時の流れに逆らって
暗闇に目が慣れてくると、そこは天鵞絨一色の世界になっていた。
ため息のような微かな空気の流れを感じて周りを見回しても、目に入る物は何もない。
天鵞絨一色の世界、眩暈がしそうだ。
足元に地面がないと、平衡感覚がおかしくなる。
まるで高速エレベーターの急下降のときに生まれる、内臓が持ち上がる気持ち悪い感覚がある。
五十嵐が隣の坂本に顔を向けると、彼も顔をしかめていた。
坂本の後ろにいる小池は、と目を移すと彼女はどこ吹く風と言ったいで立ちで、淡々と前を行く二人が道をそれないように見つめている。
天鵞絨の世界は色の濃淡があり小川のように流れていて、それは生きているようにウネウネと動いている。
眩暈をこらえながら進んで行くと、暗い青緑色から新緑が萌え出るような冴えた黄緑色をした萌木色へと変化した。
「さあ、桜井君が姿を消した日に戻るわよ」
織部が右手を動かして出口を作ると、三人に声をかけて両手でこじ開けた。
こじ開けた穴から降り立ったそこは、青苔森林公園入口だった。
北に目をやると桜井の邸宅が建っていて、ちょうど玄関が開いて女性が現れたところだった。
女性は足取り軽くバス停まで来ると、嬉しそうにやってきたバスに飛び乗った。
「彼女はたぶん桜井君のお母さんですよ」
小池が織部に報告する。
「桜井君から聞いた話では、入退院を繰り返していて最近はほとんど入院していると聞いたけれど、ずいぶんと元気そうだね」
五十嵐が怪訝そうに言うと、織部は嘆息をもらさずにはいられなかった。
「北村の力が侵食しているようだけど……」
織部が言いかけたときに、再び玄関の扉が開いて勢いよく桜井が飛び出してきた。
「桜井君!」
五十嵐が呼びかけるが、桜井は呼びかけに応じることなく、早足で四人の前を駆けていく。
「これは過去の残像だから、桜井君には私たちが見えないし、声も聞こえないよ。さあ、彼の後を追って」
小池が二人を促し、見失わないように先を急がせた。
桜井は迷わず森林公園内の中に入り、どんどん奥へと突き進む。
遊歩道の終いまで来ると、若葉がうっそうと茂る道なき樹木の中に入って行った。
五十嵐には桜井がいつもと違う感じがして不安になり、彼の元に駆けだし顔を覗いた。
「桜井君!」
自分の声は届かないと分かっていても、声をかけずにいられない。
すると桜井は立ち止まり、怪訝そうにあたりをキョロキョロと見渡した。
それから誰もいないことを確かめると、眉根を寄せて足を進める。
桜井の後姿を凝視しながら、
「ねえ、何かここ、樹木が歪んでない? 僕の目がおかしいのかな?」
五十嵐が辺りを見回して、小池に訊いた。
「五十嵐君もわかるのね。織部様、これはどういうことでしょうか?」
小池も先ほどから、妙なエネルギーがここを覆っているのに気が付いていた。
「うん、まずいことになるかもしれない……。敦子は五十嵐君から絶対に目を逸らせないで。私は坂本君を看るから」
織部は険しい表情で告げると、坂本の隣に着いた。
「桜井君はすでに皇の力を有している。ううん、違う。それ以上の力を持っている。……なぜ? どうやって?」
織部が考え込んでいる間にも、桜井は先に突き進んで行く。
桜井の背景は徐々に歪みが大きくなる。
「……、彼は、たぶん父親と接触したんだ。そして父親の能力を受け継いでしまった。敦子! 過去に飛ばされるぞ! 身構えろ! 五十嵐を頼む! 彼が頼みの綱だ!」
織部が悲痛な声で叫んだ。
同時にハリケーンのような強風が四人を襲い、青漆の世界に飛ばされた。




