夢
気が付くと、広大な草原にたたずんでいた。
風が髪を優しくなで、あまりの気持ちよさに思わず甘い吐息が漏れる。
この感じは前にも経験した。
いつだったろう?
ああ、そうそう、院長宅に行く途中で気を失った時だ。
あの時も確か、涙が出そうなほど懐かしい感情に包まれた気がする。
この風に撫でられていると、遠い過去を思い出しそう。
ふう、とため息をついて草原の彼方に視線を向けると、人影が目に入ってきた。
あそこにいるのは誰?
ああ! あれは父さんだ!
ふふ、若いなぁ。
ああ、父さんと一緒にいるあの子供は幼いころの僕だ。
あれ? 母さんは?
母さんが見当たらない。
母さんはどこにいるのかな?
父さん、母さんは?
大雅の声は父には届かないようで、返事は戻ってこない。
あわてて大雅が駆け寄ると、ようやく姿を認めた父が首を傾げながら大雅に話しかける。
これはこれは、誰かと思えば大雅じゃないか。
ずいぶんと大きくなったものだな。
父さんは、おまえに色々と教えてあげたかった。
おまえを守ってあげたかった。
なのに、それも出来ずに苦労ばかりかけさせてしまって、ごめんね。
不甲斐ない父さんを許してくれ。
…………。
大雅、お願いがある。
母さんを助けてくれ。
え? 助けるって何?
母さんは元気になって、家にいるよ。
…………父さん、父さん、僕の声が聞こえないの?
応えてよ、父さん!
大雅、可愛い我が息子よ。
織部に会え。
え? 誰?
織部に会って、わたしが教えてあげられなかったことを訊け。
父さん! 織部って誰?
織部綾乃、彼女に会えば、お前自身を知ることが出来る。
そして大雅よ、彼女以外は信じるな。
誰が味方なのか、お前自身でよく見定めるんだ。
父さん! 僕はそんな人知らないよ!
父さん!
…………。
愛しているよ、大雅。
苦労ばかりかけさせて、ごめんね。
母さんのこと、よろしく頼む。
待って! まだ行かないで!
父さん! 父さん!
悲しそうに大雅を見てから『愛しているよ』と声なき声で言ってから、幼い大雅の手を繋いて、父は光の中に入って行った。
懸命に後を追いかけるけれど、距離を縮めることが出来ない。
大声で父を呼んでいるのに、声が出ることはなかった。
父と幼い大雅の二人を包む眩い光が薄れると、あとは風になびく草原が現れた。
大雅は、ただ一人草原で呆然と立ちすくんでいた。




