4話・お茶会とお説教
◇◇◇
実家での出来事をかいつまんで説明し終えたシェイラは、頬を染めた。
「……お恥ずかしい話なのですが、私の実家は今お話ししたような状況で。商会を乗っ取りたい姉の婚約者を中心として、姉や母親も含めて揉めに揉めているところなのですわ」
「なんだか酷い話ねえ。それにしても、シェイラ様がそんな事情をお話しになるなんて珍しいわね。……ああ、おいしい。ご実家からお持ちくださった紅茶はこんなに素敵なのに」
ティルダはシェイラが出した紅茶に鼻を近づけて幸せそうにしている。それを見たサラとメアリも同じようにカップを口元で止めた。皆、香りを楽しむことにしたようである。
(ここの後宮はなんて平和なのかしら……)
家族なのにごたごたしているキャンベル伯爵家を思うと、残念すぎて泣きたくなってくる。
ところで、今皆がおいしそうに飲んでいる紅茶。実はその紅茶の葉は訳ありなのだ。
「実は、この紅茶は私の姉から渡されたものなのです。何か細工がされていたら困るので、別のものと取り替えてお出ししているのですが」
「あら。そういうものの分析でしたら私が得意ですわ。めずらしいお薬の類は大体承知しておりますし、わからなければ実家に頼めます。預かりましょうか」
「サラ様! 助かりますわ」
実のところ、シェイラは、紅茶の葉に細工がされていないかをすぐに確認したかったのだ。ローラがサイモンを経由して取り寄せたという紅茶など、ただの危険物でしかない。
けれど、分析をフィンに頼んでは何かあったときに大事になりかねない。かといって、見なかったことにして処分してしまうのではローラやサイモンの企みが把握できなくなってしまう。
(サラ様が分析に協力してくださるなら心強いわ!)
これで心配事を気にせず皆とのお茶が楽しめそうだ、そう思ったところで女官長が扉から顔を覗かせた。
「シェイラ様。フィン陛下がお越しです」
「フィン……陛下が?」
「はい、こちらにご案内してもよろしいでしょうか」
「……ええ?」
シェイラは、にこにこと微笑んでいる皆をぐるりを見回すと、顔を引き攣らせて肯定とも否定ともいえない返事をした。
フィンは、シェイラと後宮で暮らす令嬢たちとの関係に気を遣い、あまりここを訪ねてくることはない。会うとしても、大体が後宮の奥の庭にある塀近くで待ち合わせるか、後宮ではない場所の応接を用意してくれる。
しかも、まだ執務で忙しい時間のはずの真昼間だ。一体どんな急用だというのか。
「シェイラに話がある」
女官長の返答を待たずに顔を覗かせたフィンは、ぴりりとした空気を纏っている。背後でニコニコと微笑んでいるケネスとの表情は雲泥の差だった。嫌な予感しかしない。
(これは、お説教だわ)
だてに、100年以上の時を経た前世からの付き合いではない。今から数分後に間違いなくお説教タイムがはじまることを察したシェイラは、皆に向き直った。
「あの、皆さん少しだけお待ちいただけますか。別室ですぐに済ませますので、それからお茶会の続きを」
「無粋なことは致しません。私たちはこれにて失礼いたします」
「違うのです……!」
優しく微笑み、気を利かせて下がろうとするメアリの袖を掴んで止めたけれど、やんわりと解かれてしまう。
「じゃあ失礼するわね。二人でごゆっくり」
「殿方の心を掴むお品が必要でしたら、いつでも。お薬からドレスまで、潤沢に揃えておりますわ」
ティルダとサラもひらひらと手を振るとそれぞれの部屋へ帰って行ってしまった。
(ああ……)
悲壮な顔で皆を見送ったシェイラの隣にフィンが座った。くすりと微笑んで随分余裕そうである。
「……“お薬”? またサラ嬢が何か持ち込んでいるのか」
「な、なんでもないの!」
気を利かせたケネスも部屋の外へ出てしまったので、さっきまで皆とお茶をしていたこの部屋にはシェイラとフィンの二人きりである。
椅子に腰かけ、流し目でこちらを見てくるフィンをシェイラはおずおずと睨みかえした。
別にお説教は嫌いではない。前世から考えるといつものことだ。
危ないから裾が長くふわふわと広がったドレスを着て走るなとか、プライドの高い文官に正論で喧嘩を売るなとか。
そうそう、大人に近付いてからは自分の外見を武器にした服装をしてもいけなかった気がする。そんなことを思い出しながらフィンに向き直ると。
「……キャンベル伯爵家で何があったか聞いた」
呆れたようなため息とともに、わりと怒りを孕んだ声が飛んできた。表情は一応笑顔だけれど、明らかに嘘っぽい。
これは、お説教は確定だった。





