時の番人の助手
最近では五十嵐と坂本が、エドガーや青木たちと会う場所として、もっぱら『鳩の丘』を指定されることが多い。
何故なら周りが見渡せて、盗み聞きされる恐れもなく、高台にそびえる楡の木の下には、ベンチが置かれていて、生い茂っている鮮やかな緑の葉が、涼し気な木陰を作っているからだ。
枝は厳しい残暑の陽光を防ぎ、丘を通り過ぎる風は体中の力が抜けるほど心地良く、思わず吐息がもれるほどだ。
今日も五十嵐と坂本が先に来ていて、近くの自販から飲料水を購入して飲みながら二人を待っていた。
「桜井はもう五日も学校を休んでいるけれど、何か聞いてる?」
坂本が浅くベンチに腰掛け背もたれにもたれかかり、気持ちよさそうに両手両足をだらんと崩した。
「いいや、何も分からない。……まったく! エドガー先生や青木先生は、いったい何をやっているんだよ!」
五十嵐はすこぶる機嫌が悪い。
「落ち着きなよ。とにかくエドガーたちから話を聞こうぜ」
桜井の状況が全く分からないせいで、イラついている五十嵐に坂本が声をかけていると女子生徒が坂道を上ってきた。
「おい、あれ小池じゃないか。何の用で来たんだろう?」
駅から真逆に位置するこの丘には、美術の授業で写生に来る以外は滅多に生徒が訪れることはない。
坂本が訝し気に目で追っていると、小池は少し息を切らせながら近づいてきた。
「ふう、良い運動になるね」
そう言いながら、彼らの横を通り過ぎて眼下に広がる街並みを眺める。
両手を大きく広げて伸びをすると、くるりと向きを変えて、やや頭を傾げて二人を見つめた。
「五十嵐君と坂本君はここで何をしているの?」
しなやかな肢体でショートカットの似合う小池敦子は、明るく爽やかな笑顔の持ち主で、男子ばかりだけでなく、女子からも人気がある。
「小池こそ何だよ」
坂本が「うるさいやつが来たな」と、五十嵐に耳打ちする。
「エドガー先生たちを待っているの?」
「え!」と五十嵐。
「おまえ何だよ!」と坂本。
動揺する二人を面白そうに見ながら、小池がベンチに近づく。
「もしかして、院長の手先か?」と、坂本が五十嵐に囁くと、
「坂本君、馬鹿なこと言わないで。聞こえたよ」
そう言って、小池は坂本ではなく五十嵐を見据える。
見つめられて戸惑う五十嵐にかまわず近づいて行き、目の前まで来ると頭の天辺から足の爪先までジロジロと眺めた。
「え? 何?」
顔を赤らめる五十嵐に、小池は檄を飛ばす。
「五十嵐君さあ、もう少し覇気をだそうよ。エドガー先生を頼っちゃ駄目だよ。桜井君を一番大切に考えることが出来るのは、きみなんだからさ」
「え? 何? きみ何者?」
今までただの同級生と思っていた小池が、得体の知れない人物だと分かって混乱していると、エドガーと青木が坂道をやって来た。
「あれ、キミは敦子君じゃないか。何故ここにいるのかな?」
呑気に訊くエドガーに五十嵐と坂本はイラっとする。
「エドガー待って…………。もしかして、あなたは時の番人?」
それを聞いてエドガーは「ウソ!」と言ってマジマジと小池を見る。
「さすが、青木先生。でも少し違う。わたしは時の番人の助手だよ」
小池がそっけなく答えると、
「そろそろ現れるころだと思っていたわ。織部様は何処にいるのかしら?」
青木が嬉しそうに尋ねる。
「織部様は、とっくにこちらにいる。あなたたちに大変失望していたよ。皇の保護どころか、五百年前と同じ争いが起こりそうじゃないか」
冷酷な眼差しで睨まれると、エドガーと青木はシュンとうつむいてしまった。
「行方不明の皇は、わたしが見つけるから、あなたたちは北村との争いを何とかしなよ」
小池はエドガーと青木を学校に帰らせると、改めて五十嵐と坂本に向き合った。
「きみたちを巻き込んでしまって、特に坂本君だけど、きみは神来人とは何も関係がないのに申し訳ないと思っている。ごめんなさい」
小池が坂本に頭を下げる。
「いや、神来人とか関係ないよ。桜井は友達だから、困っていれば助けるさ」
坂本が恥ずかしそうに答えると、小池がニコリと笑って返し、それから五十嵐に話しかける。
「でも、五十嵐君は少し事情が違うの。ある程度は分かっていると思うけれど、きみは地の民の血を受け継ぐもので、特に選ばれて皇との絆を結んでいるようなんだ」
小池が先ほどとは打って変わって、慈愛に満ちた眼差しをする。
「僕には……よくわからない」
今は桜井の存在を感じ取れないので、五十嵐には自身がない。




