藤原と宗方
授業を受けたくない生徒が、エスケープして飲食したり喫煙したりする場所、ここでは通称『楽園』と言われているのが、体育館裏の一角にある。
焼却炉があるので、見られたくないものはここで処分するという便利さもある。
藤原が桜井と別れてから『楽園』に顔を出すと、呻き声がかすかに聞こえ、全員が座り込んでいるのが目に入った。
「一年にやられたようだな。大丈夫か?」
意気消沈して落ち込んでいる男たちに声をかけると、生気のない目を向けた。
「あ、藤原さん。情けない姿を晒してすんません」
「石川、おまえがやられるのは珍しいな」
乾いた血を鼻にこびりつかせている石川は、ぽりぽりとバツが悪そうに頭を掻いた。
「いやあ、あれは冗談でなくバケモンです」
「転校生だろ、あれ。すげえ奴が来たもんだな」
お腹を抱えて痛がっている者や、顔をしかめて腕をさすっている者が、ぼそぼそと話す。
「嫌がる女子生徒を連れてきたおまえらが悪いぞ。そういうことは止めろって言ったろう」
藤原があきれ顔になる。
「すんません。可愛い子だったもんで……」
えへへ、と石川がまた頭を掻いた。
「二度と一年坊主にかまうなよ」
それだけ言うと、地面にへばりついている男たちを一瞥して教室に戻った。
藤原は、桜井のことで頭がいっぱいだった。
『あの感覚はなんだったんだ? 目が離せなくなるほど引き付けられた。まるで魂が持って行かれるのかと思った。ああ、嫌だ』
ため息を漏らして頭を振る。
藤原は生徒会副会長で、真面目で成績も良く、特進コースの中でも教師に期待されている。
暴力は苦手で博愛主義者だ。
この学校の番長は、三年を抑えて二年の宗方という男がなっているが、二人は一年のときから馬が合って、よく一緒につるんでいた。
宗方が番長になったとき、藤原は頭脳としての役目を買って出た。
これは公然の秘密であるが、広く認識されている。
あまり学校に顔を出さない宗方が、今日のことを知ったら黙っていないだろう。
彼は強い者に挑戦するのが好きだから。
『ああ、憂鬱だ。宗方が面倒を起こさなければ良いのだが……』
再びため息をついて、一気に階段を駆け上がった。
石川たちは、あれから宗方に連絡を入れたのだろう。
でなければ、今日のように早朝から学校に来るとは思えない。
藤原が教室に足を踏み入れると、それに宗方が気が付き、スキップするようにやって来た。
「おい、藤原、聞いた? すげえ奴が転校してきたみたいだな。ああ、俺は久しぶりにワクワクしているよ」
宗方は新しいおもちゃを手に入れた子供のように、目をキラキラさせている。
「バケモンのように強かったって言っているけどさ、見たいよな」
「相手は一年生だし、止めなよ。それに今回は石川たちのせいであって、彼らに何の落ち度はないよ」
やっぱりこうなるよな、と思いながら止めるが、聞くわけがないのも分かっている。
「それとこれとは別! ただ、手合わせさせて欲しいだけだよ」
言付けを頼んだ石川が戻るのを、ご機嫌な様子で待っている宗方は、空手と合気道の有段者であるが、度々喧嘩をして騒動を起こしたため破門になっている。
暫くして、困った表情の石川が教室に戻ると、続いて後からぞろぞろと、見慣れない顔が現れた。
「二年の教室だ。一年と変わらないね」と坂本。
「あ、このあいだの先輩だ」
小池が藤原を見つけて、涼し気な眼差しを送る。
桜井と大地がゆっくりと教室に入ってきた。
その後ろで、五十嵐が困惑している。
「きみ達、何でここに?」
藤原が驚きながら石川を見るが、石川は肩をすくめるだけだ。
「おはようございます。藤原さん」
桜井が藤原に挨拶をしてから、教室を見まわして宗方に視線が落ち着いた。
「おはようございます。宗方さん」
桜井がにっこりすると、大地も宗方に軽く手を上げる。
思わぬ状況に宗方が驚くが、藤原はまた魂に触れるこの感覚に、やりきれない思いを抱いた。
「石川さんから、喧嘩の果たし状を貰いましたが、僕たちは……、大地は喧嘩はしません。そこで提案をします。運動で勝負しましょう」
桜井は人差し指を立てる。
「今日の放課後、校庭でマラソンをしましょう。何周でも、何時間でも結構です。大地と宗方さんと、なんなら途中、誰かと変わっても良いですよ。大地、いい?」
大地はうんと頷く。
あまりの突然のことで黙っていると、
「喧嘩はできても、運動は苦手ですか?」
桜井が口を上げて挑発する。
「……。おまえ、面白いな。いいだろう。どちらかがくたばるまでだ。こっちは何人でてもいいんだな?」
「はい。でも一応人数は決めてください。際限がないと勝負がつかないですから」
桜井の余裕のある様が気にいらない宗方は、四人で出ることを決め、『逃げるなよ』と言い放った。
教室に戻る道すがら、五十嵐が心配そうに訊く。
「大丈夫? ひとりで四人も相手できるの?」
「俺の基本は、狼なのを忘れてもらったら困るな。狼の狩りは持久力が勝負なんだよ。人間に負けるわけがない。面白い勝負になるぞ」
愉快そうにクックックと笑う。
「僕はこれから皇の仕事が忙しくなるのに、こんなことに構っていられない。一度ぎゃふんと言わせて黙らせたい。でも、実は僕も楽しんでいる」
桜井もフフッと笑った。




