り、大地はそれに手を振って応える。
増田がスピードを上げるが、大地はピタッとついていく。
それに釣られてハイスピードで走るから、増田は二周目にしてすでにへばっている。
「増田は、もう駄目そうじゃん。千葉は頑張れよ。少なくとも二キロ、五周は走れ」
石川が、がっかりして千葉に発破をかける。
「俺、走るの苦手……」
千葉がうつむき加減で、聞こえないようにぼやく。
「ほら、千葉! 五周だぞ! がんばれ!」
石川が怒鳴って千葉を見送った。
増田は二周で交代し、倒れこんでゼイゼイと苦しそうに息をしている。
「石川は何周走れそうだ?」
大地の走りが最初と変わっていないのを見て、宗方は歯ぎしりしながら石川に訊く。
「俺も五周が精一杯だと……。いや、五周は無理かも、すんません」
眉毛を下げて、ぽりぽりと頭を掻いた。
「何で、あいつは平気なんだよ!」
大地は、やはり千葉にぴったりとついている。
すると心理的な作用でスピードが上がる。
「もうダメっす」
ペースを乱されて、千葉は三周でギブアップした。
あーあ、と外野席から野次が飛ぶ。
「くっそー。俺は五周は走るぞー」
石川は叫びながら走り出した。
一周目、二周目と頑張っていると、
「石川さん、そのまま行ける?」
隣にへばりついている大地が、ちょっかいを出してきた。
「うるせー、黙ってろ」
ハアハア荒い呼吸をしながら、顎が上がる。
「そのようすだと五周は無理だよ。もう変わったほうがいい。早く宗方さんと勝負させてよ」
四周が終わろうとしているところで、再び石川に声をかけるが、もうすでに大地に言い返す元気はない。
『宗方さん、すんません。俺、もう駄目です』
そして宗方の背中にタッチして、仰向けに倒れた。
宗方は憮然たる面持ちで、黙々と走りだした。
大地がそれにぴったりついていく。
「おまえ、俺に構わず先に行けよ。鬱陶しいんだよ」
「そんなこと言わずに、一緒に走りましょうよ」
「……、そうやってペースを乱す魂胆だろう」
「違いますよ。俺が本気で走り出したら、あなた、困りますよ」
フフッと白い歯を見せる。
チッと舌打ちしてから宗方は、黙々と前だけを見て走ることに専念した。
五周目が過ぎて、外野の声援が大きくなった。
「宗方さーん。がんばれー」
石川が息を吹き返して、応援に精を出すと、
「大地くーん。その調子。かっこいーよー」
女子も負けずに黄色い声を出す。
「あと何周走れそうですか?」
大地は、相変わらず宗方の速さに会わせて隣にいる。
涼しい顔をしている大地を、黙ったまま忌々しそうに睨んだ。
十周目に突入する頃になると、宗方の息が荒々しくなり、顎も上がり始めた。
周りからも『二人ともすげえな』とか『いつまで続くの?』と、ざわざわしだした。
「だいぶスピードが落ちましたね。俺、本気出していいですか?」
大地が首を傾げて訊いた。
「……、何だよ、それ……。チキショー……。本気で走って見ろよ!」
『今まで本気じゃないってか? 馬鹿にしやがって』
宗方は唇を噛みしめて悔しがった。
「それじゃ、ひとっ走りしてここに来るから、そしたら一緒にゴールして終わりにしようよ」
「おまえ、何言ってる……」
言い終わらないうちに、大地はスピードを上げて走り去る。
「うおー」「すげー」とざわめきが最高潮になる。
百メートル走のごとく走る大地に、みんなが目を丸くして見守っていると、一周をあっという間に走り終えて宗方と合流した。
「さ、ゴールして終了しようよ。俺、飽きてきちゃった」
この怪物を見て、宗方は完敗を認めないわけにいかなかった。
「ああ、俺の負けだよ」
二人がゴール地点で一緒に走るのを止めると、観客は拍手で労った。
宗方は、初めて清々しい負けを経験した。




