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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
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皇として

  桜井が皇としてオーロラを発動したとき、それを見た者は感激のあまり胸が震えた。

あまりにも美しすぎて涙腺が緩む。

涙が滲んでユラユラとオーロラが踊っている。


 彼の世界は天鵞絨色で、そこに翠色(すいしょく)萌木色(もえぎいろ)のグラデーションがかかったオーロラが現れ、紅緋(べにひ)勿忘草(わすれなぐさ)の色を添える。


『美しすぎる物を見ると、何で涙が出そうになるのだろう』と、五十嵐は不思議に思った。


 北村とその一族は、オーロラの光を浴びると打ち震えて身悶えした。

北村は明らかに若返り、生気が出てきた。

一族は長年の夢がかなえられたことを知ると、歓喜して小躍りした。

何故かダイチの遠吠えが、微かに聞こえた。


 北村と佐野は、軽薄で浅はかだった己を悔いて、遠くに見える皇に感謝し、手を合わせてお辞儀をした。


「では、あの連中をもとの世界に返して、この世界を閉じてくれないか。実は、時の番人として気が気でないのだよ」


「はい、すみません。さっそく」

 織部が穏やかに言うと、桜井が申し訳なさそうに答えた。


 桜井が黙々と働いていると、子犬がどこからか現れた。

「あら、可愛い」

 小池が目ざとく見つけて抱きかかえる。


「あれ? 犬嫌いじゃなかった?」

 五十嵐が怪訝そうに訊くと、

「子犬は別物でしょ。こんなに可愛いじゃない」

 ふふっと笑って、頬ずりした。


「やめろ! 畜生。なんてこった!」

 子犬がジタバタして暴れ出し、叫んだ。


「うわ! 何この犬。こわ!」

 小池が恐る恐る子犬を下におろすと、ブルブルと体を震わせて、興味津々に見ているみんなにキッと睨み返した。


「ああ、くそ。何見てんだよ。僕だよ! ダイチだよ!」

「は? ええ! ダイチ君だって?」


 坂本がビックリ仰天して、大げさに両手を広げる。

小池は一瞬ぽかんとしていたが、みるみる口元が緩みだした。


「あはは、嫌だ。何て可愛くなっちゃったの。あはは」

 大型の狼から子犬になったことが、楽しくてしかたない様子だ。


「大雅が力を使い過ぎたから、僕の体が小さくなっちゃったんだよ。ああ、情けない」


 可愛い子犬が、ぶつくさ文句を言っているのを見て、みんなの顔がデレデレする。

この状況に、当のダイチはいたたまれなくなり、

「馬鹿にするな!」

 と捨て台詞を吐いて、どこかに駆け出して行く。


 小池は相変わらず楽しそうに笑いながら、見えなくなるまでダイチを見送った。



 ダイチの出現は、この場を和ませるには抜群の効果があった。

「もう、ここは僕たちだけです。移動しましょう。ここを閉じます」


 桜井が、ふうと肩の力を抜いて両手を広げると、ラベンダー色の空気がトンネルをかたどり、そのトンネルが伸びてきてみんなを包み込むと、ゆりかごの中で揺られているような心地よさに目を瞑った。

次に目を開けると、すでにそこはヒマワリ畑の屋敷の中だった。


「桜井君、百合の花でお母さんのベットを飾ってあげましょう。それからお父さんを捜すよ。みんなはここで待っていて」


 織部はさっそく桜井を連れて、二階に上がって行く。

残された三人は、子犬の姿のダイチの話に夢中になった。


「あれ? ダイチ君はどこにいるのかな?」

 坂本は、ふっと気になった。


「……。外にいるんじゃない? 呼んでみる?」

 三人がそれぞれ顔を見合わせて、外に駆けだした。


「ダイチくーん」

 両手を口元に持って行き、坂本が叫ぶ。もう一度。


「ダイチくーん」

 聞き耳を立てていると、微かにワンワンと鳴く声がする。

ヒマワリを見てみると、こちらに向いているものと、声のする方に向いているものがある。

さわさわとヒマワリの花が移動する方向に目をやると、子犬が飛び出してきた。

続いて男性も現れた。


「え! だれ?」

 予期せぬ出現に度肝を抜かれていると、男性は子犬と共に近づいてきた。


「大雅はどこ?」

 五十嵐は、この男性は目元が桜井君に似ているなと思い、『ああ、桜井君のお父さんだ』と確信する。


「これは大雅のものだ。これがここに案内してきた。大雅はここに居るのだろう?」

 ダイチを指差して訊いてきた。


「ええ、いますよ。今呼んできます」

 五十嵐が慌てて家の中に入って、呼びに行った。


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