特別な絆
「本当に、何も感じないんだ。桜井君が何処にいるかなんて、僕には分からない」
五十嵐が気落ちして、悲しそうに言う。
「……大丈夫。それはきみのせいじゃない。北村が後ろで色々と操っているせいで、桜井君が全てにおいて拒否しているせいだよ。まったく面倒なやつが力を得てしまったものだ」
「おい! そもそも、その北村ってなんだよ。佐野ってやつも、いけ好かないやつだけど、あいつらは桜井をどうするつもりなんだ!」
坂本が、憤懣やるかたない目つきで小池に迫る。
「北村は弱った人間の思考に入り込み、その人間を操ることが出来るんだ。精神科の医師として、それは物凄く有意義に働くけれど、悪用するととんでもないことになる。……何であの一族は、同じ過ちを犯すのかなあ」
小池は坂本に気圧されて、躊躇しながら空を見つめて呟く。
「織部って何者なんだよ!」
坂本の立て続けの質問に、辟易しながら小池が答える。
「織部様は時の番人で、皇を守る者。皇の側には必ず織部様がいる。皇が織部様失くして力を使えば、時空の歪に囚われ、永遠に過去の中を彷徨うことになる」
「じゃあ、どこにいるんだよ! その織部って人は!」
坂本がイライラしながら訊くと、小池がフッと笑った。
「織部様は、きみたちに会ったと言っていたけれど、気が付かなかった? ああ、またあの姿だったのかな」
「え! 僕たちは会ったことあるの?」
ここでやっと五十嵐に精気が戻る。
「うん、そうだよ。綾部様! いるのでしょう? いい加減に出てきてくださいな!」
小池が辺りを見渡し、声を張り上げ右手を左右に振った。
すると、その部分の空気が震えて空間が歪みだした。
歪んだ空間がぱっくり割れると、そこから中年の女性が現れた。
「あ、あなたは子犬を連れていた人ですよね」
五十嵐が驚いて目を丸くし、坂本は
「まったくあんたたちは何なんだよ」と不機嫌になった。
「ああ嫌だ。またその姿なのですか? わたしはその姿は好かないと言っているでしょう!」
忌々しそうに小池も文句を言い、
「早く本来のご自分の姿に戻ってください」と、そっぽを向いてしまった。
「あっちゃん、そんなに怒らないで。わたしはこの姿を気に入っているのよ。だって、中年のおばさんの姿だと、大概はみんな気を許すから好都合なのよね」
ふふっと笑い、目を閉じて深い呼吸をする。
吐く息とともに、キラキラ光る空気が織部の体に纏わりだして、完全に覆いつくすと若い女性に変わった。神話に出てくる女神さまのような高貴な存在感だ。
「きみたちのことは、あっちゃんから色々聞いているわ。桜井君は今とても心が弱っていて、自分を見失い彷徨っている状態よ。どうか力になってあげて」
彼女の声は、ビロードのように心を柔らかく撫でる。
「でも、何処にいるか分からないんです。どこを探せばいいのか……分からない」
五十嵐の声は、最後は消え入るほど小さくなった。
「感じられない? 少しも?」
「はい……」
織部が眉をひそめたのを確認すると、五十嵐は己の非力を呪った。
「五十嵐君、あなたは桜井君にとって特別な存在なの。二人には固い絆が出来ているわ。わたしが誘導してあげるから大丈夫、また感じることが出来る」
優しい顔で五十嵐を見つめ、
「さあ、行きましょうか」と坂本に声をかける。
「どこに?」
「桜井君が隠れているところに決まっているでしょう」
織部は先ほど小池がしたように、右手を優雅に左右に振った。
すると大きく空気は震え、稲妻のような裂け目が生じた。その裂け目に両手を入れ力を込めて開くと、漆黒の闇が現れた。
「わたしの後について来て。離れないでね。もし迷子になったら責任取れないわよ」
織部はそう言うと闇の中に消え、
「さあ行って。わたしは最後に行くから」
小池が裂け目に手を添えて闇に入るように促した。




