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2話・ここは100年後の世界

 いつの間にか時は過ぎ、悲劇から100年以上もの月日が流れていた。


 精霊に護られ魔法が存在する国、プリエゼーダ王国。


 この国には『輪廻転生』の概念が存在する。

 後悔を持って死んだ者の魂が時を越えて再度新たな生を受けるのだ。


 とはいっても、転生が許されるのは条件を満たした魂だけ。


 その条件には、生まれが高貴であること、転生をつかさどる精霊に差し出せる代償があること、死ぬ間際に精霊に遭遇する幸運さ、などがあるといわれている。


 けれど、そのどれもが定かではない。それほどに、転生する者は少ない。


 さらに、転生した魂は前世の記憶を持っているとは限らない。本人には記憶がないのに、この世界で個人に対して与えられる固有魔法がかつての偉人と同じだった、という理由で転生が判明した例もある。


 ()()()()の場合、前世の記憶が戻ったのは、6歳のときだった。



(……あ……あつ……い)


 目を覚ました時、シェイラは高熱にうなされていた。


(体が……動かない……ここは……どこ……?)


 火のように熱く、鉛の如く動かない体。自分は追手に魔法で焼かれているのかもしれないと思った。しかしどうやら違うらしい。


(天井がある……ここは、あの森ではないわ……)


 おでこにのせられた、ぬるいタオルの感触。ぼんやりと視界に入った室内を薄暗く照らす灯りは、精霊の力を借りて使うタイプのものではない。


(あれに……似ているわ。この前……異国の科学者が大量に生産して普及させたいと言っていた、『魔力がない者でも使える灯り』に)


 ぼうっとする頭でここがどこなのかを考えていると、キイ、と部屋の扉が開く音がした。入ってきたのは、使用人である。


(彼女は……そう、パメラだわ)


 不思議と、使用人の名前はすんなりと浮かんだ。その瞬間、頭の中にシェイラの記憶がぶわっと流れ込む。


 小さな町の風景。その真ん中に佇むボロボロのお屋敷。やせた土地を耕す農民の姿。がらんとした町の商店。商人や旅人が泊まる、あまり繁盛しているとは言えない小さな宿屋。母と一緒に繕い物をする幼い少女たち。


 決して豊かではない町。そして、天気はいつもどんよりとした曇り空。


(ここは……この地を治めるキャンベル伯爵家。私は、女王・アレクシアではなく領主の娘シェイラ・スコット・キャンベルよ。……ここでは)


 きっと自分はあの森で死んだのだ。そして『輪廻転生』の概念に従って転生してしまったらしい。その事実が、すとんと胸に落ちた。


(あんな最期だったのだから……転生するのも当然かもしれないわ)


 アレクシアはまごうことなき高貴な血をもつ人物である。いま自然と浮かんだ『自分が転生せずして誰の生を精霊は選ぶのか』という感情は前世のものだろう。


「シェイラお嬢様、目を覚ましていらっしゃったのですね」


 パメラの問いに、シェイラは瞬きで頷いた。


 記憶を取り戻したばかりの彼女には、シェイラとしての記憶が不足している。頭の中にあるのは分かるけれど、熱に冒されているせいもあって霧が晴れないのだ。


「まだお熱が下がりませんね。おでこのタオルを取り換えて、お薬を飲みましょうね。大丈夫です。氷菓子に混ぜて差し上げますから」


 まるで子供扱いのパメラに、シェイラは押し黙る。というか、喉が痛くて喋れなかった。


(薬ぐらい……水で普通に飲めるのに)


 クラウスは無事だろうか。いや、無事、という表現はおかしい。うっかり転生してしまっていたりはしないだろうか。もちろん、彼には会いたかった。ものすごく。


 けれど、もし転生していたとしたら。


 ――伝承の通りならば、転生者は、前世での寿命と同じ年齢で死ぬ。


 それを回避するためには前世での後悔を解消することが必要だった。……が、転生先の時代で前世での心残りを解消できるなんてそんな都合のいい話はない。だから、転生者の多くは短命だった。


(私は……きっと『記憶を持たない転生者』として『シェイラ』の人生を過ごしていたんだわ。この熱は、恐らく寿命を迎えるためのものね。記憶が戻ったのが今でよかった。クラウスが側にいない人生なんて、耐えられない)


 『シェイラ』の最期を覚悟しながら、荒い呼吸に耐える。


 前世、アレクシアは体が丈夫だった。剣術の稽古でしょっちゅう擦り傷をつくってはいたものの、風邪すら引いたことがない健康体である。


 ちなみに前世、アレクシアのせいで『馬鹿は風邪をひかない』という言い回しは明らかに風化した。


 というわけで、高熱にうなされるというこの初めての感覚が辛すぎた。そのせいでアレクシアとしての後悔にばかり気が行っていたのだ。だから、その事実は多大なる驚きを持って迎えられることとなる。


「お嬢様。お水を」


 パメラが差し出してくれたコップをシェイラは体を起こして受け取る。

 やっと、異変を感じとったのはその時である。


(……小さい)


 朦朧とする中。自分の胸の前でコップを支える両手がいやに小さいのだ。ぷくぷくとした白いその手は、まるで――


「こどもみたい……」

 掠れたシェイラの呟きを、パメラは聞き逃さなかった。


「ふふ。シェイラお嬢様は子供ではなく立派なレディですわ。6歳のね」


(え)


 シェイラの驚きは声にはならず、喉の奥に吸い込まれていった。



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