【コミックス1巻発売記念SS】休日
設定やキャラクターの名前など書籍・コミック版に合わせたSSになっていますが、WEB版のみの方でも問題なく読めます!
精霊祭から数日、ある休日のこと。
シェイラとフェリクスは二人で城下町を訪れていた。今日はお忍び。二人とも目立たないような服装をしている。
それがまた楽しくて、シェイラの足取りは軽い。
休日の賑わいの中、冬用のコートのフードを目深に被ったシェイラはキョロキョロと周囲を見回した。
「あ、ねえ、あれが食べたいわ」
シェイラが指差した先には串焼き肉の屋台があった。店頭ではお肉がこんがりいい色に焼けていて、じゅうじゅうといういい音とおいしそうな匂いが漂ってくる。
「串焼き肉か」
「そう! 百年前から、歩きながら串焼きのお肉を頬張るのって夢だったのよね。今なら『お行儀が悪いです』なんてとがめる人はいないし!」
得意げに言い放ったところでシェイラははたと気がついた。
(そうだわ。考えてみれば一番口うるさいのは彼だったわ……)
ちらりと隣を歩くフェリクスを見上げると、冷ややかに無言で見下ろされていた。『お留守番してるね〜』と見送ってくれた猫のクラウスはどこだ。いますぐにこの場を和ませに帰ってきてほしい。
しばし見つめあって数秒。フェリクスは端正な顔立ちを崩しプッと笑うと、店主に話しかける。
「二つもらえるか」
どうやら買ってくれるらしい。
「悪いね、兄ちゃん。今まとめて注文が入っちまって、すぐ渡せるのが一本しかないんだ」
「じゃあそれでいい」
「まいどぉ」
そんなやりとりを聞きながらシェイラは首を傾げた。
「あなたは食べないの?」
「ああ。王女、向こうのベンチへ」
そして、当然のように椅子へと案内されてしまった。食べ歩きは許してくれないようである。けれどここで言い争っても仕方がない。
(食べ歩きができなくても仕方がないわ。それよりもこの串焼きのお肉よ! 前世では毒味が必須だったから屋台の食べ物なんて食べられなかったもの!)
好奇心旺盛なシェイラは庶民の食べ物にかなり興味があった。今世でも伯爵令嬢だったから、こうして街歩きをする機会は少ないのだ。
フェリクスに手渡された串焼き肉を両手で持つとおいしそうな匂いが鼻をくすぐる。
「わぁ! 本当にいい匂い」
お肉とスパイスの香りにお腹が鳴りそうだ。「いただきます」と小声で言ってから、シェイラは遠慮がちにお肉へとかぶりつく。
「……っ! おいしい!」
噛んだ瞬間に肉汁がじゅわっと溢れた。それからすぐに肉の旨みが口いっぱいに広がる。強火で焼いていたのが見えていたのに、肉はしっかりやわらかくて噛むととろけていきそうだ。
「これ、とってもおいしいわ! シェフのご飯に負けてない」
「へえ。俺も食べたいな」
「もう一つ買ってきましょうか? 少し待てばきっと」
買える――そう続けようとしたところで。フェリクスの前髪がシェイラの鼻先に触れて離れた。
(こっ……これは!?)
気がつくと、シェイラが持っている串焼き肉は一切れ減っていた。フェリクスがもぐもぐと口を動かしているので、いま彼が口で持っていったのだとわかった。
「本当だ。うまいな」
「…………」
頬に熱を感じながらフェリクスと手元の肉を交互に見るシェイラだったが、同時にあらあら、仲がいいのね、というような周囲の視線に気がついた。
当然だろう。今日の二人は、目立たない格好をしているただの若者二人なのだから。
(なんだか、普通のデートみたいだわ)
微笑ましい視線に恥ずかしさとくすぐったさの両方を隠せないシェイラは、照れ隠しにフェリクスへと毒づく。
「いまのは……お行儀が悪いんじゃないの」
すると、フェリクスは悪戯っぽく笑った。
「今日は『とがめる人はいない』んだろう?」
「! ……それもそうね」
そうして、幸せを噛み締めながらもう一つお肉を口に入れる。
百年前と街の景色は変わったものの、賑わいは変わらない。月日を経ても食べてみたかったものや過ごしてみたかった時間はここにある。
不思議なことに隣にいる人も同じ。立場は真逆だけれど、ここはあの頃の続きそのままだ。
(今日はとっても楽しい一日になりそうだわ!)
シェイラとフェリクスの休日は始まったばかり。
史々花ハトリ先生によるコミカライズ、本日(12/16)コミックス1巻発売です!
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表紙の二人がとってもかわいくかっこよく、そして猫(?)のクラウスがもふもふです。
コミカライズ版のクラウスはしゃべってかわいいですよ……!(書籍版が原作です)
兄ジョージ視点の書き下ろしも収録されていて、私は一足早く楽しく読みました!
楽しくちょっとせつなく、とても素敵なコミカライズになっています。
とても大事な第1巻、ぜひお手に取っていただるとうれしいです。





