中編
***
イグニスとステラくんと共に遺跡を出れば、外には見覚えのある人達が待ち構えていました。
居ないと思った神官達はここに居た様です。
その中心に、これまた見覚えのある……けれどその姿からは少しだけ歳を経ている。ナイスなボディを持ち合わせた美女様が両手を広げて立っていました。
「ヒメカ……お帰りなさい!」
神殿に仕え、神霊と対話する癒しの巫女様。
戦いに赴く私達を、癒し、励まし、時には叱りつけてくれた……。
『あんた、物を知らないにも程があるでしょうっ!』
待ち受けるその姿に、かつて不甲斐ない私を叱咤する姿が重なり、目の奥が熱くなります。
その思いに任せて、私は美女の胸に思いっきり飛び付きました。
ちらっと横目に入ったイグニスが、微妙に複雑な顔をしていたような気がしないでも無いですが、気のせいという事にしておきます。
……嘘です。ごめん、イグニス。
それはそれとして、飛び込んだ巫女様、相変わらず柔らかくて素敵な触り心地です。
周りで神官たちが羨望の眼差しでこちらを見ているのも、懐かしい。
女子同士の特権だからね!羨ましかろう!
「変わらないわね、ヒメカ」
「セレネサンハ、スコシオトシヲメサレマシタネ!…………いや、しかし、この触り心地抱き心地はなかなか凄みをお増しになっている。うむ、至福の時間じゃ!」
「……あんた相変わらず過ぎるわね」
巫女様……セレネの指が、私のおでこにビシリと炸裂しました。
痛い。痛懐かしい。
「みんな、外で待ってくれてたの?」
「『誰かさん』に最初に会う権利を譲ったのよ。初めの陣をしっかり構築すれば、ある程度距離があっても力は注げるから」
前回はバステアの操騎士の居所と正体が不明で、探しながら陣を構築、安定させる必要があったため、大掛かりになっていたのだそうですが、今回は、前回召喚した私と私の世界に的を絞れたので、比較的少人数でもなんとかなった模様。
加えて、皆さん私とイグニスの関係性をご存知なので、気を回して下さったとのことです。
……その気遣いをフルスイングで空振りさせてしまってすみません。
「でも、その誰かさんが途中で血相変えて外に出てきたから何事かと思ったのよね」
「いや……だからあれは……」
「分かってるわよ、前に召喚の儀式をやった時にヒメカが何も着てなかったって言うんでしょ?あたしは前の時には街の人達を癒す方に尽力してたから直接は知らないけど、その事は聞いてたから、もしもの場合も考えて、ちゃんと服は用意してきてたじゃない」
「知ってたんだったら、オレが遺跡に入る前に、一言、言ってくれても……」
「うっかりしてたのよ、それに、結果として取り越し苦労だったんだからいいじゃないの」
「……先に蒸し返す様な事言ったのはそっちだと思う」
どうやら前回の私の全裸召喚がちょっとした物議を醸していた様です。
前回の召喚の際、召喚の確率を少しでも上げるため、神官以外にもシトラムの操騎士などちょっとでもなにかしらの共通項のある人間がその場に集められていました。
最も、セレネの様に他に従事していたり、最前線に配置されている操騎士なんかは居なかったみたいですが……。
当時その年齢と経験の低さ故に前線には立って居なかったイグニスもそこに居ました。
だから、その時の私の絶叫やらなんやらご存知なイグニスは。今回も召喚に立ち会うに当たって、再び私が全裸で召喚される可能性に思い至り、慌てて代わりに着られる服を取りに行こうとしてくれた訳で。
話を又聞きして知っていたセレネもわざわざ服を用意して待っていてくれたという事らしいです。
要らぬ心配をおかけして申し訳ない……いや、前回の全裸に関しては。入浴中に召喚かまされるという、被害を被ったのはどう考えても私なので、私、何も悪くなくないですか?
***
なんとも締まらないあれこれがありつつも、私はみんなと共に、一先ず神殿へと招かれます。
そこで、この世界の現状説明を受けつつ、細やかながら、帰還を歓迎する宴を開いていただきました。
この、宴を開くというのは前回の召喚の際にはなかった事です。
前の呼び出しの時、戦況は悪化の一途を辿っており、人材の不足や物資の不足は深刻で、異世界から一方的に呼び寄せたとはいえ、その人間の歓迎会なんか開いている場合ではない状況でした。
戦いが終わって、十年経った今も、完全に復興を遂げている訳ではありませんが、お祝い事や祭り、娯楽に楽しみを見出だせるくらいには余裕が出来ているとのこと。
そして、此度の召喚に至った理由は、完全に退けたはずのトゥルクの勢力によるものと思われる攻撃が、各地に起こっているとの報告が上がり始めたからだということでした。
前に呼ばれた私が、戦いで心折れかけた時に叫んだ、『肝心なとこ見ず知らずの異世界人にどうして丸投げすんの!せめて荒廃する前に喚んでよ!』を、しっかり聞き入れてくれたらしいです。
「バステアは、世界が、人ではどうしょうもない危機に瀕した時に、力を貸してくれるって言い伝えだったから、今回の状況でヒメカを喚べるか不安要素ではあったんだけど……上手く行って良かったわ」
セレネの言葉は私の心を密かに抉りました。
己の、過去の自分本位な発言を猛烈に反省します。
余裕が無くなっていたとはいえ、あれはこちらの人の事情を思いやっていない、不用意な発言でした。
確かに、一方的な呼び出しを食らう形で召喚されて。突然、知らない世界の命運を握らされる羽目になったのは事実です。
ですが。私は、こちらの世界の人達が、どういう思いでバステアに……その操騎士に最後の希望をかけてすがったのかを、その時点で見て、知っていました。
俯く私の頭に、ぽんっ……と、何かが置かれます。
イグニスです。
イグニスの大きく温かな手が、私の頭を優しく撫でていました。
前はイグニスの方が私を少しだけ見上げる形だったのに。もう立っていても座っていても私が見上げるしかなくなったその顔が、私を見下ろして柔らかく笑んでいます。
私を慰めて甘やかすのはやっぱりイグニスが一番上手い。
そのままそっと肩を抱いて引き寄せ様とした手を、私は、同じくそっと交わしました。
「おい、ヒメカ、なんでだよ!?」
うん、私も、なんでだよ……って思います。
でもごめん。
これ、いきなり立派になって現れた想い人に戸惑うやら恥ずかしいやらなだけだから。
直ちに意識改革を図るから。
イグニスさんにおかれましては、もうしばらくお待ちいただけると幸いです。