退院した母と自宅で
桜井はとても戸惑っていた。
『登校途中で声をかけてきたあの子たちは、同級生だった! でも、僕にはそんな記憶はない。…………ああ! わからない。思い出せない』
また耳鳴りが激しくなり、頭の中心がズキズキする。
眉間に皺を寄せ、額に手をやる。
大雅の母、琴乃がそれに気が付いて、心配そうに声をかけた。
「どうしたの? また頭痛がするの? 薬飲む?」
「……うん。酷くなる前に飲んどく」
琴乃が薬袋から錠剤を取り出し、コップに水を汲んで渡すと、顔色の優れない大雅はそれでも嬉しそうな表情になった。
「ありがとう、母さん。母さんは随分元気になったね。また一緒に暮らせて僕は凄く嬉しいよ」
「ええ、これもみんな病院の先生方のおかげよ」
琴乃は大雅が薬を飲み込んだのを確認すると、コップを受け取った。
「ねえ、北村先生が提案したこと考えてくれた?」
「今度母さんの具合が悪くなったら、院長の家に引っ越すということ? ……僕は行きたくないな」
「どうして?」
「学校が遠くなるし……」
「でも病院が隣だから、何かあっても安心でしょう。母さんはそうしてもらえると、凄くありがたいのだけれど……」
琴乃の口調は柔らかいものの、有無を言わせない強い眼差しを向けられると、大雅の心にざわついたものが生じた。
「考えとく。でも母さん、今は凄く元気そうだよ」
期待した返事を貰えないため、琴乃は不満そうなそぶりを見せるが、
「頭痛は治ったかしら? 少し横になりなさい。母さんは夕飯の買い物に出かけるわね。今晩は何が食べたい?」
大雅のハンバーグという希望を聞くと、さっさと身支度をして出かけて行った。
玄関の閉まる音を耳にすると、大雅は窓際に行きカーテンを薄く開けて、琴乃の後姿を深いため息をつきながら見つめた。
『何かがおかしい』
この違和感の正体を突き止めようとすると、頭痛が激しくなり吐き気がしてきた。
少し休むつもりでソファーに横になると、いつの間にか深い眠りに陥っていた。




