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【書籍化】100年後に転生した私、前世の従騎士に求婚されました~陛下は私が元・王女だとお気づきでないようです~(WEB版)  作者: 一分咲
本編

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30話・外交

 数週間後。

 シェイラは侍女の手伝いでドレスアップしていた。


「フィン陛下にお会いになるのは随分久しぶりではないでしょうか、シェイラ様」

「そうね。今日のための準備でずっとお忙しい様子だったから」

「でしたら、もう少しお洒落を」


 そう言って新たな化粧品に手を伸ばす侍女のアビーをシェイラは慌てて止める。


「いいの。今日の主役は私ではないのよ」

「……そうでしたね。今日はこの国にとって大切な日でした」


 この後宮に上がってから数か月。キャンベル伯爵家の侍女だったパメラをローラが手放したくないと言ったため、シェイラは一人でここにやってきた。後宮付きの侍女であるアビーとも仲良くなり、最近ではいろいろと気を回してくれるようになっている。


 シェイラは鏡の中の自分を見る。ドレープがきいた深紅のロングドレスはアレクシアの頃には着たことがないデザインのものである。『重要な外交ですからぜひ』とペネロープ第一王女が貸してくれたティアラは、かつてアレクシアも身につけたことがあるものだった。


 今、この国には隣国・ゼベダの使節団が滞在している。まだ正式には発表されていないものの、数か月後の年明けには平和条約の調印式が行われる予定だ。今回はその調整のために王太子がやってきていた。


 今夜行われるのは、会談後のパーティーである。概ね合意に至っているとは言え、今後の交渉をスムーズに進めるために両国間の親密さを増すことが重要だった。


「今回はゼベダとの交渉ですが……前世、アレクシア陛下が統治した時代では、メイリア王国ともまだ親交を深められたばかりだったのですよね」


「ええ。国交はもとからあったけれど、国を追われた避難民を積極的に保護していただけるほどに深い関係になったのはアレクシアの時代ね」


 そのせいで当時、アレクシアにはメイリア王国の第二王子との縁談が浮上していた。当時を回想するシェイラの脳裏には、決して美形とは言えない丸顔の第二王子が思い浮かぶ。


(縁談はお受けしなかったけど……とても有能で良い方だったのよね。交渉の先導に立ってくださって。転生後、歴史書を読んで彼が生涯独身だったことにはびっくりしたけれど)


 アレクシアと丸顔の第二王子に縁談が囁かれたのは、他でもなく第二王子側からの好意があったからである。国同士の関係のその先に彼からの恋愛感情があることを察知していたシェイラは、なおのこと婚約を固辞したのだった。


(メイリア王国には彼がいたからスムーズだった。でも、ゼベダとの交渉は緊張するわ)


 シェイラは背筋を伸ばし、椅子に座る。もうすぐ使いの者が迎えに来る時間だった。貧乏伯爵令嬢のシェイラとしては華やかな場に出るのは初めてだけれど、前世で相応しい立ち振る舞いは染みついている。


『みゃー』

 シェイラの足元に、クラウスがやってきて鳴いた。まるで、自分も連れて行って、というように。


「ごめんね。今日はお留守番なの。いい子で待ってて。戻ったら一緒にお茶とミルクを飲みましょうね」

 シェイラは、クラウスの柔らかな毛を優しく撫でた。彼も、気持ちよさそうにしている。


 ――けれど、返事はなかった。



「今日の立ち回りは分かっておいでですか、王女」


 夜会が始まる前。まるでかつての任務中のクラウスのような言葉遣いをするフィンに、シェイラは頬を膨らませる。自分への恭しい言葉遣いはこの場に相応しくないと思いつつも、懐かしくて咎められない。


「……ええ。ニコニコ微笑んで、相槌を打つことよ」

「その通りです。よく分かっておいでですね」

「……まだ続くの? このやり取りは」


「悪い。少し懐かしかった」

 フィンの苦笑につられて、シェイラも笑う。


「ふふっ。アレクシアが即位する前はよくエスコートしてもらったものね」

「ああ」

 フィンの肘に少し力が入ったのを感じて、シェイラも背筋を伸ばした。


 すると、何かを思い出したかのようにフィンはシェイラの顔を見下ろす。

「今日のドレス。とてもよくお似合いですよ」

「……!」


不意打ちの褒め言葉と懐かしい言葉遣いに、シェイラは自分が頬から足の指先まで真っ赤に染まったことに気付く。


(前世でも褒めてくれたことはあるけど……エスコート役としての義務だと思っていた気がする……こんな、まるで心の底から言っているみたいな言葉……調子が狂うわ)


 ふー、と深く息を吐き、顔を手で扇いで鼓動が静まるのを待つ。隣からものすごく見られている気がするので、顔は真正面を向いたままである。すると、反対側から声をかけられた。


「シェイラ嬢。今日は私が通訳としてお供いたします」


 それは前に後宮の廊下でぶつかった文官の一人だった。媚を売るようなにやにや笑いを浮かべる彼に、フィンは眉根を寄せる。


「彼女に通訳は必要ない」

「今夜は重要な夜会です。相手方に失礼があってはなりませんので」


 隣国・ゼベダはプリエゼーダ王国ほどではないにしろ国土が広く、大きな力を持つ国である。


 たとえば、メイリア王国は通貨も言語もプリエゼーダ王国と同じ。けれど、ゼベダとはどちらも違う。それほどの力を持つ国である。だからこそお互いに妥協点が見つからず、和平はなかなか実現してこなかった。


 慇懃に頭を下げる文官を見てシェイラは逡巡する。


(私もゼベダの言葉は話せるけれど……歴史を振り返ると外国語を流暢に話せる君主の方が少なかったわ。私の前世を知っていても、交渉の準備役として彼が心配するのは仕方がないことかもしれない)


「陛下。こちらの方がおっしゃる通りですわ。今日は大切な日。粗相が無いように、通訳をお願いしますわ」


 シェイラの前世がアレクシアだと知られてから、王宮でのシェイラに対する扱いは大きく変わった。けれど、一部には最初の振る舞いの引っ込みがつかない者もいる。


 ――この、目の前の文官のように。


(私個人に対しては良い印象がないのだろうけれど、文官として仕事には誇りを持っているはず。それで士気を保てるのなら、好きなようにさせるべきだわ)


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