前編
『お前、紀元獣の操騎士の癖にへなちょこ過ぎだろ!』
最初は小生意気なガキんちょだと思ってた。
『ヒメカ、右も左も分からない世界で心細くて泣きたいなら、オレの胸を貸してやる!全部オレにぶつけろ!』
私より背も低くて細っこくて、抱きついたらよろけて倒れそうになる癖に。
時々そんな、私を甘やかすようなことばかり言うから、頼りにするようになった。
だんだんと、好きになった。
『ヒメカ、好きだ!……いや、そんなんじゃ足りない。こっちの世界もお前の居た世界も含めて、オレが一番ヒメカを愛してる!!』
二人、想いを確かめあった時には、別れが待ち受けていたけれど。
『一生かけたって絶対お前とまた会う方法を探す……ずっと待っててくれなんて言わない、でも、ヒメカ……オレがお前の事ずっと想ってるって、忘れないでくれ』
忘れない。忘れる訳がない。
だって、これは、私にとっても一生ものの『愛してる』だもの……。
***
……などといういきなりの回想ですみません。
小此木姫花花も恥じらう19歳。
二度目の異世界です。
前回、召喚されたのは二年前……17歳の頃でした。
召喚された私は、この世界の紀元前の叡智の結晶と呼ばれる、唯一の紀元獣、『バステア』の核──平たく言うと異世界のロボットっぽいものの操縦士──操騎士として、外来生命体……私たちの世界で言うところの宇宙人、『トゥルク』と戦うことになりまして。
細かい経緯ははしょりますが、数多の戦闘を重ねた末、これに勝利を収め、世界を救いました。
もちろん、それは、私一人の功績じゃなくて、バステアを元に現在の人達によって造られた、量産型直立歩行戦闘機『シトラム』を駆るたくさんの仲間たちに助けられたから出来たことです。
……まあ、この辺りの子細は、スルッと忘れていただいて問題ありません。
異世界に召喚されて、そこの世界の古代ロボットを操縦して、仲間と一緒に宇宙人と戦って世界救ったんだな〜、この小此木さんって人……っていう知識で大体丸く収まります。
専門用語抜くと100文字行かない私の冒険とは……。
それはさておき、現状の話を致しましょう。
私は、どうやら、再び、その異世界に呼ばれてしまった様なのです。
なぜそう判断出来たかと言えば、今、私のお尻の下に敷かれている魔法陣に見覚えがあり過ぎるから。
これは、一度目に召喚された時にも目にしたもの。バステアの操騎士を召喚するための魔法陣です。
入浴中に全裸召喚されたという、はっきり言って忘却したい思い出と共に、しっかりと記憶されていますとも……ええ。
対峙した神官達の微妙な表情といったらなかったです。
あと、私の年齢が17歳だと知って、可哀想な者を見る目で体の一部を見た神官、貴様の顔は今も完璧に覚えてるからな。
神殿に同い年の美少女且つナイスバッッディ〜〜な巫女様が居て、あれと比べたらしょうがない部分はなきにしもあらずだって、ちょっと思ったりなんかしたりしたけど、未だに記憶してるんだからなっ!
「神官と言えば……」
思い出相手にうっかり取り乱してしまいましたが、そこではたと気付きます。
その神官達の姿が、今回は全く見当たりません。
魔方陣の描かれた古代遺跡の中には、私しか居ない状況。
お尻の下では、相変わらず魔方陣が光って居るから、誰かしらがこれを起動したのは確かで、室内に明かりが灯って居るのでやはり誰かが居たはずだと思うのですが……。
「ほら、兄さんがいきなり『服が〜』とか言い出すから間に合わなかったじゃないか」
「いや……だって前の時はだな……」
私が周囲を見渡しながら首をひねっていると、突然、何者かの会話が耳に入って来ました。
聴こえてきた声の方角を確かめると、そこには……。
目がその姿を捉えた瞬間。私は、情けなくも不細工な顔と声で叫び、滝の様な涙を流していました。
「イ゛グッ……イ゛グニ゛ス゛ゥゥゥゥッ!!」
サラサラの銀髪にくりっとしたライラックの瞳。
幼さの残る輪郭と、本人はものすごく気にしているらしい、私よりも低めな身長。
──イグニス。
先の召喚の際、シトラムの搭乗者の一人として私と共に戦ってくれた仲間で、そして、ずっとずっと会いたかった最愛の人。
(でも、あれ?)
そこで抱きしめた時の少しばかりの違和感に気が付きます。
心無しか何だか縮んでいるような……。
「あと、匂いが違う?」
改めてイグニスを見ました。すると。
「ヒメカ、それは、オレじゃない。弟のステラだ」
上方から聞き覚えの無い低音が降って来て私の名前を呼んだので、確認のためにそちらを向きます。が……。
(ええと……どちらさんの誰ですか……?)
その姿にはやはり覚えがありません。
いや、なんとな〜く、どこかで見た特徴を兼ね備えてるな〜って気はするんだけど……その特徴が、今、私の抱きしめている、イグニスカッコカリとおんなじだなぁなんて思ったりもしてるんだけど……ね?でもね?
「もしかして、そちらが、イグニスさんでらっしゃいますか……?」
「逆に、オレがイグニス以外だったらなんだって言うんだよ、ヒメカ?」
サラサラの銀髪に鋭さのあるライラックの瞳。
幼さの消えた大人の輪郭に、それに、何より……。
「なんか、背とか、でかくない!?!?」
さっきは小さいほうのイグニスカッコカリ……ステラくんだっけ?……を抱きしめて少し屈んでいる状態だったので当たり前ですが、今はしっかりと立ち上がっているのに、見上げる位置に顔があります。
私、これでも、日本人女性の平均身長よりは数センチばかり高いのですが、その私の頭が鎖骨の辺りにあるという事は、お兄さんなかなかの高身長ですね?
体格だって、ごりっごりのマッチョでは無いですが、しっかりがっしりと筋肉の付いた大人の男性のものです。
「というか、“男子三日会わざれば刮目して見よ”っていうのは聞いたことある気がするけど、男子、二年でこんなに大きくなるもんなの!?」
あのとき12歳だったイグニスは、二年後の現在、14歳。
私も日本に居る弟とかその友達とか学校のクラスメイトとか近所の男の子とか、それなりにその辺りの男子の成長を見てきたと思っているのですが、成長期とやらでぐぐっと背が伸びた人もいるには居ましたがここまで激しく変貌を遂げた人にお目にかかったことはありません。
異世界の成長期、恐るべし。
「いや、二年じゃないヒメカ。十年だ」
……と、思っていたら、それはちょっと違っていたみたいでした。
「じゅっ……十年!?ってことは、イグニスは今……」
「22だ。お前の世界での時間があれから二年しか経ってないって言うなら、オレはお前より歳上だ……やっとお前に追い付けたな、ヒメカ」
そう言って、ニッと笑うイグニス。
『やったな、ヒメカ!』
そこに思い出の中のイグニスの顔が重なりました。
その笑顔は確かに私のよく知る、大好きなイグニスのものでした……が。
(眩しい!なぜだかその笑顔がとっても眩しいっ!)
離れていた期間のなせる業なのか、笑顔が割り増しで輝いて見える!
慌ててイグニスから顔を背け、ステラくんの方を向きます。
(落ち着く……)
やはりこの幼いイグニス似の顔は落ち着く。
そうやって現実逃避をしていたら、ふわりと腕の巻き付く感触がして現実に引き戻されました。
筋肉質な腕から伸びる、筋ばった大人の手……確めるまでもなく、イグニスの腕です。
「おごっ……イグッ、イグニスサン!?」
「ヒメカ……やっと会えた……ヒメカが近くにいる……ヒメカの匂いだ……」
ほっと息を吐き出しながら言うイグニスに、けれど私の心臓はドキドキと激しく脈打ちます。
ずっと会いたかったイグニス。
聴こえてくる声は記憶より遥かに低いし、包み込まれる体もだいぶ大きくなってしまっているけれど、その温もりと香りは確かに懐かしいイグニスのもので……でも……。
「無理無理無理無理無理無理無理無理っ!これ無理!これ以上は恥ずか死ぬっっ!!」
昔のイグニスとはハグやら何やら平気だったのに、今のイグニスに抱き締められると、なぜだか恥ずかしさが天元突破してしまいます。
私はとっさに手を伸ばして、ステラくんの腕を掴みました。
私に腕を掴まれた、ステラくんは、冷ややかな塩顔をしている事で有名な、かのチベットスナギツネの様な表情でこちらを見てきます。
「……まぁ、いいですけどね」
そして、盛大に溜め息を吐きました。
ごもっともです。
が、それに頷く余裕すら今の私にはありません。
「どうでもいいですけど、二人してお互いの認識の仕方が匂いって、なんか変態くさいですよね」
当然、その後のステラくんの辛辣な感想も、私の耳には入って来ないのでした。