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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
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別れ

 二階からドアの閉まる音がしたと思ったら、ドタドタと階段を下りる慌ただしい音がして、顔を紅潮させた桜井が玄関に現れた。


「父さん! 本当に父さんなの!」

 信じられない思いで目の前の男性を見つめる。


「大雅……。父さんも信じられない。おいで、大雅。会いたかったよ」

 父親が両手を広げて駆け寄ると、桜井は腕の中に飛び込んで泣いた。


「父さん、父さん……」

 言葉もなく二人が抱き合っていると、織部が女性を連れてきた。


「さあ、琴乃さん、ご主人が会いに来ましたよ」

 一歩下がって琴乃を前に押し出すと、彼女は大雅を抱きしめ、夫と見つめ合った。


「ようやく会えた……」

 喜びで震える手を夫の胸に当てて、

「長い間待たせてごめんなさい」

 と柔らかい声で言い、長い睫毛を涙で濡らした。


「うん、大雅のおかげだよ……。さあ、もう泣かないで」

 琴乃の頬を濡らす涙を、手で拭う。


「大雅、母さんを自由にしてくれてありがとう。きみは父さんの自慢の息子だよ……。だけど、きみの成長を見られないのが寂しい。きみをひとりにするのが辛い」

 寂しそうに大雅の頭を撫でる。


「……。僕も寂しいよ。でも、こうして父さんと母さんに会えたのは、僕に皇の力があったからだ。父さんの力を貰ったからだ。僕は父さんの子だよ。だから、皇として生きるよ。安心して」

 悲しい笑顔で答えた。


「うん、分かっているよ。大雅は賢い子だ。支えになってくれる友達もできたようだし、心配なんてしないよ。父さんは母さんを連れて逝くけど、きみは、皇として、そして君自身のために生きなさい。遠くで母さんと見守っているからね」


 大雅の頬を撫でて、鼻先をちょんと人差し指で撫でた。

 幼いころによく父さんがしてくれた癖だと思い出して、また泣きそうになるのをぐっと我慢した。


「織部綾乃さん、大雅をこれからも導いてやってください。お願いします」

 両親二人が、丁寧にお辞儀をする。


「はい、わたしの役目ですから。心配しないで任せてください」

 織部も目を赤くしている。


「きみたちも、大雅のためにありがとう。これからも仲良くしてやってくれないか」

「桜井のお父さん、了解です」

 坂本はニカッと笑い、

「もちろんです」

 五十嵐は、これから起こる桜井と両親との別れを考えると、身につまされる思いだった。


 父親は息子の今後を思い遣り、彼を暫く無言で見つめていたが、そっと視線を妻に戻し、肩を抱いて開いている手で軽く手を振った。

綾乃は口元に手をやり、声を殺して微笑んでいる。


 ふたりの姿が段々と透けていくと、桜井は彼らのもとに走りだした。

「父さん! 母さん! ぼくのことを忘れないで! さようなら」


 言い終わらないうちに二人の姿は見えなくなった。

たった今まで彼らがいた場所に着くと、小さく『さようなら』と呟いた。


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