5話・距離の違い
「キャンベル伯爵家で何があったか聞いた」
「そんな気はしていたわ。もう。ジョージお兄様ね?」
「シェイラの兄上には、気になることがあればいつでも報告するようにと言ってあるからな」
「だったらもう大丈夫よ。キャンベル伯爵家への里帰りでは、実家の商会を狙う姉の婚約者に防御魔法と攻撃魔法の両方を放ったけれど、何とか収まったわ。その後、お母様が陛下のお側に上がるのは私ではなくて姉のローラにして欲しいと言い出したぐらいで」
「待て。防御魔法と攻撃魔法の両方って、なんだそれは? 聞いていないんだが」
フィンの顔がみるみるうちに引き攣っていく。確かにシェイラが話したことはどれも普通ではなかった。それをごまかすためにひとつひとつを取り上げたところですでに大事故である。
「あ。魔法陣の流通は禁止だけれど、法律では自分で書いて使う分には問題ないのよね」
「確かにそれはそうだが……問題はそこじゃない」
「えっ。だってそれ以外に私があなたを怒らせる要素、あった?」
「あったと言えばあったし、ないといえばない」
「なぁに? それ!」
(後宮の皆は国王陛下が私に甘すぎるっていうけれど……あれは絶対何かの間違いだわ)
本当は、あまり心配をかけたくなくて詳細を話すのは嫌だった。けれど、話さないわけには行かないだろう。このままでは、わざわざキャンベル伯爵家まで出向きかねない。
「……いろいろあるのよ。フィンが出てきては丸く収まるものも収まらないわ。今回の面倒ごとの大元にあるのは姉の婚約者の存在よ。彼は王宮との繋がりすらも欲しがるでしょう。そこにあなたが出てきてはさらに困ったことになるわ」
「……そうか。しかし、つまらないな」
「フィンは過保護すぎるのよ。私はそんなに世間知らずではないわ」
「それはどうなんだか?」
「なに、その言い方」
急にフィンの声色が変わったので、ドキッとする。改めて顔を見上げると、碧と金の瞳がこちらを見つめていた。声と同じように、自分に向けられる視線がひどく甘い気がする。
さっきまで後宮メンバーの4人で座っていた丸いテーブル。陽の光がたっぷりと差し込む午後ではあるけれど、フィンと二人きりだった。
「あの頃もずっと危なっかしいと思っていた。側にいても、物理的に守ることはできるかもしれないがいろいろなしがらみがあった。それどころか俺のことを守ろうとするからな、君は。こっちの気持ちも知らずに」
さっきまでしっかり話せていたはずなのに、フィンから返ってきた言葉につい俯いてしまう。
(こういう言い方、本当にずるい)
今世、シェイラが『フィン』からのお説教が苦手な理由。それは、大体が反省すべき場面なのにくすぐったい気持ちになってしまうからである。
もう彼は職務でシェイラの側にいてくれているわけではない。それなのに顔色を変えて怒ってくれる姿を見ると、たまらなくうれしくて幸せな気持ちになってしまうのだ。
前世でだってこんなやり取りをたくさんした。自分の気持ちを認識してからは、怒られながら「あの腕の中に抱きしめられてみたい」そう思ったことだってある。けれど、それを口に出すことは許されなくて。
「今、あなたが怒っているのは私が心もとないから?」
「王女が……シェイラが、大事だからだ。守らせてもらえない自分が、腹立たしい」
そんな風に告げられて、見つめられると頬が熱を持っていく。そこに、フィンの親指が触れた。ひんやりとした、優しい手である。
「私は、いつだってあなたに守られていると思うのだけれど」
「それはどうかな。シェイラが想像するものと俺が想像するものでは、大きな違いがある気がするが」
何だか、わかるようなわからないような。そんなことない、自分の気持ちだってフィンと同じぐらい大きいはずだ。そのことを伝えたくて、頬にあてられた彼の手に自分の手のひらを重ねた。
すると、フィンが柔らかく微笑む。他の誰かが一緒のときでは見せてくれない、特別な表情。それは、112年前では絶対に許されることのない距離だった。
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