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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
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織部綾乃の憂鬱

 桜井が現れて、坂本の手を取りラベンダー色の光に包まれようとしたとき、織部はそれから逃れた。

あのまま、一緒に桜井の世界に行くべきでないと判断したからだ。

桜井の創造する世界は、たぶん時間という観念がないに違いない。

だとすれば、自分は容易に移動できなくなる。


 桜井は何かをしようとしている。

それを突き止めないと。


 織部はどうしたものかと考えこむ。

桜井の父はいったい息子に何を言ったのだろう? 

やはり母親のことだろうか。


 さて、これからどうしよう……。

織部は、ほう、と深いため息をつく。


 今まで皇の継承は、順調に推移してきた。

時の番人の仕事は、時空の歪みの修復である。

だから、神来人同士の争いは、これまで口出しをしたことは無く静観してきた。


 しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。

皇が好き勝手に時間軸を無視した世界を、あちこちに創造したら大変なことになる。

過去も現在もなくなり、下手をすれば未来も消滅してしまうかもしれない。


 今、知りえる大きな歪みは二か所にある。

一か所は敦子の気配がすることから、五十嵐や坂本もそこにいると思われる。

だとすれば、もう一か所が桜井のしたいことなのだろう。


 ああ、厄介だな、と愚痴を言って重い腰をあげ、両手を空にかざし、生じた裂け目をこじ開けて、漆黒の闇の中へと入って行った。



 天鵞絨色の世界を抜けて、織部は歪みの根源に到達したけれど、中には入れないでいる。

桜井が許してくれない。

それでも、何が起きているのか分かれば良いだろう。


 織部は触れることは出来ないが、辺りを歩き出す。

草原の中、豊富な水量の小川が流れ、遠くに林が見える。


 風があるらしく、木々が激しく揺れている。

微かに叫び声が聞こえる方角に足を向けた。


 何人もの悲痛な叫び声が、次第に大きくなる。

でっぷりとした初老の男性と女性が、泣きながら逃げ惑っている。


 彼らの前で一人の男性が仁王立ちになっていて、そのすぐ後ろにもう一人男性が、隠れるように中腰でいる。

佐野と北村である。


 彼らを火と水が交互に襲っているのが見えた。

佐野がかろうじて風で防いでいるが、肩で息をしていて、疲労困憊であるのが見て取れる。

襲ってくる火柱を風で追いやると、そこには水の壁があって、火があたると、もうもうと水蒸気となって視界がかすんでくる。


 すると火の攻撃は、暫くは止むようだ。

そしてまた攻撃が始まる。


 ほんのひと時の休憩しか与えられない。

それが永遠に続く。

応戦できるのは佐野ただ一人だけだ。


 これでは、いつまでもつことやら。


 彼らは、桜井を相当怒らせたようだ。

エドガーの水を操る力と、花音の火を操る力を完全にコピーして使っている。

今度の皇の力は、やはり凄いな、と織部は感心した。


 しかし、懲らしめるのも大概にしないといけない。

織部は暫く北村を睨んでいたが、ふいと踵を返した。


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