僕と俺と、私と彼女
僕は走った。
自転車を漕いで……力一杯漕いで、セーラー服のままなのに、スカートの事なんて気にしてられない位に取り乱して、らしくない、頭の片隅では思いながらも………頭の大半を締めているのは陽の事だけだった。
----相馬市民病院------
それが陽が救急車で運び込まれた病院らしい。
何故僕は…………何故俺は彼女の側を離れた?
いつも一緒だったのに。
俺が側にいれば、こんな事には………。
頭を過るのはそんな無駄なことだけだ。
今考えても、それは改善される事のない事。意味のない事。
ならこれから先、彼女から離れなければ良い。
それが何より辛くても。幸せになっていく彼女のその幸せだけを守っていけば良いのだ。
幸い………彼女は命に別状は無いらしい。
まあ、自分の眼で確かめなければ鵜呑みにする事は出来ないけれど。
俺が自転車を爆走させているから、道行く人達は必ずといっても良いほど振り返った。
辺りはもう暗い。……人の並みも疎らではある。
でもそれなりに整った容姿だと自負している俺だ。並な女よりは可愛い自信もある。男受けする容姿でも有るだろう。
その俺が身なりを気にせずに爆走中だ。
まあ、目立つよね。
デカイ建物だ。直ぐに解った。看板の横文字が光り、ここが相馬市民病院だと教えてくれた。
自転車をそれでも、頭に辛うじて残っている理性が駐輪場に駐輪させた。
そこからはダッシュだ。どこが身体が弱いんだよ!って総突っ込みが入りそうな運動神経と運動量でここまで駆け抜けてきた。
汗が制服と俺の身体を密着させて気持ちが悪い。何より汗をかくのが嫌いな俺だが、でも今はそれよりも陽が思考の全てを締めていた。
表の玄関は既に閉まっている。外来は終了しているのだから当然だろう。
裏の救急患者専用入口から受付を経て中に入る。
薄暗い院内だが、ちょうど処置室から出てきた人影に見覚えがあった。
「陽ちゃん!!」
俺の目の前には、頭と腕に包帯を巻いた陽と義母の姿だ。
「あれ?葉ちゃん!!どうしてここに!?」
驚いた顔をした陽に『あんたを迎えに来て貰ったのよ!!…母さん仕事を抜けて来たんだから!!』と怒っている。
きっと大事なかったから、ほっとしたのだろう。そうでなければ、母が陽を置いて仕事に戻る事など絶対にしない。
だから、今度こそ彼女の無事を俺は確信した。でも、傷を負った彼女に、負わせた相手への殺意が沸き起こった。
俺は……幼稚園の時に、聖母マリア様を演じた事があったけど、聖人には絶対になれないらしい。
お優しい、全てを許せる聖人なんて、所詮無理な話だった。
「どうして、事故に何てあったの?」
沸き起こる苛立ちと殺意を押さえて 訊ねた俺に彼女は笑いながら、『松本君が送ってくれるって言ってくれたんだけど、丁重に断ったのね。それで校門を出て、逆方向に歩いていった松本君に車が迫ってきて、危ないって突き飛ばした迄は良かったんだけど。避けきれずに、ぶつかって転んじゃったの。ホントにドジよね』
全く、うふふじゃない。
それにしても………松本、後で殺す。
「葉ちゃん?…ごめんね、心配かけちゃったね?」
俺は…無意識に彼女を無言で抱き締めていた。
そんな俺の背中をあやすように彼女の手が撫でる。
「………無事で良かった…………って………めん」
『置いていってごめん』
最後は言葉にならなかった。
良かったよ、セーラー服のままで。じゃなければ、同性には見えなかっただろうから。 まだ、仲の良い姉妹か友達位には見えるだろう。
だけど、陽の肩に顔を埋めていた俺は、それを見ていた義母がどんな顔をしていたか何て解らなかった。
義母は手続きを全て終わらせると、『じゃあ、葉ちゃん後、宜しくね』そう言って仕事場に戻っていった。
タクシーで家まで帰ると葉ちゃんはおもむろに、腕の支えを取ってしまった。
「なっ!?何してんの!?」
「だって、邪魔何だもの…」
「だからって!!取っちゃダメでしょ!?」
「だって、ただの打撲だよ?」
「だって、だってじゃ有りません。せめて明日までは着けてなさい!!」
俺が怒ると彼女はしぶしぶ従った。
「しょうがないな。……今日は葉ちゃんの好きな茶碗蒸し作ってあげるから、言うことを聞いて…」
しょげていたと思ったが、『じゃあ着けてる!!』と今度は元気になる。
本当に良かったよ。……こんな会話が出来る位な怪我で………。
確か、出汁を取った物の残りを冷蔵庫に入れておいた筈だ。銀杏は無いけれど、玉子と干し椎茸と海老はあった筈だから、買いに行かなくても出来る。
エプロンを着けてキッチンに立つ俺を陽ちゃんが嬉しそうに見つめてくる。
「どうしたの?…何も珍しい事なんて無いでしょ?」
「ん~、葉ちゃんが台所に立つの見てるの好きなの……」
何気無い、彼女の好きに頬が高揚してしまう。
「そうですか」
「そうなんです~」
その後、食べさせてくれと駄々をこねる彼女の言うことをきいて、傍目には女の子同士でいちゃついている見たいに見えるのだが、食べさせてしまった俺は……彼女に甘過ぎる自覚はあった。