とある令嬢の魔法使い
久々に長めのが書けたかな?
私の愛すべき人を奪っておいて被害者面してんじゃないわよ。
私は公爵令嬢、アマーリア・ノーブル。この国の王太子、シエル・エルドラド殿下の婚約者。シエル様はとても完璧なお方。いつも微笑みを絶やさず、誰にでも優しく、見目も麗しく、文武両道。もちろんそんなシエル様に相応しくあるために、私も幼い頃から文字通り血を吐くほどの努力をした。勉学はもちろんのこと、毒に慣らされる訓練や外交の訓練、自衛の手段や、…もしものための自決の仕方まで。おかげで、周りからの評価は高い。微笑みの天使、なんて呼ばれている。シエル様はそんな私を自慢の婚約者だと言ってくださる。私とシエル様は燃えるような恋でこそないが、良い信頼関係を結べている。そして私は、政略結婚の相手であるシエル様に片思いしている。でも、いいの。だって、私は黙っていればシエル様の妃になれるんだから。
でも最近、邪魔な子がいる。男爵令嬢、ノエル・ホワイト。実はホワイト男爵が、外で作ったのではないかと噂されるホワイト家の養子。ホワイト男爵は子に恵まれなかったから、将来はノエルさんの旦那さんがホワイト家の当主になる。もしノエルさんが他所にお嫁さんに行くなら、親戚筋から養子を取るだろう。まあ、ホワイト男爵家の事情なんてどうでもいい。ノエルさんよ、ノエルさん。
ノエルさんは、平民出身。その上上記の噂のため、なかなか貴族社会に馴染めなかった。お優しいシエル様は、そんなノエルさんの立場に胸を痛めて、社交の場では彼女のそばにいることが多くなった。もちろん、私も同伴で、だけれど。
シエル様は同情と、平民出身という物珍しさ、興味だけで彼女に優しくしているだけなのに、ノエルさんはなにか勘違いしているらしい。シエル様がそばにいると、赤く頬を染め、恥じらいながらさりげなくシエル様に自分という女をアピールしている。ない胸を押し付けたり、品がない。たかが男爵令嬢のくせに王太子である私の婚約者を落とそうなんて、なんて女。でも、何故?二人の距離がどんどん近くなっていくの。気のせい、よね?気のせい、だわ。
そう、思っていたのに。
…シエル様は、ある舞踏会で私ではなくノエルさんをエスコートした。
シエル様の言い分では、婚約者もいないノエルさんをエスコートしてくれる人がいないのが可哀想だから、らしい。でも、それならシエル様にエスコートしてもらえない私は?弟にエスコートされて、自分の婚約者が他の女をエスコートしているのを見せつけられた私は?あの女の勝ち誇ったような顔を見てしまった私は?
…あんな女さえいなければ!
たかが平民上がりのくせに!なんの能もないくせに!なんの努力もして来なかったくせに!なんであんたなんかがシエル様の蕩けるような笑顔を独り占めしてるのよ!
その日から私はノエルさんを虐め始めた。
ある日はドレスにワインを掛けた。ある日は嫌味を言った。ある日は舞踏会に出られないように人気のない建物に閉じ込めた。ある日はドレスを引き裂いた。ある日は悪い噂を流した。ある日は亡き母の形見とかいうブローチを破壊した。ある日は直接出向いて頬を引っ叩いた。
とにかくただ、シエル様のそばから消えて欲しかった。
ある舞踏会で、私はまたシエル様にエスコートしてもらえなかった。シエル様はノエルさんをエスコートしていた。私はまたシエル様にこっちを見て欲しくて、以前シエル様が褒めてくれたドレスを着てきた。
その舞踏会で、私はシエル様から婚約破棄を言い渡された。
「アマーリア・ノーブル!僕は貴様との婚約を破棄する!そして、ノエル・ホワイトを新たな婚約者とする!」
「…!?」
会場がざわざわする。私の心はもっとざわざわする。
「貴様は僕の婚約者であり、公爵令嬢という身分でありながらノエルを虐めていたな。そんな女をこの国の国母になどできるものか!」
「待ってください!確かに私はノエルさんを虐めました!でもそれはシエル様が…その女に心を奪われたから、取り返そうとしただけです!」
「ふん、確かに浮気したのは僕の過ちだ。貴様ときちんと別れてからノエルと正式に付き合うべきだった。慰謝料はむしろこちらから払おう。だが、貴様との婚約は破棄だ。そしてノエルと婚約する。ノエルがこの国の国母となったら…自分の立場、いや、ノーブル家の立場はわかっているな」
「そんなっ…」
「おい、衛兵。そこの女を追い出せ」
「はい!」
「シエル様…そんなっ…なんで…!」
私は本当に追い出され、馬車に無理矢理乗せられ家に帰された。あまりに早く帰ってきた私を心配するお父様とお母様、弟に正直に話すと、何故もっと早くに相談しないのかと怒られて、抱きしめられた。お父様もお母様も弟も、この国に未練などない、隣国に行こうと言ってくれた。優しい家族にこんな思いをさせてしまう自分が許せない。どうしてこうなったの…。
その後私は部屋に戻された。辛いだろうから、今は休みなさい、と。
窓を開けて夜空を見上げる。夜風が冷たい。…え?
私の視界に、突然男の人が現れた。ほうきに乗って空を飛ぶ。…魔法使い!?伝説でしか聞いたことないわよ!?
魔法使いといえば、とんがり帽子にほうき、容姿端麗な容貌、救国の英雄!圧倒的な魔力と、術式を展開して使う魔術ではなくそれそのものが万物に影響を与える『魔法』を使い、他国に攻められたエルドラドを護ったすごい人。生で見れるなんて、私、すごくラッキーなんじゃ…いや、今日片思いの相手にフラれたんだからトントンか。
「おや。私が見えますか?…透明化の魔法をかけているのに?」
「!…は、はい!」
魔法使いに突然話しかけられる。ど、どうしよう…!
「まあいいか。こんばんは、いい夜ですね」
「そ、そうですね…」
「…おや?君はなんとも面白い星の運命を持つのですね」
「…?」
「君、王太子にフラれたでしょう」
「…!」
魔法使いすごい。そして酷い。
「君、このまま隣国に行こうとすると破滅しますよ」
「え?」
「彼、君のこと相当毛嫌いしてますから」
彼、…シエル様?
「安全な隣国に逃げる前に、家族もろとも暗殺されます」
「!?」
「君はそういう星の運命です。このまま国に残っても、いずれは彼に殺されますし。ですが…そうですね。ひとつだけ生き残る方法があります」
「な、なにをすれば…」
「星の運命を変えられる者に頼ればいい」
そういうと、魔法使いは私の部屋に無遠慮に入ってきて、私に傅きその手をとる。
「貴女が望むのなら、私は貴女の魔法使いになりますよ」
「私の、魔法使い…?」
「ええ、契約を結びましょう。私は貴女と貴女の家族の星の運命を変える。貴女は私の花嫁となる」
「え…」
なんで?花嫁?なにを言ってるの?
「私は貴女のその数奇な運命と魂の清らかさに惹かれました。貴女が欲しい」
私の魂が清らか?男爵令嬢を虐めていたのに?
「それはシエル殿下が浮気したのが悪い」
というかさりげなく心を覗くのをやめて。
「ふふ、はい」
でも、あの優しい家族もろとも暗殺されるよりは…。
「…わかりました。契約を結びましょう」
私がそう言うと魔法使いは私の手の甲にキスを落とす。…これで契約は完了?
「さあ、契約は完了です。星の運命を書き換えます」
そう魔法使いが言うと、魔法使いの前に突然本が四冊現れる。魔法使いはそれを不思議な万年筆と修正液で書き直していく。
「…めでたしめでたし、と」
「えっと…」
「これでもう大丈夫ですよ。私の花嫁。あ、申し遅れました。私はソルセルリー・コンストレイションと申します。以後お見知り置きを」
「あ…失礼しました。私はアマーリア・ノーブルと申します」
「ええ、知っていますよ」
「え?」
「星の運命を読んだので」
「そ、そうですか」
「とりあえず、シエル殿下の興味は貴女から離れました。これからは私の花嫁である限り自由ですよ」
「そ、そうですか」
「とりあえずご両親と弟君にご挨拶しましょう」
「展開が早い!」
「ふふ。ほら、行きますよ」
「待ってください、コンストレイション様!」
「ソルでいいですよ」
「ソル様!」
「なんです、アリア」
「いきなり挨拶とか!ちょっと落ち着きましょう!」
「まあまあ」
「ソル様ってばぁ!」
その後私の新しい婚約者として魔法使いを紹介された両親はしばらく固まり、弟は無邪気に私の幸せを願ってくれた。そして両親はシエル様に邪魔されないうちにと私とソル様の結婚を認め、さっさと手続きを済ませて私達は晴れて結婚することになった。急な挙式だったから、そこまで盛大にはならなかったけれど、大切な人達に見守られて温かい式となった。
救国の英雄、魔法使いの結婚の話は瞬く間に世間に広まって、シエル様をたかだか男爵令嬢に奪われフラれた私の名誉は無事に回復した。また、ソルのお嫁さんである私の実家も今まで以上に大変大切にされるようになった。一方でシエル様は王命である婚約を勝手に破棄した罪で離宮に生涯幽閉。もちろん王太子位剥奪。第三王子殿下が王太子になられた。ノエルさんは内乱罪など複数の刑が下され御家断絶。みんな揃って晒し首。
「アリア」
「はい」
「君たち家族の星の運命の書き換えのついでにシエル殿下とノエル嬢にざまぁしてみましたがどうです?」
「ざまぁ?」
「ざまぁみろ、の略です」
「ああ…うーん、興味ないです。ソルといるだけで幸せですから」
「でも、私が君たち家族の星の運命の書き換えしかしてなかったらあの男、あれだけのことをしでかしておいてお咎めなしだったんですよ?」
「うーん…まあ、でも、お陰でソルと逢えたので」
「…まったく、君という人は」
ソルが私の額にキスを落とす。
「愛していますよ、私の花嫁」
「大好きです、私の魔法使いさん」
こんなに幸せになれたので、特別にノエルさんの被害者面も許してあげましょう。 ふふ。
気に入っていただけますと幸いです。