再生
「僕は、残酷なことができる自分が嫌いだ。僕も死んでしまいたい」
桜井は小刻みに震える手を握りしめる。
「桜井君は残酷じゃないよ。だって、きみが本気を出せばあの人たちは全員死んでいるはずだ。そうだろう? でもきみは、ちゃんと踏みとどまった。そして今は後悔している。だから大丈夫。大丈夫だよ」
五十嵐が、桜井の華奢な背中を優しく撫でてあげると、嗚咽を漏らしていた桜井が落ち着いてきた。
それを見て織部が話しかける。
「きみは、本来ならば皇として、きちんと教えを乞うているはずなんだ。でもきみの周りには、それに応えられる人物がいなかった。だから、きみだけの責任ではないよ。でも皇として力を得たからには、これからはその力を使うときは、責任を持たなければいけない。いいね!」
織部が念を押すように桜井の顔を覗くと、小さく頷いた。
「うん。きみは北村のせいでお母さんが死んだと思っているらしいけれど、それは間違いだよ」
思わぬことを聞いて、桜井は織部の顔をまじまじと見つめた。
「……そんなはずない」
小声で反論するが、桜井に動揺が走る。
「勘違いするのもしかたない。それも北村のせいだから、きみは悪くない。きみのお母さんに触れて、初めて分かったことだよ。いいかい、交通事故に遭ったのはお父さんだけじゃない。家族旅行に行った帰りのことで、きみら三人が被害に遭ったんだよ。お父さんは心肺停止状態で運ばれ、お母さんも意識不明の重体だったそうだ。きみはほぼ無傷だったらしい。……、その時、北村と佐野が力を得たのは本当だ。お母さんの意識は戻らず、もって数日だと思われた。そこで北村が、自分の力を使った計画を思い立ったわけだ。お母さんの体を乗っ取って、きみと何年も過ごさせた」
気遣うように、桜井の様子を伺う。
桜井は口を一文字にぎゅっと閉じている。
「だけどね。そうしなければ、お母さんは確実に何年も前に亡くなっていた」
桜井は悲しい暗い目で空を見つめる。
「それは事実だよ。だから、今日まで生きていられたのは、北村のおかげとも言えるわけだ。それに、お母さんの意思はなくても、きみが近くにいるのは感じられたって。それは嬉しかったって言っていたよ」
慈愛に満ちた眼差しで桜井を見つめると、桜井は悲しく微笑んだ。
「お母さんは、やっと魂が自由になれたと喜んでいる。そしてお父さんは、お母さんを捜している。ずっと、ずっと。長い間あの世に行かずに、お母さんを待っているんだ。それは知っているよね?」
「うん。お母さんを助けてあげてと言われた」
呆然としてこたえる。
頭が追い付いて行かない。
「お父さんを見つけて、お母さんを預けようね」
織部が言い、川下に目をむけて話を続ける。
「きみはあの連中をどうする?」
「…………」
桜井はすでに冷静になっていて、静かに考えている。
桜井の瞳は澄んでいて、それを見た五十嵐は、もう大丈夫だと確信することが出来た。
「彼らに過剰に酷いことをしたと思います……。そもそも、なぜ彼らが僕の家族に、こんなことをしたのか考えると、昔、五百年前に彼らを神来人から追放したのが原因です。当時の悪行で追放したとしても、それが未来永劫続くのは過酷です」
「うん、そうだね」
織部は満足そうな笑顔になる。
「だから、ぼくはあの一族に力を与えてあげます。ぼくを支配しようなんてことは、もう思わないだろうし」
ふっと笑う。
それを見ていた五十嵐は『ああ、本当によかった』と涙ぐんでしまった。




