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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第二章
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転校生

 両親を見送ってから、桜井は時空に影響を与えかねない自分の世界を閉じた。


 北村は、自分たちが支配しようとした皇が、実はとんでもない力を有していることを知り、今まで桜井母子にしたことを鑑みて、恐怖におののいた。


 桜井が現世に戻って、今までの生活を続けることを知ると、お詫びと感謝の印に、今まで通りに住居の進呈と生活の約束を申し出た。

そこで後継人は織部がなり、取り敢えず高校を卒業するまでは、一緒にその家で住むことになった。


 怒涛の日々が終わり、平凡な日常に満足している桜井であるが、今日はちょっとしたハプニングが学校で起こった。

仕掛けたのは桜井である。


 情報通の横山が、朝一にネタを仕入れてきた。

「おい、今日転校生が来るらしいぞ」

 教室にいる生徒に教えると、わらわらと集まってきた。


「うちのクラスに? 男? 女?」

 矢継ぎ早に質問を返す。


「もちろんこのクラスに決まってんじゃん。男! 残念だけど男だよ」

 あははと笑いながら伝えると、男子は『ちぇ、つまんない』と自分の席に戻りだす。


「横山君、どんな子なの?」 

 女子の方は興味を示し、クスクス楽しそうにあちこちで話している。


「後姿がチラッとしか見えなかったから、よく分かんない。でもホームルームに、チャボが連れて来るだろ」

 横山の報告に、

「どんな奴が来るのかな?」

 坂本があまり興味なさそうに言うと、

「友達になれたらいいね」

 と五十嵐が答えるが、桜井は知らんぷりである。


 チャイムが鳴りホームルームの時間になると、チャボが転校生を連れて教室に入ってきた。

彼は何とも不思議な匂いがする男子である。


体つきは中肉中背で平均値に近い感じだが、強そうな髪質は明るい茶色から暗い茶色までの、色々な色彩で縦縞を作っていて、くっきりと長い睫毛で囲まれた瞳は薄い茶色で、光が当たると黄色っぽく輝く。

手足は細く指は長い。

実に個性的な男子である。


 そんな風貌だから、女子生徒は大半が興味津々で彼を熱い瞳で見つめている。

ただ一人、小池を除いて。


 小池は彼が教室に入ってきた時に、一瞬戸惑ってから眉間に皺を寄せて桜井を睨んだ。

桜井も小池に気が付いたが、ニヤリと返して黙っているように口に人差し指を当てた。


 転校生は織部大地と名乗り、あろうことか小池敦子と仲が良いとクラス中の生徒に言ったのだ。

何も知らされていない小池は、怒りで顔が赤くなり、唇をギュッと固く噛みしめた。



 転校生は午前中の授業が済むと、チャボに呼ばれて教室からいなくなり、小池は昼食もそこそこに、不機嫌そうに桜井の席にやってきた。


「ちょっと桜井君! 話があるんだけど来てくれない!」


 五十嵐と坂本も桜井の席にいて、何やら話し込んでいたが、お構いなしに割り込んできて、教室を出るよう親指をくいと動かした。 

クラス中の視線が集中するが、さっさと教室から出て行く小池に、肩をすくめた桜井が五十嵐と坂本にも来るように手で合図してから、後に続いた。


人がいないという点で、『嘆きの泉』は、都合のいい場所である。

小池が『呪われたベンチ』で座って待っていると、笑みをたたえた桜井が、次いで怪訝そうな五十嵐と坂本がやって来た。


「ちょっと桜井君! どういうことよ!」

 三人が腰かけた途端に、小池がまくし立てた。


「何が?」

 桜井が呑気にかわすと、小池は深呼吸して気持ちを静めようとした。 


「何がじゃないでしょ! あれはダイチでしょ! 何できみの器が人型でここにいるのよ」

「ああ、やっぱりダイチ君なんだ」と五十嵐。

「織部大地だって。そのまんまの名前じゃん。面白い」

 坂本は可笑しそうに笑った。


「……。織部様は知ってるの? わたしは何も聞いてないけど」

 不愉快そうに桜井を睨む。


「どちらかと言うと、綾乃さんの考えだよ」

「どうして? 子犬のままで良いじゃないの」


「あの時は、北村一族に力を与えるために力を使い過ぎたから、子犬になったけれど、ダイチはその後、また狼になったよ。で、夜中になると遠吠えするんだよ。まずいでしょ、それ。でも、本能だし、困っていたんだ。それで綾乃さんが考えてくれたんだよ」


 桜井は伸びをしながら小池を見つめる。


「それに人型は力をギュッと詰められて、都合良いことも分かったし」

「織部様は、何でわたしに何も言ってくれないの?」

 小池は不服そうに頬を膨らます。


「綾乃さんも僕も、凄く忙しくてね、余裕がなかったのさ。綾乃さんが言っていたよ。そろそろきみにも、仕事を手伝ってもらおうかなって」

「本当!」

 小池が瞳をキラキラさせながら、興奮気味に言う。


「うん、今後の日曜日にぼくの家に来ればいい。落ち着いたから、たぶん綾乃さんもいると思うよ」

「そうする。ありがと」

 小池の機嫌は直り、スキップしそうなほどの足取りで教室に向かった。


「もう、狼にはならないから安心して」

 小池の背中に声をかけると、ぴくっと震えて振り向き、

「うるさい!」 

 と怒鳴って行ってしまった。 


「何だ、あれ」

 坂本は呆れ顔だが、桜井はクスクス笑った。


「可愛いじゃないか。よっぽど狼の姿のダイチ君が怖かったんだね」

 五十嵐が笑いながら、

「じゃあ、大地君は織部さんとどういう関係になってるの?」

 桜井に訊ねる。


「ああ、姉弟ということになってる」

「一緒に住んでるんだろ?」

「うん、そうだよ」


 桜井はにこやかに答える。

とても穏やかな表情で、五十嵐も嬉しくなる。

隣で坂本が手を振っていて、その先には、保健室の窓から青木が手を振っているのが見えた。


ジャスミンの良い香りが、風に乗って中庭まで漂ってきた。



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