表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトボックス  作者: 藤子
6/6

松本part3

 俺が屋上に行くと松本はまだ来てはいなかった。

 俺が時間を遅めに指定したのだから当然だろうが、俺は下準備も有るため念には念を入れたかった。


 俺から陽ちゃんを連れ去ろうとした事事態腹立たしいのに、陽ちゃんを中途半端に煩わせて結果怪我をさせたのだから……。


 何の為に俺が怪我一つさせないように守ってきたと思っているんだと憤った。

 松本が聞いたら『いや、知らないし…』と言いそうな斜めな怨みまで上乗せされている。

 昔、陽ちゃんがお手伝いをして包丁で指を切った事が俺が家事をするようになった原因だったりするのだがら、いい加減俺の想いは歪んでいるのだろう。


 葉は腕時計を確認した。

 松本の性格上、早めに来ることを予測してもそろそろ来る頃か。


 葉の腕にある腕時計、これは父親の形見だった。

 母親が父親にプレゼントした物だと、義父が教えてくれた。

『大事にしなさい』と言う言葉と共に…。


 ヴィンテージ物……何て事はない。

 悪い品物じゃ無いが、でも何処にでもある少しゴツイ感じなデザインの男物。

 今の俺が着けているとちょっと目立ちすぎる感じがするが、俺は気にせず着けている。

 形見と呼べる物なんて一つもない。……そんな葉に義父が葉を可哀想に思って時計をくれたのだから、お人好し夫婦、似た者夫婦。

 この人達だから両親は俺を託そうと考えたのだろう。


 俺には一つ気になる事があった。

 この時計が生前父から預かった物だと言うことだが、理由を聞こうにも父や母はもうこの世にはいない。

 何処にでも有るような腕時計をわざわざ親友に預けるのだろうか?


 葉が屋上で一人松本を待っていると、待ち合わせ時間より5分早く松本はやって来た。


「俺に用事って何かな?…」


「陽ちゃんの事よ…」


「!!……怪我をさせてしまったのは申し訳無いと思っているよ…」


 カチンときたのは言うまでもない。

『申し訳無いと思っているよ…』だって?ふざけるな。

 少なからず好きになった女の子が目の前で怪我をしたのに、そんな言葉しか出てこないのか!?


「何で……」


 感情が高まりすぎて言葉が詰まる。


「まさか車が突っ込んで来るなんて思わなかったんだ…」


「ふざけないで……陽ちゃんが好きで告白したんでしょう?それなのに、自分の為に怪我迄負ったのに、お前は何故無傷でいる?」


 最後はもう素が隠せなかった。

 葉は松本の胸ぐらを掴むとそのまま締め上げた。この綺麗な女の子の何処にそんな力が有るのか?と松本が来るしさと驚きで動けずにいると背後から声を掛けられた。


「葉ちゃん、葉ちゃんダメだよ!!」


 それは想い人、陽ちゃんの声だった。


「何で……?!」


 驚いたのは葉だ。だって……この場にいる筈の無い人間がこの場にいるのだから。


「ここに来る前に……陽ちゃんに捕まってね。……一緒に連れていけって言われたから……」


 苦しそうにしながらも答えてくれたのは、松本だった。

 俺は未だに首を締め上げている手を緩めずにいるのだから当然だろう。


 陽ちゃんが近付いてきて、俺の手にそっと自身の手を重ねて握りしめた手をゆっくりと離させた。


「私は大丈夫だから……もう止めて?」


 葉は内心複雑な感情が渦巻いていた。


 そんなに松本が大事なのか?…自分が傷付いても良いと考えるほど、こいつが大事なのか?


 葉は愕然として松本の首を締め上げていた腕を離す。

 止められる前に腹に一発入れておけば良かったと考えたが、後の祭りだ。


「そんなに松本が大事なの?…」


 動揺して松本に君を付けるのを忘れたが、そんな事はどうでも良かった。


「葉ちゃんが大事だから止めて……」


 初めは何を言われているかが解らず、ただ突っ立っていた。

 そんな葉の首に腕を回して、陽は抱き付いた。

 胸が当たるし、石鹸の匂いでくらくらする。

 同じ石鹸で洗っているのだから同じ香りが自分からもする筈だが、陽ちゃんから良い薫りがするのは、純粋に彼女の体臭が自分には媚薬何だろう。


 ゆっくりと俺は陽ちゃんを抱き締め返した。

 完全に蚊帳の外なのは松本だ。傍目には二人だけの百合の世界を見せられている様な物だろう。

 それに気付いた葉が陽を抱き締めたまま、松本に視線を移す。


「……誰にも……言わないから。……元々俺に入る余地なんて無いのは良く解ったから」


 苦笑しながら松本は頭を掻いた。


「ごめん、俺がちゃんと送っていれば怪我をしなかった。……こんな事くらいしか出来ないけど、二人の関係が続くように俺も協力するよ…」


 松本は松本なりに、陽ちゃんが怪我をした事に懺悔していたのが、今なら解る。

 普通に良い奴だった様だ。

 だからと言って許さないけど。



 陽ちゃんにとって、今は彼氏より家族…親友である自分の方が上なのが解っただけでも知れて良かったと、葉は安堵した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ