8話・色気のない話と接近
「傑作だな。シェイラをいじめ抜いた義姉がアレクシアの熱狂的なファンになるなんて」
「いじめ抜いた、は語弊があるわ。私がやられっぱなしでいるはずないでしょう?」
「確かに」
声をあげて笑うフィンに、シェイラは澄ました顔でサンドイッチを口に運ぶ。
普段フィンに休みはないが、今日は特別に二人で過ごす時間をつくってくれていた。午前中は王都近郊の街での散策を楽しみ、今は丘の上で少し遅めのランチをとっているところだった。
護衛担当のケネスと側近たちは少し離れた場所でこちらを見守ってくれている。少し恥ずかしいけれど、デートと呼んでいいシチュエーションである。
「あ、イチゴとクリームを挟んだサンドイッチもあるの。この前、ティルダ様が城下町から取り寄せておいしかったと仰っていたのを伺って、作ってもらったのよ」
「へえ」
そのサンドイッチを取り出そうとバスケットの蓋をあけたところで、あるものが見えた。
「!」
慌てて、シェイラはバスケットをぱたんと閉じる。
(なぜ……このカタログがこんなところに……!)
底にうっすらと見えたのは、先日サラから預かったレベルが高いカタログだった。
「何だ?」
「何でもないわ。……こちらから食べて?」
急に挙動不審になったシェイラを心配するフィンに、にっこりと微笑んでハムとキュウリのサンドイッチを手渡す。気付かれてはいけない。
(そういえば、このまえクローゼットのバスケットの中に隠したのだったわ。すっかり忘れてた!)
そもそも、フィンは『アレクシア』が抱える心残りを世界平和だと勘違いしていたぐらいにシェイラを高潔な存在だと思っているらしい。
さすがにその勘違いはどうかと思った。なので、あれ以来気持ちは言葉で伝えるようにしている。
けれど彼は、シェイラにフィンからよく思われたいとかずっと好きでいて欲しいとか、そういった類の恋心があることをどれぐらい理解してくれているのか甚だ疑問である。
(別に……男性好みのドレスがのっているだけの本よ。でも、前世のクラウスだったら『立場をお考えになってください』って怒るだろうし。今の彼がどんな反応をするのか、少しだけ怖い気はする……)
「少し、色気のない話をしてもいいか」
「……ええ」
考えていたことを見透かされたようで、シェイラは慌ててサンドイッチを紅茶で流し込む。
「先日報告を受けた紅茶の件だが……フォックス男爵家の嫡男・サイモンは、家が経営する商会にかかわるものだけでなく、幅広い悪事に手を染めているようだな」
「……そうじゃないかと思っていたわ。しかも、あの家で怪しいのは彼だけじゃない。薬物紅茶をこっそり流通させるなんて、ただの後継ぎにすぎないサイモン様の一存では難しいもの」
「その通りだ。今回、紅茶の件を調べさせたら芋づる式に悪事が明るみに出た。キャンベル伯爵家から遠ざけるためのネタを探していたはずが、これはフォックス男爵家自体の存続が危うくなりそうだな」
「それって」
「脱税だ」
何となくそんな気はしていたものの、シェイラは息を呑む。と同時にキャンベル伯爵家をいいタイミングで引き離せた、という安堵にも包まれた。
「……あれだけの豪商で野心家だもの。というか、もっと早くそちらの線を調べればよかったわ……」
「商会や領地での収入を過少に報告しているらしい。しかも相当にな。あとはこっちでやる。どう転んでももうキャンベル伯爵家にかかわることはないだろうから、安心するといい。この話は終わりだ」
(ローラお姉様の目が覚めたタイミングはギリギリだったのね。このままではキャンベル伯爵家も共倒れになるところだった)
そんなことを思いながら、中に入っているカタログが見えないよう、フィンの目を盗んでバスケットからイチゴとクリームのサンドイッチを取り出し、ぱくりとかぶりつく。
(……おいしいわ……!)
さっきまでのお堅い話題が嘘のように、このサンドイッチはおいしい。甘酸っぱくてみずみずしいイチゴに、甘いカスタードクリームとミルクの香りがする生クリームの二つが相性抜群である。
気が付くと、シェイラは夢中でサンドイッチを口に運んでいた。だって、本当においしかったのだ。……と、視線に気が付いて顔を上げると、フィンと目が合う。
(しまった。私ったら)
フィンにもこのサンドイッチを渡すのを忘れていた。
「フィンもどうぞ?」
慌ててサンドイッチを手渡そうとすると、フィンは柔らかく微笑んでサンドイッチではなくシェイラの手を掴んだ。
「ああ。甘いものは少しでいい」
「?」
まだ一口も食べていないじゃない、そう言おうとしたところで、フィンの整った顔がぐっと近くに来る。
(……!?)
一体なに、と言おうとしたところで、フィンはシェイラの口の端についていたらしいクリームをぺろりと舐めとった。
指ですくい取ったわけではなく、唇でそのままだ。少し離れた場所から見ると、キスを交わしているように見えるだろう。
驚いたシェイラの手から転がり落ちそうになったサンドイッチを、当然のようにキャッチしてフィンは言う。
「本当だ。うまいな」
「……! なっ何を……!」
一瞬で、自分の顔が真っ赤に染まってしまったのがわかる。人前で何を、と言おうとしたところで、空からゴロゴロと音がした。上を見上げると、みるみるうちに空が暗くなっていく。
「雷雨が来そうだな」
「そうですね、陛下」
フィンの言葉に、いつの間にか近くまで来ていたらしいケネスが応える。よく見ると、もう帰り支度が済んでいた。
「王都までは車でまだ1~2時間か」
「はい」
「視界が悪くなりそうだし、別邸で雷雨をやり過ごそう」
「御意」
フィンとケネスのやりとりに、ひとり赤くなった頬を両手で隠していたシェイラは目を瞬かせた。
(そういえば、この辺りには王家の別邸があるわ)
そこは、前世のアレクシアとクラウスが一緒に過ごしたことがある館だった。
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