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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
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退院した母と自宅で

  桜井はとても戸惑っていた。


『登校途中で声をかけてきたあの子たちは、同級生だった! でも、僕にはそんな記憶はない。…………ああ! わからない。思い出せない』


 また耳鳴りが激しくなり、頭の中心がズキズキする。

 眉間に皺を寄せ、額に手をやる。

 大雅の母、琴乃がそれに気が付いて、心配そうに声をかけた。


「どうしたの? また頭痛がするの? 薬飲む?」

「……うん。酷くなる前に飲んどく」


 琴乃が薬袋から錠剤を取り出し、コップに水を汲んで渡すと、顔色の優れない大雅はそれでも嬉しそうな表情になった。


「ありがとう、母さん。母さんは随分元気になったね。また一緒に暮らせて僕は凄く嬉しいよ」

「ええ、これもみんな病院の先生方のおかげよ」

 琴乃は大雅が薬を飲み込んだのを確認すると、コップを受け取った。


「ねえ、北村先生が提案したこと考えてくれた?」

「今度母さんの具合が悪くなったら、院長の家に引っ越すということ? ……僕は行きたくないな」

「どうして?」

「学校が遠くなるし……」

「でも病院が隣だから、何かあっても安心でしょう。母さんはそうしてもらえると、凄くありがたいのだけれど……」


 琴乃の口調は柔らかいものの、有無を言わせない強い眼差しを向けられると、大雅の心にざわついたものが生じた。


「考えとく。でも母さん、今は凄く元気そうだよ」

 期待した返事を貰えないため、琴乃は不満そうなそぶりを見せるが、

「頭痛は治ったかしら? 少し横になりなさい。母さんは夕飯の買い物に出かけるわね。今晩は何が食べたい?」


 大雅のハンバーグという希望を聞くと、さっさと身支度をして出かけて行った。


 玄関の閉まる音を耳にすると、大雅は窓際に行きカーテンを薄く開けて、琴乃の後姿を深いため息をつきながら見つめた。


『何かがおかしい』


 この違和感の正体を突き止めようとすると、頭痛が激しくなり吐き気がしてきた。

 少し休むつもりでソファーに横になると、いつの間にか深い眠りに陥っていた。

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