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5話・彼女の人生を少しでも

「先生、まず、先週分の復習をしていて生じた疑問についてお答えいただけますでしょうか」

「ええ、いいですよ」


 先生の許可を得ると、長兄ルークはシャツのポケットから四角く畳んだ紙を取り出した。その白い紙には、魔法陣が描かれている。


「ここの描き方なのですが。どちらの線を使ったらいいのかと」

「ああ、そうですね」


(……まだ子供なのに、上手だわ!)

 ルークが手にする紙が見えて、シェイラの中のアレクシアが顔を出す。


 精霊が支配するこの国では、血統の優秀さや個人の魂の高貴さに合わせて相応の魔力が与えられる。魔法を使うときは、その魔力をもとに、ある手段によって発動させるのだ。


 その手段というのが、この魔法陣である。


 魔法がうまく発動するかは、すべてこの魔法陣によって決まる。たとえば、つむじ風や小さな火を起こす程度の簡単なものであればシェイラは一瞬で描けるし、この兄姉たちも頑張れば正しいものを完成させられる。


 街に行けば魔法道具屋でさまざまな種類の魔法陣が売られている。100ゼーダ、パンを一つ買える程度の安価で購入できるものからものすごく高価なものまで多種多様だ。魔力を持つ者は、あらかじめ描かれた魔法陣を携帯し、必要に応じて魔力を込めて使う。


 ちなみに、戦場で使われるような危険な魔法陣は一般に流通させることが禁じられているし、描ける者自体が少なかった。


「では、先週それぞれに出した宿題の魔法陣を使ってここで発動させてみましょう」

「「「「はい」」」」


 先生の言葉に、兄姉たちが魔法を発動させていく。


 まず、次兄ジョージはつむじ風を起こして庭の木を揺らす。すると、たくさんの木の実が降ってきたので、シェイラはあわてて拾いに走った。


「あ、悪い」


 落ちてきたのは、春に生るハルキイチゴだった。そこら中に甘い匂いがする。意外なことに、ジョージも拾うのを手伝ってくれた。……自分で落としたのだから当然なのだけれど。


「あとで、お母様にお願いしたらジャムにしてくれるかしら!」

 少し遠くからローラの声が聞こえた。


 次に行われた長兄ルークの魔法は、土の中の草だけを焼き切るというマニアックなものだった。これからの季節、領地の種まきが始まることを見越してのものなのだろう。綺麗な魔法陣を描けていたので、当然成功した。


「つぎは、ローラとシェイラ。あなたたちの番ですね」


「はい!」

 ローラは意気揚々と紙を取り出す。二人に与えられていた課題は同じもので、『小石を浮かす』魔法だった。


 ローラは紙を両掌にのせ、魔力をこめる。すると、目の前の小石が、浮か……なかった。


「あれぇ?」

 素っ頓狂な声を上げたローラの手の上を、シェイラはのぞき込む。そこにあるのは、サラサラっと描いても発動するはずの初歩の魔法陣だ。


(何かが足りないはず……あ)

「ローラお姉様、ここに線をもう一本です」


「ああ、本当ですね」

 シェイラの助言に答えたのは、ローラではなく先生だった。

「簡単な魔法陣ですが、この線だけは省略してはいけません。むしろこの線だけを描けば発動しますよ」


「……はぁい」

 ローラは頬を膨らませる。


「シェイラ嬢のものも見せていただけますか」

「はい」


 シェイラも描き上げた紙を取り出した。昨日からありえないほど丁寧に描いて仕上げた渾身の一枚である。今日する予定の、ある交渉に説得力を持たせるためだった。


「これは……なんと」

 シェイラから紙を受け取った先生は固まった。


「ただの、小さな石を持ち上げるためだけの魔法陣です」

 シェイラはゆっくりと微笑んで続けた。


「先生、私には魔力がありません。6歳で魔法が使えずに、その後魔力を目覚めさせた例はありますか?」

 答えを知りつつも、シェイラは聞く。兄姉たちに聞かせることが目的だった。


「いえ……記録に残っている限り、ありませんね」

「では、私がどんなに練習をしても無駄ではないでしょうか」


「何を言うのだ、シェイラ。貴族に生まれたものとして、魔法を使うのは当然のことだろう。使えないならせめて練習をするべきだ」

 長兄ルークが口を挟む。


「でも、今先生もおっしゃっていました。それよりも、魔法陣を描く練習をさせてください。自分で使えない代わりに、お兄様お姉様のお手伝いを」


 シェイラの頭の中には、この貧乏なキャンベル伯爵家を立て直すためのあるプランがあった。シェイラが描いた魔法陣を商品として売るのだ。もちろん、高位魔法の魔法陣などは描かない。けれど、初歩魔法でも質のいい魔法陣は需要があるし、高く売れる。


「確かに……その方が得策かもしれませんね。それにしても、これは素晴らしい出来です。……数週間前はこんなにきれいに描けなかったはずですが」

「お褒めいただきありがとうございます! お父様が街で買ってきたものをお手本に描いてみました」


 嘆声を上げる先生に、シェイラはわざと子供っぽく笑った。


 アレクシア同様、もともとのシェイラも器用だし頭も悪くない。だから魔法陣を描くことは苦手ではなかった。ただ、幼く真っ直ぐすぎて自分の特技の魅せ方を知らなかっただけなのだ。


(そういえば、アレクシアも……幼い頃、王宮の庭でこうして魔法の練習をしたのよね、クラウスと一緒に)


 王族であるアレクシアと侯爵家の嫡男であるクラウスは、二人とも大きな魔力を持っていた。同時期に生まれた二人は、剣も魔法も一緒に練習した。いま、キャンベル伯爵家の子供たちがこうやって練習しているのと同じように。


 アレクシアとクラウスは小さな頃から競うようにしていたけれど、そのうちに、アレクシアは腕力では彼に敵わないと知る。だから、アレクシアは魔法数学を一生懸命勉強して魔術師を目指したのだ。


 そして、生来の器用さと利発さもあり、アレクシアの才能はすぐに開花した。


(あの頃、クラウスはいつも怒っていたのよね。傷を負ってまで剣の練習をしなくていいし、魔法陣を描く練習するのはいいけど危ないから自分では使うなって……。同じ子供のくせに)


 懐かしい想い出に、自然とほおが緩む。手元の紙をぼうっと見つめていると、じわりと視界が滲んでいくのが分かった。泣きたくなくて唇を噛みしめるけれど、うまくいかない。


(歴史では、あれから100年が経っているけれど、私の中ではまだ一週間しか経ってない)


「あっ、お前なに泣いてるんだよ! そんなに褒められたのがうれしかったのか?」


 涙がこぼれそうになったところを、次兄のジョージに見られた。彼はあわててポケットに手を突っ込み、ハンカチを探している。


 兄のまねをしてシェイラに厳しい言葉ばかりを投げかける彼だったが、この家でパメラの次に優しいのは意外なことにジョージだった。


「……泣いてないわ」

「いや、泣いていただろう、お前」

「泣いてない」

「それに、さっき僕のこと無視しただろう」

「それはしました」

「くっ! わざとか!!」


 ジョージはやっと取り出せたハンカチをシェイラに渡してくれた。シェイラは受け取って、顔に当てる。くしゃくしゃだった。


「少し埃っぽいです、お兄様」

「お前なー!!」


 この、シェイラは21歳までしか生きられないだろう。でも、少しでも人生をいいものに。


 最期まで自分を守ろうとしたクラウスの手を思い出しながら、シェイラは微笑んだ。


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★コミカライズ予定の短編★
生贄悪女の白い結婚
― 新着の感想 ―
[一言] ジョージが可愛らしくて微笑ましい(笑)
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