彼女とセーラー服
「行ってきます!!」
彼女は元気に、僕は『行ってきます……』とニコッと笑顔で、義親に告げて玄関のドアを開けた。
陽射しが柔らかな物から強いものに変化しつつある今日この頃。
僕は通常陽ちゃんと義親にしか笑顔を滅多に見せない。
好きなものにしか興味が無いし、正直どうでも良いからだ。
少し前を元気に歩く彼女のセーラー服が風に揺れる。リボンも揺れる。スカートも揺れる。
スカートの裾から、黒のクルーソックス迄の生足が僕の前を歩く。
この頃、他の女を見ても風景の一部にしか思えなかった僕の眼が彼女を見るときだけ、邪な感情フェルターが掛かってしまう。
僕も…………お年頃だということか。
心も、そして身体も正直になりたいと僕を責め立てる。 だからと言って正直に生きられる筈もなく、徐々に限界が近いことを無情にも伝えてくるのだ。
「葉ちゃん、どうしたの?…具合悪いの?学校に着いたら保健室行く?」
「陽ちゃん、大丈夫だよ。ちょっと勉強してて寝不足なだけだから…」
それは本当。でも別に勉強をしていた訳じゃないが。
考え事をしていただけだが、この設定は使えるな。
高校生になってから、夏に体育をするわけにも行かず病弱設定を活かした生活を送っていたのが、陽ちゃんにもちゃんと活かされていて、罪悪感が僕に少しの後ろめたさと、彼女が他ならぬ自分を心配してくれているという、言い様のない高揚感を与えた。
男として彼女の隣に立てない以上……いつかは優しい彼女の隣に立つことを許される存在が僕の居場所を奪うんだ。
「本当に?…葉ちゃん、いつも我慢するんだもん。私にだけは、我が儘言っても良いだからね?」
…………。やめて。……嬉しい。……でもやめてくれ。
「有り難う………嬉しいよ」
とだけ、僕は答えた。上手く笑えただろうか? 彼女は怪しんだりしてないだろうか?
そんな僕を見る彼女の眼が、一瞬驚いたような、心なしか顔が紅いようなそんな気がしたけど、きっと気のせいだろう。
だって、俺は今彼女と同性なのだから。
◇◇◇
放課になり、僕は呼び出された屋上に向かっていた。
因みに僕が呼び出された訳じゃない。
陽ちゃんだ。優しく、そして可愛い彼女はよくモテた。
まあ、僕もモテたが呼び出しに応じる僕じゃない。
何故彼女の呼び出されたところに向かっているのかというと、勿論、邪魔をするためだ。
僕以外が彼女を邪な目で見ることが許せない。
屋上にたどり着き、古いドアを音をたてない様に開けると(これには少しコツがいる。少し上に持ち上げながら開けるのだ)想い人と、邪魔者が既にいるではないか。
僕は影に隠れた。
(出遅れたか……)
内心、少しの焦りとどうやってぶち壊そうかという計算が働き初めていると、疑いたくなる様な言葉が、陽ちゃんから聴こえてきた。
「ごめんなさい。……好きになって貰えたなんて、とても嬉しいのだけれど……私、好きな人がいるの」
何だって?…え?いつ?……誰?
衝撃にパニックになり危うく大声を出してしまうところだった。
危ない。僕は今隠れているのに。
「………え?彼氏なの?」
お前が食い下がるなよ。……そう思ったが、僕よりも彼の方が勝負の世界にたてているのだから、寧ろお呼びじゃないのは僕の方か。
だが、お前の事は記憶したからな。……3組の松本。
「………違うの、ずっと私の片思い」
「……俺には、付け入る場所はない?…待ってちゃダメかな?」
「ごめんなさい。……受け入れて貰える事はきっと無いけれど、私はきっと忘れられなと思うから…」
「……それって、不毛じゃない?」
だから、お前が言うなよ。
そう思ったが、僕はこの場から音も立てずに立ち去った。
立ち去るしかなかった。
生きていられるだけで、僕には奇跡なのに。
僕を守るために両親も、義両親も命懸けで守ってくれているのに、少しばかり窮屈だかえって、思うようにいかないからなんて、男に戻りたい何て…………僕の我が儘だ。
何時もなら待っているのに、今日だけは陽ちゃんを待っていたくなくて、先に帰ってしまった。
連絡は入れておいたけど、気にしただろうか?
いや、考えるのは止めておこう。彼女だってもう、一人で自分の道を歩いて行くのだろうから。
なら、僕は何処に向かうのだろう。……こんな格好をしているけど、男を好きになれる訳でもなく、女の子を好きになるには、男として生きられないのに。
何て不毛な事を考えているといつの間にか、時計の針は18時を差していた。
おかしい。もう帰って来てもいい頃だ。
そう考えていると、僕のスマホが着信を教えてくれる。
画面には、義母の文字。
「はい、葉です」
『ああ、葉ちゃん?…ごめんなさいね。陽が事故っちゃって今病院にいるんだけれど…』
「え!?」
僕は母の説明もそこそこ家を飛び出した。