別れ
二階からドアの閉まる音がしたと思ったら、ドタドタと階段を下りる慌ただしい音がして、顔を紅潮させた桜井が玄関に現れた。
「父さん! 本当に父さんなの!」
信じられない思いで目の前の男性を見つめる。
「大雅……。父さんも信じられない。おいで、大雅。会いたかったよ」
父親が両手を広げて駆け寄ると、桜井は腕の中に飛び込んで泣いた。
「父さん、父さん……」
言葉もなく二人が抱き合っていると、織部が女性を連れてきた。
「さあ、琴乃さん、ご主人が会いに来ましたよ」
一歩下がって琴乃を前に押し出すと、彼女は大雅を抱きしめ、夫と見つめ合った。
「ようやく会えた……」
喜びで震える手を夫の胸に当てて、
「長い間待たせてごめんなさい」
と柔らかい声で言い、長い睫毛を涙で濡らした。
「うん、大雅のおかげだよ……。さあ、もう泣かないで」
琴乃の頬を濡らす涙を、手で拭う。
「大雅、母さんを自由にしてくれてありがとう。きみは父さんの自慢の息子だよ……。だけど、きみの成長を見られないのが寂しい。きみをひとりにするのが辛い」
寂しそうに大雅の頭を撫でる。
「……。僕も寂しいよ。でも、こうして父さんと母さんに会えたのは、僕に皇の力があったからだ。父さんの力を貰ったからだ。僕は父さんの子だよ。だから、皇として生きるよ。安心して」
悲しい笑顔で答えた。
「うん、分かっているよ。大雅は賢い子だ。支えになってくれる友達もできたようだし、心配なんてしないよ。父さんは母さんを連れて逝くけど、きみは、皇として、そして君自身のために生きなさい。遠くで母さんと見守っているからね」
大雅の頬を撫でて、鼻先をちょんと人差し指で撫でた。
幼いころによく父さんがしてくれた癖だと思い出して、また泣きそうになるのをぐっと我慢した。
「織部綾乃さん、大雅をこれからも導いてやってください。お願いします」
両親二人が、丁寧にお辞儀をする。
「はい、わたしの役目ですから。心配しないで任せてください」
織部も目を赤くしている。
「きみたちも、大雅のためにありがとう。これからも仲良くしてやってくれないか」
「桜井のお父さん、了解です」
坂本はニカッと笑い、
「もちろんです」
五十嵐は、これから起こる桜井と両親との別れを考えると、身につまされる思いだった。
父親は息子の今後を思い遣り、彼を暫く無言で見つめていたが、そっと視線を妻に戻し、肩を抱いて開いている手で軽く手を振った。
綾乃は口元に手をやり、声を殺して微笑んでいる。
ふたりの姿が段々と透けていくと、桜井は彼らのもとに走りだした。
「父さん! 母さん! ぼくのことを忘れないで! さようなら」
言い終わらないうちに二人の姿は見えなくなった。
たった今まで彼らがいた場所に着くと、小さく『さようなら』と呟いた。




