『8』
『8』
何年ぶりだろう。
今朝、目が覚める直前まで見ていた夢。男に抱え上げられ、無邪気にはしゃぐ幼子。男の顔には、ぼんやりと靄がかかり、どこの誰だが判別はつかない。幼子の方は自身であると分かる。
いや、男の方も、顔は知らないが誰だかは分かっている。……父だ。
自ら用意した朝食に手も付けず、ロビージオ・マクマンは物思いに耽った。ここ数年、父の……父であろう男の夢は見ていなかった。
母を亡くして以降、父の夢を見ることに、ロビージオは一種の罪悪感を覚えるようになった。そこまでロビージオを育ててくれたのは母であり、父の夢を見ないことが、その大恩に少しでも報いることだと言い聞かせた。
思いの強さは狷介な意志となり、以来、父の夢は封印された。時の流れと共に、狷介な意志は円満となり、罪悪感も薄れているのだろうか。
幼い頃は例外として、自我が目覚めて以降、ロビージオは母との会話の中で父について触れることはなかった。母も父について話すことはなかったが、今更ながら思えば、父を悪く言っている母の姿も皆無と言えた。
子の世話を全て押し付け、自身は姿を消した父を母は恨んでいるーー子供心にそう判断したが、それは間違っていたのかもしれない。今となっては正解を得る術は無いが、恨んでいたと思うより、恨んでいなかったと思う方が、自身の心には健全で、しっくりと諾う。
血の繋がりが持つ絆の強さは、ロビージオ自身がよく理解している。母一人子一人の家庭で、寂しさも不自由も感じることなく過ごせたのは、母が常に寄り添ってくれ、また身を粉にして働いてくれたからだ。母のそれは無償で、ただひたすらに子を愛す一心だったと言えよう。
ロビージオも、女手一つで育ててくれた母への感謝は語り尽くせないほど、身内に募っている。だが、母亡き今、改めて血の繋がりを考えると、自身には父しか遺されていないことを思い知る。
突如、夢に現れた思い出の中の父。
その理由を探る。
果たして、血の繋がりを求めているのだろうか。或いは、父の身に何かがあったことを報せているのだろうか。
どこにいるのかも知らない。顔も覚えていない。どこかですれ違っても、お互いに気が付かないのではないか。
いや、きっと気付く。自身も、父も。血の繋がりが、そうさせる筈だ。