皇として
桜井が皇としてオーロラを発動したとき、それを見た者は感激のあまり胸が震えた。
あまりにも美しすぎて涙腺が緩む。
涙が滲んでユラユラとオーロラが踊っている。
彼の世界は天鵞絨色で、そこに翠色と萌木色のグラデーションがかかったオーロラが現れ、紅緋と勿忘草の色を添える。
『美しすぎる物を見ると、何で涙が出そうになるのだろう』と、五十嵐は不思議に思った。
北村とその一族は、オーロラの光を浴びると打ち震えて身悶えした。
北村は明らかに若返り、生気が出てきた。
一族は長年の夢がかなえられたことを知ると、歓喜して小躍りした。
何故かダイチの遠吠えが、微かに聞こえた。
北村と佐野は、軽薄で浅はかだった己を悔いて、遠くに見える皇に感謝し、手を合わせてお辞儀をした。
「では、あの連中をもとの世界に返して、この世界を閉じてくれないか。実は、時の番人として気が気でないのだよ」
「はい、すみません。さっそく」
織部が穏やかに言うと、桜井が申し訳なさそうに答えた。
桜井が黙々と働いていると、子犬がどこからか現れた。
「あら、可愛い」
小池が目ざとく見つけて抱きかかえる。
「あれ? 犬嫌いじゃなかった?」
五十嵐が怪訝そうに訊くと、
「子犬は別物でしょ。こんなに可愛いじゃない」
ふふっと笑って、頬ずりした。
「やめろ! 畜生。なんてこった!」
子犬がジタバタして暴れ出し、叫んだ。
「うわ! 何この犬。こわ!」
小池が恐る恐る子犬を下におろすと、ブルブルと体を震わせて、興味津々に見ているみんなにキッと睨み返した。
「ああ、くそ。何見てんだよ。僕だよ! ダイチだよ!」
「は? ええ! ダイチ君だって?」
坂本がビックリ仰天して、大げさに両手を広げる。
小池は一瞬ぽかんとしていたが、みるみる口元が緩みだした。
「あはは、嫌だ。何て可愛くなっちゃったの。あはは」
大型の狼から子犬になったことが、楽しくてしかたない様子だ。
「大雅が力を使い過ぎたから、僕の体が小さくなっちゃったんだよ。ああ、情けない」
可愛い子犬が、ぶつくさ文句を言っているのを見て、みんなの顔がデレデレする。
この状況に、当のダイチはいたたまれなくなり、
「馬鹿にするな!」
と捨て台詞を吐いて、どこかに駆け出して行く。
小池は相変わらず楽しそうに笑いながら、見えなくなるまでダイチを見送った。
ダイチの出現は、この場を和ませるには抜群の効果があった。
「もう、ここは僕たちだけです。移動しましょう。ここを閉じます」
桜井が、ふうと肩の力を抜いて両手を広げると、ラベンダー色の空気がトンネルをかたどり、そのトンネルが伸びてきてみんなを包み込むと、ゆりかごの中で揺られているような心地よさに目を瞑った。
次に目を開けると、すでにそこはヒマワリ畑の屋敷の中だった。
「桜井君、百合の花でお母さんのベットを飾ってあげましょう。それからお父さんを捜すよ。みんなはここで待っていて」
織部はさっそく桜井を連れて、二階に上がって行く。
残された三人は、子犬の姿のダイチの話に夢中になった。
「あれ? ダイチ君はどこにいるのかな?」
坂本は、ふっと気になった。
「……。外にいるんじゃない? 呼んでみる?」
三人がそれぞれ顔を見合わせて、外に駆けだした。
「ダイチくーん」
両手を口元に持って行き、坂本が叫ぶ。もう一度。
「ダイチくーん」
聞き耳を立てていると、微かにワンワンと鳴く声がする。
ヒマワリを見てみると、こちらに向いているものと、声のする方に向いているものがある。
さわさわとヒマワリの花が移動する方向に目をやると、子犬が飛び出してきた。
続いて男性も現れた。
「え! だれ?」
予期せぬ出現に度肝を抜かれていると、男性は子犬と共に近づいてきた。
「大雅はどこ?」
五十嵐は、この男性は目元が桜井君に似ているなと思い、『ああ、桜井君のお父さんだ』と確信する。
「これは大雅のものだ。これがここに案内してきた。大雅はここに居るのだろう?」
ダイチを指差して訊いてきた。
「ええ、いますよ。今呼んできます」
五十嵐が慌てて家の中に入って、呼びに行った。




