緊急事態
「敦子、起きて。今から現世に戻るから、急いで支度して」
急に起こされた小池の頭は、まだ寝ている状態である。
「ん? なあに? どうしたの?」
呑気な返事にイラつき、織部はペチッと小池の頭を小突いた。
「痛! え! 何?」
ここで意識が覚醒した小池が目にしたのは、蒼白な顔色をした織部である。
何かとても重大なことが起こっているのが伝わった。
織部は小池が起きだすのを確認して、
「先に行っているから」
と足早に部屋を出てリビングに行くと、すでに五十嵐に起こされて、坂本とダイチがソファーに座っていた。
「きみがダイチ君か。なるほど、桜井君は面白いことを思いついたものだ」
値踏みするように眺めた後、
「どんな力を持っているのかな?」
織部は考え深そうな面持ちで訊いた。
「基本、大雅と同じさ。だって、僕は大雅の一部だもの」
得意げに、フンフンと鼻を鳴らして答える。
「それは良かった。じゃあ、早急に現世に戻り、エドガーと花音を見つけて欲しい」
織部がすこし安心したように、ホッとしていた。
「ていうか……、いきなり起こされてさ、元の世界に戻るとか何とか言うけど、いったい何事?」
坂本は気持ちよく寝ているところを起こされて、機嫌が悪い。
「うん、桜井君のお母さんが亡くなって、彼は今、とても動揺している。北村院長って知っているでしょ? 北村の持つ能力は人を操る力で、お母さんは長い間支配されていたんだ。意思を剝奪されて、偽りの歳月を過ごしてきた。それを桜井は知ってしまい、彼らに復讐しようとしている。彼は皇の力を使って、北村たち一族を自分の作った世界に閉じこめている。そして、母親の死で暴走している桜井は、もしかしたら、彼らを殺してしまうかもしれない」
「エドガーと青木先生を捜すのは何故?」
昨日は普通に桜井と話をしたのに、何でこんなことになっているのだろう、何が何だか分からない。
坂本は眉をひそめて腕を組む。
そこへ、身支度を整えた小池が入ってきた。
「敦子が来たから行こう。時間がない。一刻も早く桜井君を止めないと」
織部の様子にみんなは、不安にかられた。
口を開く者はいなくなりダイチの力で戻った世界は、桜井の後を追った森林公園の中だった。
「エドガーと花音を連れて来るから、みんなはここで待っていて」
さっそく織部が有無を言わさぬ勢いで告げ、小池は一緒に行きたがったが、邪魔だと無下に断られて落ち込んでいる。
ダイチは物珍しそうに辺りの匂いを嗅いで、天を仰ぎ遠吠えをしたから五十嵐と坂本がギョッとした。
「ちょっと、駄目だよダイチ君! ここらに狼は存在しないのだから」
ダイチが不服そうにフンと鼻を鳴らし、後ろ足でバリバリと土を蹴った。
坂本が五十嵐に昨晩の出来事を訊いていると、空間を引き裂いて織部が二人を連れて現れた。
「あら、五十嵐君と坂本君もいたのね」
意外そうに言う青木に、
「北村と佐野の連中がいなくなって、丁度よかったと思っていたのに……、何で助けに行かなきゃいけないんだよ」
エドガーは五十嵐と坂本をチラっと見ただけで、不満たらたらに呟いた。
「何を言っているのよ。元々は、神来人のいざこざのせいじゃないの。このままだとこの世界と皇の精神も壊れるわよ」
小言を耳にして織部が噛みつくと、エドガーが思わず首をすくめた。
また時空移動をすることになり、あの内臓が持ち上がる気持ち悪い思いをするのかと考えると、気持ちが萎える五十嵐と坂本だったが、とにかく桜井のことが心配で早く会いに行かなきゃ、と気ばかり焦った。




