母の正体
夢を、とりとめのない、長い夢を見た。
そこから引き戻されるように、不意に意識を取り戻した桜井は、自分が研究室のベットに寝かされているのを知った。
辺りを見回すと、若い男が意識の戻った桜井に気が付いて近づいてくる。
「あなたは誰? ぼくはどのくらいここに?」
ベットから起き上がり、どうしてこうなったのか思い出すと、ぎくりとした。
「院長は? 母さんは無事なの?」
部屋から出ようと、慌てて部屋を横切る桜井の腕を男がつかんだ。
「落ち着いて大雅君。僕は外科医の佐野悠人だよ。覚えてないかな? 何年も前に会ったことがあるのだけど。まあ、きみにとっては良い記憶ではないけれどね」
桜井が男をまじまじと観察すると、遠い記憶が蘇ってきた。
「ああ、佐野先生ですか。思い出しました。父を看取ってくれた先生ですよね」
腕を振り払い、佐野に詰め寄る。
「院長もあなたも答えてくれませんが、母さんは無事ですか? 今、どこにいるのですか?」
佐野がじっと桜井を見つめ、ふっと微笑したのを認めて、眉をひそめる。
「心配ないよ。お母さんはとても体調が良い」
「今すぐ会わせてください」
「……その前に、少し話をしよう」
佐野は応接セットのソファーに桜井を座らせ、真向かいに腰かけた。
「院長はこれまで君たち親子に、大変力を貸したと思うのだけれど……」
「はい。感謝しています」
それを言われると、桜井は何も言えなくなる。
「きみが黙って姿を消して、凄く悲しんでいたよ。どうしてそんなことしたの?」
どう答えたら良いのかわからず黙っていると、
「答えにくいかい? どうせ、あのエドガーとか言う奴の仕業なんだろう?」
驚いて目を見張る桜井を、ニヤリと見返す。
「院長が君たち親子を援助する理由を、きみはもう薄々理解しているのではないかな?」
「…………」
「最近になって、きみは皇として目覚めだした。僕らはきみのその力が欲しい」
「なぜです? あなた方は何ですか?」
桜井は、ついに大きな力が動き出したことを感じ、恐怖に身震いした。
「僕らも、かつては天上人だったんだよ。わかるかい? 五世紀も前に、神来人から追放された天上人なんだよ」
悲しそうな眼差しで、桜井を見やる。
「皇を失った我々は、次第に力を失い、そして我を失い、今日まで無気力に生きてきた」
そこで佐野は力強い眼差しになり、桜井を指差す。
「そんな時、偶然きみが次の皇だと知った僕たちは、きみが目覚めるまで見守ることにしたんだよ。それなのに、突然、横から来た邪魔者がきみを奪おうとする。そんなことは、絶対に許さない!」
テーブルをドン! と拳で叩き、佐野が怒りを爆発させる。
「ぼくにそんな力があるなんて、思えないです!」
桜井は頭を振って否定するが、佐野はふふっと笑う。
「それは間違いないよ。だってきみの周りに今だって、とても綺麗なオーロラが出ているからね。これまでは薄い色だったけれど、今日はいつもより色濃く、とても輝いている。現在生きている我々一族のなかで、皇のオーロラを見た者はいないけれど、それでも僕はきみの放つオーロラの光は特別だとわかるよ」
うっとりした眼差しで、自分を見入る佐野に戸惑いを覚えたとき、桜井は頭上で騒がしい騒音を耳にした。
「なんだ? うるさいな。ちょっと待ってて」
部屋から出て行こうとする佐野の隙をついて、桜井が強引にドアから先に出ると、慌てて掴もうとする佐野の手を振り払い、階段を上がった。
上がりきった踊り場の扉を開けると、そこは広いリビングで、押し問答して揉めている人物が目にはいった。
「出て行きなさい。警察を呼びますよ!」
「呼べばいい! 絶対ここに桜井はいる! 僕にはわかるんだ!」
家政婦らしい女性が五十嵐の前に立ちはだかっているが、その後ろで坂本がひょいと顔を出して桜井を認めると、
「ああ、いたいた。おーい、無事だったかあ」
坂本が手を振って、桜井に合図した。
「勝手にひとりで来るなよ。心配したんだぞ。こっち来いよ」
家政婦が、突然地下から現れた桜井を見てかたまったのを尻目に、坂本が手招きする方に駆けていくと、五十嵐も桜井を認めて、安心したように頷いた。
「昨日一日中、エドガーが青い顔をしていたぞ」
坂本の言葉に桜井が眉を上げた。
「昨日? え? 今日は何曜日?」
「? 土曜日だけど、どうした?」
「……僕は、丸一日気を失っていたのか?」
腑に落ちない顔で呟き、追いかけてきた佐野と目が合った。
佐野は五十嵐と坂本が、院長宅に乗り込んできたことを知ると、チッと舌打ちしてあからさまに顔を歪めた。
「いいかい大雅君、よく聞いて。今日の夕方、ここで我々一族の集まりがある。院長が計画して日本各地から、遠くは海外からも重要なポストにいる方々が来られる。貴重な時間を割いて来るのに、もしきみがここにいなければ、院長の信用は地に落ちるだろう。きみは恩人の顔に泥を塗るような子だとは思えない。……大雅君は来てくれるよね?」
佐野はここに乗り込んできた二人を睨みながら、家政婦を奥に行かせた。
「何の集まり?」
桜井は玄関の方へ、じりじりと後ずさりしながら訊ねた。
「我々の皇のご披露目だよ! ああ、きみのことだよ。素晴らしいことだ」
恍惚とした表情で見つめる佐野を、桜井は困惑して顔を背ける。
無言で五十嵐が庇う様に桜井の前に出ると、佐野はムッとして腕を組んだ。
「大雅君、きみねえ、お母さんも招待されているんだよ。きみがいないと、お母さんの立場が悪くなるよ」
ニヤリとして桜井を凝視する。
「母は、関係ないでしょう!」
桜井は目を見開いて、唇を噛み憤慨する。
「……きみは何も知らないらしい。エドガーから聞かなかったのかい?」
ククッと目を細めて嫌らしく口の端を上げる。
桜井には何が言いたいのかわからない。
「大いに関係があるんだよ。だって、きみのお母さんは、我々と同じ血が流れているのだからね。きみのお母さんは、かつて追放された天上人なんだよ」
あははと大口を開けて笑い、「何て素晴らしいんだ」と再び言う。
「パーティーは六時から始まるから……。待っているよ。きっと来てくれるよね!」
五十嵐と坂本を睨みながら、
「お母さんと会うのは久しぶりだろう。遅れるなよ」
そう言うと佐野は玄関まで行き、ドアを開けて三人に振り返り「どうぞ、お帰り」と送り出した。




