この世の終わり、あの世の手前
坂本が自分を呼ぶ声に目を覚ますと、そこは薄暗く鈍色の世界だった。
「ここは?」
ずしりと重く感じる身体を起こして周りを確認するが、いるのは織部だけだった。
「五十嵐は?」
「気が付いたようね。彼と敦子は皇の近くにいる」
「皇……。桜井は皇になったというわけか?」
「ええ、そうよ。しかも今だに力が増大している。二人分の能力が動いている。無事にあの子の身体に納まればいいのだけれど」
織部は誰かを捜しているように、キョロキョロと辺りを見回す。
「ここは、過去の世界なのか? 何だか陰気臭いな」
「ここはね、坂本君、この世の終わりだよ」
「え! 俺死んだの?」
驚きのあまり目を見開いて呟くと、織部がふふっと笑った。
「大丈夫。責任もってきみを元の世界に戻すよ。ここはね、この世の終わりで、あの世の手前。カトリック教会で言えば煉獄に近いかな」
それを聞いて、ほっと一安心した。
「誰か捜してるの?」
「うん、桜井君のお父さん」
「え! だって桜井が小さいころに亡くなっているだろ」
いったい目の前の綺麗な女性は、何を的外れなことを言うのだろうと呆れる。
「お父さんの力が彼に受け継がれているのよ。彼自身の力も偉大なのに、身体が追い付かないと思う。乗り越えてくれるといいのだけれど」
心配そうにため息をつく。
「お父さんは死ぬ間際に、封印されていた力が解き放たれたみたい。それは異空間に世界を、現世とは異なる世界を作れる力だった。だから、今も自分の世界に魂を置いている」
「……。よくわからないけれど、ここにいるわけ?」
「きみって、中々賢いね」
ニッコリする織部に、何故か坂本はドキッとした。
「桜井君のお父さんは、理由があってここに留まっている。それが何なのか、分かれば良いのだけれど」
ふう、とため息をつく織部に協力を申し出る。
「わかった。桜井の父を見つけて、悩みを聞き出せばいいんだね」
坂本は織部の力になりたいと思った。
「桜井の力はどんなの?」
「父親から受け継いだ独自の世界を作れる力と、他人の能力をコピーする力。それって凄いことよ。怖いものなしだわ。わたしもこれまで何人もの皇を見守ってきたけれど、今日までコピーする能力を持った者に会ったのは、たったの一人だけ。彼が二人目ね」
坂本は気のせいかもしれないけれど、織部の眼差しに陰りを感じた。
「ふうん、桜井が元気だといいけどな……。ここは色々な意味で、シロでもクロでもないグレーな世界なんだ。おや? あの人たちは、こんなところで何をしているのさ」
生気のない老若男女数名が、織部と坂本から離れたところで、薄墨色の中、立ち尽くしている。天を仰ぐ者や祈りをささげているらしい者が、ぼんやりと見える。
「人は誰しも罪を犯すから、ここでその罪を浄化しているのよ。きみも、これからの人生をあまり悪さしないように過ごしたほうがいいよ」
「余計なお世話です。今はそんなことより、桜井父を捜そう」
言うなり坂本は「桜井君のおとーさーん」と大声をだすと、前方にいた人物たちが驚いて振り返った。
「ちょっと待って、坂本君。あの人たちの邪魔をしては駄目よ」
織部が慌てて止めに入る。
「だって、こんなに暗くちゃ見つけらんないよ。桜井君のおとーさーん」
坂本が気にせず再び大声で呼ぶと、銀灰色の靄がもくもくと立ち込めてきて、突然その中心から奇術師のように桜井が現れた。
思わぬところから人が出てきたのに驚き、さらにそれが桜井であることに信じられなくて、坂本は口が半開きのまま、声も出せずに立ち尽くした。
「坂本君、彼らの祈りの邪魔をして、止めてはいけないよ」
桜井は悪びれもせずに声をかけた。
「な、何だよ。何言ってるんだよ。どんなに俺たちが心配したか、おまえ、分かってるのか!」
桜井の元気そうな姿をみて安心したが、同時に今まで連絡もよこさないことへの怒りと、今の状況が飲み込めないことへの不安感と、ぐちゃぐちゃな感情が坂本を襲った。
「うん、ごめんなさい。ぼくも色々と頭の中をかき乱されて、おかしな行動をしたと思っている。でも、もう元に戻ったよ。ぼくのことを心配してくれて、ここまで来てくれて、本当にありがとう」
桜井は嬉しそうに坂本を見てから、深々とお辞儀をした。
それから織部に向き直り、無表情にじっと見入った。
「あなたが織部綾乃さんですね。父からあなたに会うように言われました」
「やはり、お父さんに会ったのね」
織部もまた淡々と返す。
「はい、あなたに会って話を聞けと、そして僕自身を知るように言いました。話してくれますか?」
「もちろんよ。でも、きみはお父さんと会って大きな力を得たから、色々と分かったのでは?」
織部の顔に陰りが見えた。
「……そうですね。知りたくないこともありました」
織部を見つめる桜井の瞳は、淀んで生気がない。
これまでも、度々悩んでいる様子を見てきた坂本だが、今の桜井に近づくのはためらわれた。
それほど他人を寄せ付けないオーラが出ている。
坂本が躊躇しながら、声をかけようと桜井に一歩近づいたとき、不意に桜井が薄鈍色の空を見上げた。
「行かないと。五十嵐君が呼んでいる」
いつもの桜井の顔になり、
「さあ、行こうか」
そう言って、右手をだして坂本の手を掴んだ。




