ひまわり畑の小さくて大きな家
桜井に手を掴まれた瞬間、ふっと体が浮いた。
怖さでギュッと目を閉じて開くと、辺りの景色が様変わりしている。
明るいラベンダー色の空気に包まれ、朧げな景色が流れていく。
爽やかなそよ風が心地よく頬を撫で、坂本は思わずほっと吐息をもらす。
恐怖心はどこかに消し去った。
鈍色の、あの怪しげな世界に飛ばされた時は、体が異様に重く、気分もすぐれなかったが、今は自分の体重が感じられないくらい軽く、とても軽快である。
そんな坂本を見て、桜井はニッコリした。
「あの家で五十嵐君たちが来るのを待とう」
そう言うと、足元に見える家めがけて急降下したため、坂本は、またギュッと目を閉じなくてはならなかった。
「着いたよ、坂本君。なかなか住みやすいと思うよ。ご希望があれば、なんなりと言って」
頭上からの声を聞いて目を開けると、そこはどこかの家の中で、桜井がにこやかに機嫌よく立っていた。
そのときガサゴソと屋外から騒音がして、ドンドンと誰かがドアを叩いた。
「ふふ、ほら来たよ」
楽しそうに言って、玄関まで早足で出迎えに行きドアを開ける。
「いらっしゃい、五十嵐君。あれ? きみは小池さんじゃないか」
玄関に現れた桜井は、記憶をなくす前の桜井に戻っていて、五十嵐は嬉しさのあまり抱きついた。
「ああ、良かった。以前の桜井君に戻ってる。本当に無事で良かった」
抱きつかれて桜井は恥ずかしそうにしているが、満足そうに微笑んでいる。
興奮がおさまると人の気配に気づき、五十嵐は前方に目を移す。
と、そこに居たのは坂本で、思わず「坂本~」と叫びながら抱きつこうとする。
「待て、待て、五十嵐」
抵抗する坂本に五十嵐が「つれなくするなよ。無事で良かった」と笑った。
居間には桜井と、五十嵐、坂本、それに小池がいる。
家具は必要最低限で、どちらかというと質素である。
部屋はだだっ広く殺風景であるが桜井の家と感じが似ていて、これは彼の好みなのかもしれない。
ダイチは家には入らず、外で待っている。
そんな彼を小池は、『遠慮しているのかな?』と意外に思った。
「小池さんがいるのには驚いたよ。時の番人の助手だって? 知らなかったなぁ……。まったく、いつから僕のことを観察していたのさ」
「その、時の番人の織部様はどこに? 坂本君、一緒にいたのでしょう?」
桜井の問いは耳に届いてこない。
それよりも、ここに坂本がいるのに何故織部様がいないのか、小池は不安でヤキモキしている。
「あれ、ほんとだ。桜井が現れてここに来るまでは一緒にいたんだよ」
たった今気づいたらしく、坂本は辺りをキョロキョロと見回して首を傾げた。
「桜井! 綾部様を何処にやった!」
キッと桜井を睨みつける剣幕に、坂本と五十嵐の目が点になる。
「怖いよ、小池さん。僕は何もしていないよ。綾乃さんが勝手にいなくなったんだ。僕だって困るんだよ。勝手に動き回られると」
桜井は暗い目を三人から背けて、窓から見える黄色い世界を眺めた。




