【コミカライズ開始記念SS】夏の雨の日の散歩
今日からFLOS COMICさまでコミカライズがスタートしています!
あとがき下から連載ページに飛べるので、ぜひ……!
※このSSはヒーローの名前をフィン→フェリクス、と変更しています。書籍・コミカライズ版に揃えたものです。
「赤い実? そんなのあったか」
「あったわよ! 甘いけれど、少しだけ酸っぱいの」
夏の雨の日、シェイラとフェリクスは森の中を歩いていた。傘は持っているものの、この森はいつもながら鬱蒼としていて光が届きにくい。
そのおかげで小雨なら傘をささなくても軽々と歩ける。
王城裏のこの森は二人にとって思い出深い場所だが、今日はただ思い出話をするためにやってきたわけではない。ある実を取るためにわざわざ雨の森に足を踏み入れたのだ。
葉の隙間から落ちてきた雨の雫を手のひらで受け止めて、シェイラは微笑む。
「なぜか雨の日にだけ見つかる赤い実があるのよね。前世で子どものころに食べたと話したら、猫のクラウスがパンケーキにのせて食べたいって」
「グルメか」
「ふふふ。……精霊の使いに失礼だわ?」
「で、そのクラウスはどうした」
「雨だからお留守番なの」
「そういうところはしっかり猫だな」
軽口を交わしながらさらに森の奥へと進んでいく。けれど、実が成っていそうな木は見つからなかった。
(どこにあるのかしら……味は思い出せるのだけれど記憶が……)
前世の、しかも子どもの頃の話。思い出せないのは仕方がないことなのかもしれない。
もし見つからなかったら、猫のクラウスにはよく似たフルーツで代用して我慢してもらいたい。そんなことを考えていたシェイラに、フェリクスが懐かしそうに告げてくる。
「王女は王族とは思えないほどお転婆だったからな。俺が知らない間に木登りをしてその実を採っていてもおかしくないな」
「……否定できないのが悔しいところだわ……」
(とは言っても……実は私も食べた記憶はあるのだけれど、肝心のどうやってそれを取ったのかは思い出せないのよね)
シェイラは持っていた傘を置いて、切り株に登りさらに上のほうを見る。フェリクスの「シェイラ、危ない」と振る舞いを咎める声が聞こえたが、特に気には留めない。
魔法を使ったのか、それとも誰かが取ってくれたのか。誰かが取ってくれたのならそれはクラウスに違いないはずなのだが、その生まれ変わりのフェリクスは赤い実の味を思い出せないという。不思議である。
「……あ。あれじゃないか?」
フェリクスの視線の先を辿ると、高い木の上に小さな赤い実がたくさん成っているのが見えた。
「本当だわ!」
その瞬間、一気に忘れていた百年以上昔の記憶が蘇る。
(そうだわ。はじめてこの実を見つけたときも、こうやってクラウスが教えてくれたの)
今日のように小雨が降る夏のある日。城の使用人に『雨の日にだけ成る実がある』と教えてもらったアレクシアは、クラウスを伴って森に足を踏み入れた。そして、青い森の中で赤い実を見つけたのだ。
さっきフェリクスが言っていた通り、お転婆だったアレクシアは木によじ登ろうとした。けれど、クラウスに手を引かれて止められてしまった。
代わりにクラウスが木によじ登って採ってくれたのだが、あまりにも高い位置に成っていたのと、雨で幹が濡れていて、運動神経が良く身軽な子どものクラウスでもそれはそれは苦労した。
やっとのことで手に入れた赤い実は6つ。当然、アレクシアは3つずつ分けて食べようとしたのだけれど。
(思い出した。あのときクラウスは赤い実を食べていないのだわ)
木から降りたクラウスは、全身についた葉を払いながら、当然のように言ったのだ。
「王族の食べ物に口をつけるわけにいかない」
――と。
ということで、クラウスは毒味のためにひとつだけ齧ってから、残り全部をアレクシアに渡してきた。
せっかく一緒に採りにきたのだから一緒に食べようと誘っても「それは無理」と頑なに固辞したのだ。
(アレクシアの騎士になる前から、クラウスは変なところでしっかり一線を引いていたのよね……)
懐かしくも複雑な想いに包まれていると、ザッと音がして目の前にフェリクスが飛び降りてきた。どうやら、シェイラが『アレクシアとクラウス』の思い出に浸っている間に、木に登って赤い実を取ってきてくれたらしい。
フェリクスの手には赤い実が6つ。ちょうどついさっき回想したばかりの記憶と同じだった。
(…………)
シェイラは、フェリクスの手から赤い実をひとつ取る。そして。
「はい。食べて」
「……は?」
「いいから、口を開けて」
明らかに戸惑っているフェリクスの口に赤い実を放り込む。さくらんぼよりも大きくスモモよりも小さなそれは、何とか口に収まったようだ。
不思議そうにしながらもぐもぐと食べるフェリクスを見つめて、シェイラは微笑んだ。
「……いま、私ね。あなたと一緒にこの実を食べたかったことを思い出したの」
「……? そうなのか?」
「ええ、そう」
「……本当だな。少し酸味があるが美味い」
「6つあるから、二人と一匹できちんと分けましょうね」
「ああ」
前世では許されなかったことに、今では当たり前のように応じてもらえる幸せ。
(だって今、彼は私の従騎士ではないもの)
心地いい高揚感に包まれていると、目の前に赤い実が差し出された。
「……!?」
(ええと、これは)
実を握る指を辿っていく。その先には、当然のごとく悪戯っぽい笑みを浮かべるフェリクスの顔があった。
「シェイラも」
「……ありがとう」
さすがに、直接食べるわけにはいかない。シェイラが手を差し出して受け取ろうとすると、赤い実がスッと上に移動した。
「……ねえ?」
頬を染めてフェリクスを睨みつけると、また目の前に戻ってくる。
これは、自分の手から食べろということなのだろう。これはもう仕方がない。周囲には付き人も動物すらもないことを確認してから、パクリと実にかぶりつく。
「わぁ、甘くておいしい」
爽やかな酸味と、濃厚な甘さが口一杯に広がった。つい一秒前までフェリクスを睨んでいたことも忘れて笑顔になってしまう。すると、フェリクスが苦笑した。
「……今、俺もいろいろなことを思い出したな」
「ふふふっ」
いつの間にか雨は止んでいた。シェイラが手にしたカゴの中には、赤い実が4つ。明日の朝、パンケーキの上にのせて猫のクラウスも一緒に食べる予定のものだ。
「さて、目的も達成したし、戻るか」
「ええ」
(……って、ええっ?)
急に体が浮いて、シェイラは目を瞬いた。
フェリクスが差し出してくれた手を取りそのまま切り株から飛び降りるつもりだったのに、そっと背中を支えられ抱かれるようにして下ろされてしまったからである。
壊れものを触るような、あまりにも優しい感覚にシェイラの心臓は跳ね上がった。
(待って……こんなの、予想外すぎて……!)
急に大人しくなってしまったシェイラの耳に、フェリクスのため息混じりの声が届く。
「……こんな風に下ろすのが夢だったな、俺は」
「え?」
「いや、何でもない」
帰り道、遠い昔に駆け抜けた細い小枝と葉っぱだらけの森の中を、二人手を繋いで歩く。
今日は、追っ手も雪もない。平和で幸せな夏の日である。
今日からコミカライズの連載がスタートしています!
ComicWalkerとニコニコ静画で配信、毎週月曜日更新とのことです。
作画をご担当くださるのは史々花ハトリ先生です。
美形設定の二人を本当に麗しく可愛くかっこよく描いてくださっています……!
切なくもとっても素敵な漫画になっているので、ぜひ応援していただけるとうれしいです。





