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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
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時の番人

 美味しそうな香りが部屋に漂い、大雅は空腹を覚えて目を覚ました。

 リビングは夕陽が入り込み、部屋全体がオレンジ色に染まっている。


「あら、目が覚めた? 夕飯の支度ができたわ。食べましょう」

 大雅が起きだしたのを目にすると、琴乃は料理の載った皿を並べ始めた。


「夢でも見たの? 苦しそうだったわよ」

「え? ううん、そんなことないよ」

 探るように訊く琴乃に答える。


 大雅は母の言動に、いちいち過敏に反応する自分が嫌でたまらない。

 この違和感を早急になくしたいと思い、どうすれば良いか考え込んでしまう。


「美味しそう」 

 テーブルに並べられた料理に箸をつけるが、そこでまた違和感が生じる。


「母さん、味付け変えた?」

「どうして? 美味しくない?」

「美味しいよ。 でも何か、母さんの味付けじゃないみたい」


 言い方がまずかったかなと思い、

「美味しすぎてさ」

 フフッと笑いながら付け加える。


「あら、嫌ねえ。気にいってもらえてよかったわ」

 琴乃は一瞬、強張った顔つきになったが、すぐにホッとしたように答えて「お代わりは?」と手を差し伸べる。


「うん、もうお腹いっぱい。ごちそうさま」

「あら、もういいの?」

 食器を片付け始めた琴乃に、言おうか言うまいか考えあぐねていた大雅が、遠慮がちに口にする。


「ねえ、母さんは織部っていう人を知っている?」

「え? 誰?」

 動かしていた手を止めて、身じろぎもせずに訊き返す。


「織部綾乃っていう人」

「……会ったの?」

 振り向いた綾乃の顔は能面のように無表情でいて、それでいて不気味に微笑んでいるように見えた。


「会ったことないよ。知っている人?」

「……確かお父さんの知り合い。誰から彼女の名を?」

 隣に腰かけて、ぐいと顔を覗き込んでくる琴乃に、大雅は確信に近いものを感じる。


 この女性は母ではない、と。

 では、この隣に座っている母に瓜二つの女性は、いったい何者なのだろう。

 しかし、今は織部綾乃が先だ。



「母さんは会ったことがあるの? どういう人?」

 琴乃はテーブルに肘をついて両手を組み、顎をのせて何やら考えていたが、

「織部綾乃が、とうとうあなたの前に現れるのね。ああ、嬉しい」

 大雅を満足そうに見つめて、

「さっそく北村院長に伝えなくては」と呟く。


「待って! 僕に話してよ! 知っていることを話してよ!」

 色々なことがモヤモヤしていて、大雅のイラつきは極限にまで達していた。


 普段おとなしい大雅が大声を張り上げたものだから、琴乃が驚いて目を見張り「ああ、そうね」と話しだす。


「彼女は、織部綾乃は時の管理者とも、時の番人とも言われているわ」

 そう言って、ふっと微笑して大雅を見つめる。


「皇が力を使うと、時空に歪が生じるらしいの。その歪みが大きくなると、この世界の均衡が崩れてしまうのね。そしてこの世は混沌とした世界になり、現世の存続が危うくなる。だから彼女が歪みを修復してこの世の均衡を保っているの。それが彼女の役目よ。彼女が現れるのは、皇が誕生するから。ああ! 待ち望んでいた時がきたのね」


「母さんは僕が皇だと、いつから考えていたの? 僕は母さんから、そんなこと聞いたことないよ」

 大雅は琴乃の恍惚とした表情が、佐野医師と同じだと感じて嫌悪した。


「そんな事覚えてないわ。それよりも、食後の薬を飲みなさい。また頭痛が起こるわよ」

「今飲むと吐きそうだから、もう少ししたら飲むよ。ありがとう」


 薬と水の入ったコップを受け取ったが、大雅はそれをテーブルに置いた。

 薬を飲んではいけないと警笛が鳴る。


 いつもならば飲み終わるまでうるさく干渉する琴乃が、今日は気もそぞろらしく、

「きちんと飲みなさいね。お母さんは出かけるけれど、遅くなるかもしれないから先に寝てて」

 そう言うと、そそくさと出かけて行った。


 琴乃が出かけたことを確認すると、大雅はリュックを引っ張り出してきて、着替えを詰め、今手にすることが出来る現金を持って、夕闇が迫る外に足を踏み出した。



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