屋上の君へ
「人は死ぬ直前どうなるか知ってる?」
高校二年生の屍守 亮一に話しかけたその女子高生は楽しそうにそう言った。
始まりは15分前。
亮一は高校二年生の始業式が終わると直ぐにある場所へと向かった。
そこは亮一のテリトリー、もっとシンプルに言えば誰も寄り付かない古い第2棟の屋上だ。
別に特に理由があった訳でもない。ただ、1年の頃からそこによく通っていたから、それだけの理由だ。
普段もそうだが今は絶対に人は来ない。なんせ今は授業の始まる前なんだから。
亮一は校舎の陰に隠れた位置にある非常階段を使い屋上へと向かう。
この非常階段は普段授業をしている第1棟からは死角になって見えない。
亮一は何度も通ったその階段を上がる。
ギシギシとなる古い階段は緑色のコーティングが剥げ茶色くさびていた。
「着いた」
亮一が屋上へ登るとそこはいつもと変わらない風景だった。
地面には一面草が生え、壁は苔で埋め尽くされている。唯一亮一が通ったところだけが道となりそれはなんのためにあったのか分からないベンチへと繋がっていた。
亮一はいつもと同じようにそのベンチへと腰を下ろし真っ青な空に浮かんだその白い雲を眺めていた。
そして亮一はおもむろに物思いにふける。
自分の今までをふと振り返る。
亮一は小さい頃に父親を無くし、母子家庭で育てられた。
母は亮一を育てるため朝から晩まで働いていた。
無論母親と仲良く話をしたりする時間もなく子供の頃の亮一が見た母親は常にスーツかエプロンを着て慌ただしくしていた。
ただ、ちょうど亮一が小学六年生の頃、ぱったり母親が帰ってこなくなった。
夜遅くまで仕事をしている事もよくあったため亮一も最初は気にしなかった。
ただ、二日三日たつと変だという事に気づく。
亮一は学校の先生に相談した。その先生は亮一の家庭を理解してくれていて直ぐに対応をとってくれた。
ただ、亮一の母親が帰ってくることは無かった。
亮一の母親は端的に言えば亮一を捨てた。
育児と仕事の板挟みに合っていた亮一の母親はそのストレスに耐えることが出来なかった。
しばらくして亮一は叔父と叔母の元へと引き取られた。
ただ、叔父や叔母が亮一に愛情を注ぐことは無かった。
飯を食べさせ、養育費、食費を出す。ただそれだけ、会話も特にする事は無かった。
そして高校生となる去年の春 亮一は叔父達の家を出て東京で一人暮らしをする事にした。
亮一は勉強はそこそこできる方で都内の進学校に通いアルバイトをして生活していた。
亮一はそんな自分の過去を思い出し改めて思う。
『なんの為に生きているんだろう』
叔父や叔母の家にいる時は東京に出れば何かが変わるなんて思った。
けど実際は何も変化は無くただ、学校へ行きバイトをし、寝る。ただそれだけの生活だった。
亮一にはやりたい事もなく夢もなかった。
ならなぜ生きているのだろうか?
亮一の脳が答えを出すより早く体が屋上の転落防止のフェンスを超えていた。
亮一はフェンスを超えた先にある2、30cm程の足場から下を見下ろす。
するとどこから現れたのか茶色の長い髪をポニーテールでまとめた女子が屋上へと足を踏み入れた。
その女子は亮一を見ると慌てて止めに行く。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って。落ち着いて、な、何があったかは知らないけど話聞くから」
亮一は数秒ポカンとしていたが直ぐに今の状況を把握する。
網状になったフェンスを上りフェンスの内側へと戻った。
「えっと……さ。とりあえずなんかあるなら話聞くし」
その女子は一安心とホッとしたようにして胸をなで下ろした。
「……」
「……」
普段からほとんど人と話さない亮一は黙る。
それにどう反応すれば良いとか分からなくなりその女子も黙る。
「私は生谷 花って……言うんだ」
「……屍守です」
そうぎこちなく互いに挨拶をするとまた沈黙が続く。
「なんかさ、悩んでるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「それでもさ、今私から見たら飛び降りようとしてるように見えた」
「いや、別にそんなつもりは……」
実際に亮一はそんな事考えていなかった。
亮一の思考より先に体が動いていたからだ。
「そろそろHR始まるけどいいのか?」
「それは、こっちのセリフでもあるんだけど?」
「………だな」
すると、少し考えたようにした後 生谷は笑顔でそう言った。
『人は死ぬ直前どうなるか知ってる?』
その時の亮一にはただの話題転換、もしくは生谷が亮一が自殺をしようと思って少し脅すために言ったものだと思っていた。
「え?」
「だから人は死ぬ直前にどうなるのか知ってるのかって」
亮一は別に人が死ぬ瞬間を目撃した訳でもなく、身内の葬式に幼稚園の頃一度行ったことがあるだけで特に何か情報を持ってる訳ではなかった。
「いや、強いて言えば人は自分の身に危険が及んだ時反応速度が上がるとか体感時間が遅くなるとかそういう事なら……」
亮一は先日スマホのニュースで見たその情報をそのまま生谷に話す。
「へぇーそーなんだ」
生谷は亮一を感心するような目で見る。
いや、それは関心というより期待はずれ本当の意味を理解していないといったそんな目だったのかもしれない。
「そーなんだってお前が聞いてきたんじゃないのか……」
「まぁねー。うん、君のも正解だと思うけどさ他に何かない?」
「他にか?」
「私はね、人は死ぬ前に必ず涙を流すんだと思うんだ」
生谷はそう言うとポケットからそっとハンカチを取り出し亮一の目元に当てた。
亮一は咄嗟のことに体が硬直する。
「え………」
亮一の口から漏れたその小さな声は誰に聞こえるわけでもなく空へ散っていった。
生谷は亮一の涙を拭うと再び口を開く。
「例えばさ、まぁ、不謹慎な話なんだけどさ強盗とかに襲われて殺さたらその直前に死への恐怖と大事な人にもう会えなくなるという悲しさで泣くんじゃないかと思う。もちろんその時点では人の体的に体を修復する事に集中するわけだから咄嗟の痛みに涙が出るところまで至るのかは分からないけどさ。事故とか一瞬で死んじゃったら……いやそれでもその死ぬ瞬間何かやりたかった事や大切な人を思って涙が出るんじゃないかと思う。もちろんこれはさっき君が言った死ぬ直前は体感時間が遅くなって人が思考を動かせる余裕があるって前提だけどさ」
生谷は1人分の席が空いていたベンチに腰掛ける。
「寿命で死ぬにしたって自分が死期を悟って死ぬ直前この世に未練があってか満足してか家族や身内と永遠に別れる事になる事に対してかは分からないけど泣くじゃない?」
生谷はその紺のスカートから伸びた白く細い足をプラプラと揺らしながら俺の方へ顔を向ける。
「それに、目の前で屋上の柵を乗り越えて下を見下ろしてた人が涙を流してたら……ね」
「………」
ただ、少しほんの少しの会話だったが亮一にとってはどこか長く感じた。
「でも、ここまで言ってなんだけどさ、私は死にたいくらい辛い思いをしている人にそれでもいつかは報われるなんて無責任な事は言えない。だから君が沢山考えた上で死のうって事なら私は止めない。………まぁ、私情だけどさ、私は死んで欲しくはないけどね。こんな時間にこんな所で話した仲な訳だから君が死んだら私は少なくとも驚くしショックは受けると思うし」
最後の一言、生谷が最後に言ったその言葉、別に何も特別じゃないその当たり前のような『君が死んだら私は驚くしショックを受ける』それが亮一の心を満たしていった。
「あ、れ………」
亮一の両目からは大粒の涙が零れ落ち始めた。
涙は目に収まることを知らず、両頬を伝い制服の上へと落ちていく。
「え、あ、え」
生谷は一瞬急に再び泣き始めた亮一に戸惑ったが直ぐに何かを察し、白いハンカチを亮一に手渡しそっと亮一の背中をさすった。
亮一の涙はハンカチが濡れきってもうこれ以上涙を吸えないくらいに濡らした。
屋上には亮一の嗚咽と生谷がさすった時に袖の縁が亮一の服と擦れる微かな音だけがしていた。
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数分涙を流し続けた亮一は少し屋上へ来た時より数段顔色を良くして、生谷に「ありがとう」と伝えた。
「じゃーねー。また機会があれば」
生谷は亮一が泣き止んだのを見ると今がHR中だった事を思い出したのか慌てて教室へ向かった。
亮一は泣いた自分の目の腫れが少し引くまで15分ほどベンチで空を見上げ、スマホのカメラ機能で目の腫れが引いたのを確認した亮一は屋上の空気を一度大きく吸い、教室へ向かった。
「お、遅れました」
始業式早々遅刻してきた亮一にクラスの目は一気に集まる。
「今までどこへ行ってたんだ、屍守」
亮一のクラスの担任教師は少し声を荒らげて言う。
「腹痛が酷くて、少しトイレに……」
「わかった。すぐ座れ。席は真ん中の空いている席だ。出席をとったら一度来なさい」
亮一は6列ある席の右から3列目、前から4番目の席が空いている事を確認し席に着いた。
もちろん初日から遅刻している亮一の一挙手一投足にクラスの目線が集まるのは自然な事だ。
ただ、亮一が誰かとコンタクトをとるわけでもなく普通に席に座ると自然と周りの興味も薄れる。
亮一が座るとすぐにHRが再開される。
保護者会や1年間の予定が書いてあるプリントを前から受け取っては後ろに回すことを続け、ボーッとプリントを見ているとHRは終わる。
「っしょ」
先生が教室を出ようとした時目が合ったので亮一は先生に続いて廊下に出る。
「まぁ、お前の家庭の事情は聞かされている。あまりグチグチという訳ではないがなるべく遅刻や休みは無いようにな」
先生はそう言うが去年も同じ教師だった亮一からすればそれが亮一の事を思っての事ではなく自分の教師内での評価が落ちる事を危惧しての忠告である事を知っている。
なんせ「屍守のせいで俺の教育が悪いみたいになんのほんとなんなんだよ」とトイレで個室に入っていた時聞いたからだ。
「分かりました」
教室の中がざわつき始め亮一の声はあと少しでかき消されそうになる。
教師は小さな亮一の声を聞くとその場を去った。
教師が角を曲がったところで亮一は教室に戻る。
亮一が教室に入ると一つの机の周りに人集りができていた。
その人の群れは教室の端にあり何やら楽しそうに話していた。
「生谷さんはどこから来たの?」
「好きな芸能人とかいる?」
「彼氏とかはー?」
その人の塊から聞き覚えのある名前が出てきて亮一は振り返る。
亮一の席からギリギリ見えたのは茶色の髪をポニーテールにまとめた生谷 花だった。
一瞬目が会ったような気がして直ぐに前へ向き直る。
号泣しているのをクラスメイトに見られるのは男子高校生に耐えられるレベルを越えていた。
その後のLHRは係や委員会を決め、各自の自己紹介をし終わった。
亮一は当たり障りのない自己紹介をし、生谷は元気そうに自己紹介をした。
生谷 花は転校生だった。まぁ、亮一も聞いたことの無い名前だと思っていただけにそこまで驚く事はなかった。
何より泣いているところを見られたというのが転校生という事実より亮一を悩ませた。
家に帰ると亮一は自分のズボンのポケットに生谷のハンカチが入っている事に気づく。
「明日返さないとな」
亮一は自分のとは別に洗濯しアイロンをかけた。
翌日いつも通り学校へ行くと教室には数人のクラスメイトと生谷がいた。
亮一はあまり人の居ない今の方がいいと考え生谷に声をかける。
「あ、あのさ、これ。昨日ありがとう」
亮一は生谷のそばにより白のハンカチを差し出す。
もちろんクラスにいる数人がこちらを向く。まぁ、普段地味な奴が急に明るそうな転校生に声をかけたら驚くだろう。
「え、あ、ありがとう」
「それじゃ」
亮一は逃げるように自分の席に戻る。
亮一の心臓は激しく脈を刻んでいた。脈が上がるのを亮一自身も感じる。
高校二年生にもなれば他人に嘘はつけてもこの感情がどんなものなのかは自分では完璧に隠すことは出来ない。
一目惚れしていると気づくまでに時間はかからなかった。
いや、一目惚れと言うより恋の一歩前の段階の気になっているという感じだ。
亮一がどんな経験をしようが人を好きになる理由もきっかけも高校生の域は出ないのだ。
なんともないきっかけで人を好きになる。それは変わらない。
亮一の場合自分でもある程度理解しているように久しぶりに人と事務以外でまともに喋り自分の悩みを聞いてもらい優しくしてくれたこと、ただそれだけ。
たったそれだけで、それだけと言ってしまえばそれだけの事だが、父を早くになくし母親に捨てられ預かられた叔父や叔母の所でも特に可愛がられることも無く楽しい会話もする事の無い生活をしていてそれが嫌で都会に出てたけれど毎日の忙しさになんの為に生きているのか分からなくなった亮一の心には酷く染みた。
「生谷が好きだ」
そうなるまではひと月も要らなかった。
ただ、数日でクラスに馴染んだ彼女はクラスの盛り上がっている所を見るといつもいると言っていい程人気者になっていた。
人付き合いが苦手な亮一はクラスカースト底辺になり生谷との接点は殆ど無くなった。
学年ではC組に可愛くて人当たりのいい転校生が来たと学年中で話題になり生谷は瞬く間に時の人となった。
そのご尊顔を一目見ようと他クラスから男子が来るほどだ。
聞こえてきた噂には学年で一番人気の男子の赤羽もいた。
他の生徒と同じように恋心を抱き始めた亮一だったが、学年1番人気でカーストトップの赤羽やその取り巻きがしばしば来るようになってからは朝すれ違った時に軽く挨拶をする事すら亮一には難しくなっていた。
亮一もある程度常識人なわけで1年の段階でカーストトップと底辺は関わらないのが一番だという事を理解している。
そのため話す事もなくただ、日々は過ぎていった。
そして始業式、生谷と会ってから5週間が経った頃ある噂が出回る。
「美少女転校生と学年一のイケメンができてる」
まぁ、最近帰りに生谷の取り巻き達と赤羽達が一緒に帰っているのを亮一も何度か見ている。
取り巻きの誰かが、それともその光景を見た誰かが面白半分で言ったのだろう。たとえその噂が事実だとしても亮一はそれを認めたくなかった。
好きになるのは勝手だ、ただそれを公にして相手や自分が傷つく事がある事も知っている。
告白をするのは簡単ではない。それは好きだという感情を表にだし、嫌われるのを覚悟して好きな相手に言うのだから。
それに亮一からしてみれば高嶺の花である生谷だ。
それにあんな噂までたっている。早くしなければ赤羽と引っ付いてしまう。そんな事簡単に分かるはずなのに亮一はなかなか告白する勇気が出なかった。
そんなある日一通の電話が亮一にかかってくる。
知らない番号だった。ただ、何故か理由は分からないがその電話が誰なのか亮一には何となくわかった。
「もしもし」
話したことがあるはずなのに初対面のように感じる。
『……もしもし。栄子です』
屍守栄子 亮一の母だ。亮一の小さい頃育児と仕事に追われその果てに亮一を捨てた。
『急にかけてごめんなさい。ただ、少しだけ話しておきたいことがあって……』
「……」
わかってはいた。別に母親に怒りを感じている訳ではない。昔なら何故捨てたんだと怒っていたねかもしれない。
ただ、亮一も母がどんな状況に立たされどれだけ辛いと思いをしていたかをバイトをしているだけに理解しているつもりだ。
ただ、亮一の口はなかなか開く事が出来なかった。
『喋りたくないわよね……いいの。私が悪いんだから。まずね、謝っても許されないのはわかってるけどごめんなさい。逃げてしまって……』
「うん」
亮一はやっとの思いで口を開く。
『私は母親失格だわ。あなたを置いて1人で逃げて……ただね……それでも、私はね、あなたの、母親だったの』
屍守栄子の声が段々と途切れ途切れになっていく。
最後の一言では栄子の声が嗚咽と共に出ている。
栄子はスっと息を整えもう一度受話器に気持ちを乗せる。
『だからね、金で解決しようなんて思ってるわけじゃない。けれどこれから大金は出せないけど少しずつあなたの為になるように銀行に振り込むわ』
「いいよ、貯金もバイトであるし」
『それでも……いや、それくらいはさせて下さい』
亮一は母親の必死なお願いにわかったと伝える。
亮一も高校生だ。母親が自分の罪悪感から少しでも逃れようとしている事は分かる。
たとえそうでなくても捨てられた亮一からすればそう感じてしまう。
ただ、それでもこれが栄子自身が今亮一にしてやれる最大だということも亮一はわかっていた。
『あまり長く話してもあなたにとって気分のいいものではないだろうし、最後に一つだけ』
栄子はもう一度深呼吸をする。
『あなたを助けてくれる人は必ず現れてくれるわ。それが私でないのは謝っても謝りきれない。だからこそもしあなたを助けてくれた人が出来たらその人を大切にしなさい』
亮一の中で何かが動いた。
栄子の声はさっきまでとは別物のように芯がしっかりとした声でそれこそ母親のように。
『わかった。ありがとう母さん』
亮一はそう言うとそっとスマホの画面をタップする。
亮一は目がジーンと熱くなっていくのを感じ空を見上げる。
その夕日で赤く染まった空には亮一と母親の思い出が飾られていた。
最近は泣く事が多いな、そんな事を思いながら夕日の中亮一は静かに涙を流した。
次の日亮一がこんな行動を起こせたのは誰がどう言おうと母親のおかげだろう。
朝早く学校へ行った亮一は昨日書いた一通の手紙を彼女の机に入れる。
宿題以外に綺麗な紙を使ったのはいつぶりだろうか、ここまで綺麗に鉛筆を削り、誰かに向けて手紙を書いたのは初めてだった。
綺麗に尖った鉛筆をその震えそうな手で持ちまっさらな綺麗な紙に一言だけ書いた。
『放課後あの屋上に来てください』
彼女ならそれだけで分かるんじゃないかそんな期待もしながら書いた。
その日の授業はまるで頭に入らなかった。
ただ、ボーッと黒板に書かれた事をノートに模写していると放課後は直ぐにきた。
クラスで生谷の机に呼び出しの紙が入ってたという話は一切出てこなかった。
帰りのHRが終わり亮一は一目散に教室を出て屋上へ向かう。
最近は少し来る頻度が少し落ちていたが人が来た様子はなかった。
亮一は変わらずギシギシと鳴るその階段を1歩1歩踏みしめながら登る。
この階段を登るのにここまで緊張した事はあっただろうか?
亮一の心臓は少し早くなりつつも一定のペースで時を刻んでいた。
亮一が屋上へ着き数分もしないうちにまたギシギシと音が鳴る。
亮一はその音を聞くとスっと立ち上がり階段の方を見つめる。
彼女だ。
あの日と変わらないそのポニーテールを揺らしながら生谷 花は現れた。
彼女は亮一を見つけるとあっと言うようにして駆け足で寄ってくる。
「やっぱり屍守くんだったか」
「ちょっと話したい事があって……」
「ん?いーよー。同じクラスだけどなかなか話す機会なかったしねー」
ルンルンと花歌を歌いながら生谷は亮一を通り越しベンチに腰掛ける。
「座んないのー?」
生谷はポンポンと一席分空いた場所を手で叩く。
亮一はそんな彼女を見て、彼女を見ている第三者視点で自分を見て、改めて自分は生谷花が好きなんだと自覚する。
変な間が空いたせいか生谷はん?と首を傾げる。
亮一は覚悟を決める。そしてゆっくりと頭を下げながらどう時に手を差し出す。そしてこう一言
「好きです。付き合ってください」
亮一は頭を上げずに続ける。
ある人の言葉が脳をよぎる。
『もしあなたを助けてくれた人が出来たらその人を大切にしなさい』
「あの日、あの時俺に優しくしてくれてありがとうございました。優しい生谷にしたらあれは普通の事なのかもしれない。もしかしたら他の人が同じ事をされてもありがとうくらいにしか思わないのかもしれない。けどあの時、あの瞬間俺は救われました。そしてあなたが好きになりました!」
別にかっこいい告白ができる訳でもない。かっこいいセリフが吐ける訳でもない。
亮一にできるのはただ精一杯の気持ちを伝えることだけだ。
しばらく沈黙が続く。
亮一に取ってしたらそれはしばらくなんてものではなく果てしなく長い時間だったかもしれない。
ただ、亮一の手の平に少し柔らかい皮膚の感触が伝わるのが分かる。
慌ててパッと顔をあげた亮一の目に映った彼女は
夕日をバックにキラキラと輝いていた。
「はい。よろしくお願いします」
彼女は涙を流しながらそう言った。
亮一に初めての春が来た。16年程の寒い寒い冬を乗り越えてようやく春が来たのだった。
読んでいただきありがとうございます。
8000文字も一気に書いたのは初めてで色々おかしい所かあるかもしれませんが、暖かい目で見てください。
本当に最後まで読んでいただきありがとうございます。