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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
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 気が付くと、広大な草原にたたずんでいた。


 風が髪を優しくなで、あまりの気持ちよさに思わず甘い吐息が漏れる。

 この感じは前にも経験した。

 いつだったろう? 


 ああ、そうそう、院長宅に行く途中で気を失った時だ。

 あの時も確か、涙が出そうなほど懐かしい感情に包まれた気がする。


 この風に撫でられていると、遠い過去を思い出しそう。

 ふう、とため息をついて草原の彼方に視線を向けると、人影が目に入ってきた。


 あそこにいるのは誰? 

 ああ! あれは父さんだ! 

 ふふ、若いなぁ。

 ああ、父さんと一緒にいるあの子供は幼いころの僕だ。

 あれ? 母さんは?

 母さんが見当たらない。

 母さんはどこにいるのかな?


 父さん、母さんは?


 大雅の声は父には届かないようで、返事は戻ってこない。

 あわてて大雅が駆け寄ると、ようやく姿を認めた父が首を傾げながら大雅に話しかける。


 これはこれは、誰かと思えば大雅じゃないか。

 ずいぶんと大きくなったものだな。

 父さんは、おまえに色々と教えてあげたかった。

 おまえを守ってあげたかった。

 なのに、それも出来ずに苦労ばかりかけさせてしまって、ごめんね。

 不甲斐ない父さんを許してくれ。

 …………。

 大雅、お願いがある。

 母さんを助けてくれ。


 え? 助けるって何? 

 母さんは元気になって、家にいるよ。

 …………父さん、父さん、僕の声が聞こえないの?

 応えてよ、父さん!


 大雅、可愛い我が息子よ。

 織部に会え。


 え? 誰?


 織部に会って、わたしが教えてあげられなかったことを訊け。


 父さん! 織部って誰?


 織部綾乃、彼女に会えば、お前自身を知ることが出来る。

 そして大雅よ、彼女以外は信じるな。

 誰が味方なのか、お前自身でよく見定めるんだ。


 父さん! 僕はそんな人知らないよ!

 父さん!


 …………。

 愛しているよ、大雅。

 苦労ばかりかけさせて、ごめんね。

 母さんのこと、よろしく頼む。


 待って! まだ行かないで!

 父さん! 父さん!


 悲しそうに大雅を見てから『愛しているよ』と声なき声で言ってから、幼い大雅の手を繋いて、父は光の中に入って行った。


 懸命に後を追いかけるけれど、距離を縮めることが出来ない。

 大声で父を呼んでいるのに、声が出ることはなかった。


 父と幼い大雅の二人を包む眩い光が薄れると、あとは風になびく草原が現れた。

 大雅は、ただ一人草原で呆然と立ちすくんでいた。



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