表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
11/93

母の正体

 夢を、とりとめのない、長い夢を見た。

そこから引き戻されるように、不意に意識を取り戻した桜井は、自分が研究室のベットに寝かされているのを知った。

辺りを見回すと、若い男が意識の戻った桜井に気が付いて近づいてくる。


「あなたは誰? ぼくはどのくらいここに?」

 ベットから起き上がり、どうしてこうなったのか思い出すと、ぎくりとした。


「院長は? 母さんは無事なの?」

 部屋から出ようと、慌てて部屋を横切る桜井の腕を男がつかんだ。


「落ち着いて大雅君。僕は外科医の佐野悠人だよ。覚えてないかな? 何年も前に会ったことがあるのだけど。まあ、きみにとっては良い記憶ではないけれどね」

 桜井が男をまじまじと観察すると、遠い記憶が蘇ってきた。


「ああ、佐野先生ですか。思い出しました。父を看取ってくれた先生ですよね」

 腕を振り払い、佐野に詰め寄る。


「院長もあなたも答えてくれませんが、母さんは無事ですか? 今、どこにいるのですか?」

 佐野がじっと桜井を見つめ、ふっと微笑したのを認めて、眉をひそめる。


「心配ないよ。お母さんはとても体調が良い」

「今すぐ会わせてください」

「……その前に、少し話をしよう」


 佐野は応接セットのソファーに桜井を座らせ、真向かいに腰かけた。

「院長はこれまで君たち親子に、大変力を貸したと思うのだけれど……」

「はい。感謝しています」

 それを言われると、桜井は何も言えなくなる。


「きみが黙って姿を消して、凄く悲しんでいたよ。どうしてそんなことしたの?」

 どう答えたら良いのかわからず黙っていると、

「答えにくいかい? どうせ、あのエドガーとか言う奴の仕業なんだろう?」

 驚いて目を見張る桜井を、ニヤリと見返す。


「院長が君たち親子を援助する理由を、きみはもう薄々理解しているのではないかな?」

「…………」

「最近になって、きみは皇として目覚めだした。僕らはきみのその力が欲しい」

「なぜです? あなた方は何ですか?」


 桜井は、ついに大きな力が動き出したことを感じ、恐怖に身震いした。


「僕らも、かつては天上人だったんだよ。わかるかい? 五世紀も前に、神来人から追放された天上人なんだよ」

 悲しそうな眼差しで、桜井を見やる。


「皇を失った我々は、次第に力を失い、そして我を失い、今日まで無気力に生きてきた」

 そこで佐野は力強い眼差しになり、桜井を指差す。


「そんな時、偶然きみが次の皇だと知った僕たちは、きみが目覚めるまで見守ることにしたんだよ。それなのに、突然、横から来た邪魔者がきみを奪おうとする。そんなことは、絶対に許さない!」

 テーブルをドン! と拳で叩き、佐野が怒りを爆発させる。


「ぼくにそんな力があるなんて、思えないです!」

 桜井は頭を振って否定するが、佐野はふふっと笑う。


「それは間違いないよ。だってきみの周りに今だって、とても綺麗なオーロラが出ているからね。これまでは薄い色だったけれど、今日はいつもより色濃く、とても輝いている。現在生きている我々一族のなかで、皇のオーロラを見た者はいないけれど、それでも僕はきみの放つオーロラの光は特別だとわかるよ」


 うっとりした眼差しで、自分を見入る佐野に戸惑いを覚えたとき、桜井は頭上で騒がしい騒音を耳にした。


「なんだ? うるさいな。ちょっと待ってて」


 部屋から出て行こうとする佐野の隙をついて、桜井が強引にドアから先に出ると、慌てて掴もうとする佐野の手を振り払い、階段を上がった。

上がりきった踊り場の扉を開けると、そこは広いリビングで、押し問答して揉めている人物が目にはいった。


「出て行きなさい。警察を呼びますよ!」

「呼べばいい! 絶対ここに桜井はいる! 僕にはわかるんだ!」


 家政婦らしい女性が五十嵐の前に立ちはだかっているが、その後ろで坂本がひょいと顔を出して桜井を認めると、

「ああ、いたいた。おーい、無事だったかあ」

 坂本が手を振って、桜井に合図した。


「勝手にひとりで来るなよ。心配したんだぞ。こっち来いよ」

 家政婦が、突然地下から現れた桜井を見てかたまったのを尻目に、坂本が手招きする方に駆けていくと、五十嵐も桜井を認めて、安心したように頷いた。


「昨日一日中、エドガーが青い顔をしていたぞ」

 坂本の言葉に桜井が眉を上げた。


「昨日? え? 今日は何曜日?」

「? 土曜日だけど、どうした?」

「……僕は、丸一日気を失っていたのか?」


 腑に落ちない顔で呟き、追いかけてきた佐野と目が合った。

佐野は五十嵐と坂本が、院長宅に乗り込んできたことを知ると、チッと舌打ちしてあからさまに顔を歪めた。


「いいかい大雅君、よく聞いて。今日の夕方、ここで我々一族の集まりがある。院長が計画して日本各地から、遠くは海外からも重要なポストにいる方々が来られる。貴重な時間を割いて来るのに、もしきみがここにいなければ、院長の信用は地に落ちるだろう。きみは恩人の顔に泥を塗るような子だとは思えない。……大雅君は来てくれるよね?」


 佐野はここに乗り込んできた二人を睨みながら、家政婦を奥に行かせた。


「何の集まり?」

 桜井は玄関の方へ、じりじりと後ずさりしながら訊ねた。


「我々の皇のご披露目だよ! ああ、きみのことだよ。素晴らしいことだ」

 恍惚とした表情で見つめる佐野を、桜井は困惑して顔を背ける。

無言で五十嵐が庇う様に桜井の前に出ると、佐野はムッとして腕を組んだ。


「大雅君、きみねえ、お母さんも招待されているんだよ。きみがいないと、お母さんの立場が悪くなるよ」

 ニヤリとして桜井を凝視する。


「母は、関係ないでしょう!」

 桜井は目を見開いて、唇を噛み憤慨する。


「……きみは何も知らないらしい。エドガーから聞かなかったのかい?」

 ククッと目を細めて嫌らしく口の端を上げる。

桜井には何が言いたいのかわからない。


「大いに関係があるんだよ。だって、きみのお母さんは、我々と同じ血が流れているのだからね。きみのお母さんは、かつて追放された天上人なんだよ」

 あははと大口を開けて笑い、「何て素晴らしいんだ」と再び言う。


「パーティーは六時から始まるから……。待っているよ。きっと来てくれるよね!」


 五十嵐と坂本を睨みながら、

「お母さんと会うのは久しぶりだろう。遅れるなよ」


 そう言うと佐野は玄関まで行き、ドアを開けて三人に振り返り「どうぞ、お帰り」と送り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ