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誰が為の黄昏  作者: あめ
【3章】 空を見上げ
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話をしよう 1

 

 ◆■◆




 十人程、だっただろうか?

 長いテーブルを囲んで、子供たちがぐるりと座っていた。年端のいかない子供たちが場を埋める中で、少女はナイフとフォークを大事に握りしめていた。


 どうしてって? そりゃあ勿論興奮で。


 誰かがいただきますと言って、今日も晩餐がゆるりと始まるのだ。


 ナイフで一口切って、フォークを突き刺す。綺麗に切られた傷口から、じゅるりと汁が溢れ出した。

 水で潤した真っ赤な口の中に、真っ赤なお肉が放り込まれる。少女はゆっくりと咀嚼した。しっかりと、しっかりと。


『お義父さま! 今回のは美味しいわ!』

『美味しいよ、お義父さま!』


 お世辞ではなく、純粋に、心からそう思っている声が辺りに響き渡った。お義父さまは今日もメモを片手に忙しそうだ。


 焼かれたお肉、透明なお水、新鮮なお野菜。そしてごろりとした柔らかいお肉が入ったスープ。

 今日がいつもと違うのは紫色の瞳を持つ赤ん坊が親指を咥えながら、少女の食事をずっと見ていること。真っ赤なフードを被った少女は、仕方ないとナイフとフォークを手元から離した。

 この子は構ってあげないと、いじけてすぐに泣いてしまうのだ。手のかかる、かわいい子。その赤ん坊に少女はミルクを与えながら、そっと優しく謝った。


『ごめんね、貴方はまだ食べられないの』






 暗闇の中、少女はかちゃりとナイフを置いた。愛用しているそれは優しく銀色に輝いている。


「元気かな」


 ぽつりと呟いた。

 食事の時、いつも反芻する、懐かしい、記憶。

 皆バラバラになって、会いたくてももう会えない。


「大丈夫、美味しかったよ」


 静かに少女を呼ぶ声がした。

 決して大きい声ではない。

 されどもそれで充分。


 少女は静かに手を合わせ、唇をそうっと動かした。



「ごちそうさまでした」



 取り残された食器たちは静かにそこに鎮座していた。




 ◆■◆




「────疑っておいでですか」


 しんとした部屋にスグリの声が凛と響いた。瑠雨から眼を逸らさない様に懸命に顔を上げていたが、その声は全てを語っている。今のスグリの心情を一言で表すなら〝恐怖〟そのものだ。

 だが、瑠雨にとってはそんな事など関係ない。瑠雨は少しおどけたように肩を竦めてみせた。別に怖がらせたい訳では無いのだ。まぁ、恐怖を植え付けられたのなら、願ったり叶ったりではある。確実に蒼が良く思わないだろうけど。


「まさか。そんな短絡的ではありませんよ」


 首を振る否定にスグリは酷く安心した。──ひとまずこの場は生き延びた、と。瑠雨の目が先にスグリから逸れ、視線は翁を向く。


「今、あなたがこのうさぎ穴にいるだけで疑う必要はありません」


 絶対の信頼がそこにはある。

 スグリはほうっと胸を撫で下ろした。


「それは……安心しました」

「そんな事よりとっとと人の姿になってください。無理でしたら、白夜を追い払うまでですが」


 スグリはキョトンとしたが、床に降りると人の姿に戻った。ぱさり ふわりと赤のドレスが軽く舞った。スグリは少し考えて、フリルが静かについていた裾を消した。狭い室内で引っ掛けて転んだりしたら大変だ。


「ここは瑠雨の実家みたいなものだからね。私の客人に手をかける……追い出すくらいだったら身内を道端に放り投げる、瑠雨はそう言っているんだよ」

「ただの優先順位の問題です」


 瑠雨は不機嫌そうにそう言った。


「それにしても蒼達遅いねぇ……」


 翁は壁にかけられている時計を見た。スグリもつられて見た。気絶していたので、時がどのくらい経ったのかは知らないが。


「僕が来てから一時間くらいですかね、体感では。もっともこの場で時間について話すのもおかしい話ですが」

「という事は今も……?」

「いや、さすがに今は違います」


 瑠雨は否定した。

 ここ、うさぎ穴では扉はおろか時間でさえも自由に動き回る。普段はあるべき場所にいる扉も、常識的な速さで進む時間も、皆みんな自由気ままにそこにあるのだ。扉は場所を移動したり、場合によっては扉の先を違う場所へと案内したり。


 時間は気だるげにゆっくり進んでいるかと思えば、ある時にはイタズラに早く進み始める。それもこれも余り訪れない客人を思ってのこと。それ等は感情をそう言う形で発散するのだ。

 ──もちろん、イタズラも度が過ぎたらいけない。時間達は、稀に見る良い子なのでちゃんと翁に言われたルールを守る。


 時を動かすのは自由だけど客人が帰る時には、元の時間に戻して、外の時間に合わせること。

 扉がどこへ誘うか、移動するかは自由だけど最後には目的地に連れていくこと。

 どのイタズラも限られた範囲で行うこと。


 こんな感じのルールがたくさんあるのだ。ルールの対象は、それをしっかりと把握して行動しなければならない。さもなくば、翁が怒る。普段温厚な人が怒る時ほど恐ろしいことも無い。


 スグリが口を開こうとした時、タイミングを見計らったようにとんとんとドアがノックされる音がした。翁は立ち上がり、軽やかな音の元へと向かった。少し軋む音がして、扉が開かれる。


「あーあ、疲れた。マジで疲れた。あれが日常茶飯事なの? 頭おかしいでしょ」

「ふっ、あの程度で音を上げるなんて……白に言うネタが増えたよ。日常茶飯事……と言いたいけど今回はなぜ真夜中にあんな目にあったのか私も聞きたい」

「なんで白樹が出てくるの。僕は何で蒼がお通夜な表情して真夜中の研究室にいたのか知りたいよ。ホラー? 肝試し? お化け屋敷の一角だっけあそこ」

「瑠雨が全然帰ってこないんだもん。あと精神滅多刺しにされたって意味では幽麗塔も裸足で逃げ出す人間的なホラーではあった」

「うちの白樹は良い子に寝てたんだけど、蒼も見習った方が良いよ。瑠雨の心労これ以上増やしちゃダメだって。ただでさえ蒼の手綱を離せないって、海が出来るくらい号泣してるのに」

「最高の褒め言葉だね、ありがとう」


 中に入ってきて椅子に倒れ込んで来た二人は、待ってましたと言わんばかりに愚痴り始めた。早々にその愚痴という名の騒音を止めたのは、もちろん瑠雨。


 瑠雨はこんこん、と机を指でならした。

 ビクッと分かりやすい反応をしたのは蒼。ゆっくりと首を動かして瑠雨を見る。油のさされていないブリキ人形のような首の動かし方にスグリは心の中で拍手した。──怯えきった人間はあんな動作をするのかと。

 鉱物でタワーを作り始めたのは白夜。時折食べながら、瑠雨の怒りに気が付かないふりをしている。頬杖をつくと、瑠雨は静かに言った。


「少し黙りましょうか。蒼は家で寝てろって言葉を聞いてなかったようですね。そんなに研究室でお星様を見たいなら寝袋用意したげますよ。白夜は何デタラメ言ってホラ吹いてるんですか。立て板に水に出てくる嘘には狼少年もその名を返上しますよ」

「ごめんなさい」


 瑠雨に常日頃日常茶飯事、怒られまくっている蒼の脳は素直に謝ることを選択した。ここで白夜と一緒に調子にのっても周りが焼け野原になる未来しか見えなかった。ちなみに白夜は鉱物タワーを容赦なく、抵抗する間もなく瑠雨に崩されていた。


 開かれた扉からどっとなだれ込んできた蒼と白夜。二人の顔の顔に反省という文字はもちろん見えなかった。


「おかえりなさい。いったい何があったんだい」


 わちゃわちゃ(騒がしく)していた蒼達を咎めることなどはしない。目を細めて、翁は聞いた。白夜は鉱物をバリボり食べながら、酷く疲れたように言う。


「話せば長くもないけど長くなるよ。聞く?」

「タイトルをつけるなら、『白夜と私、夜中の逃亡劇』」


 蒼は少し離れたところに置いてあったふかふかのソファに身を投げて言った。そしてもぞもぞと動いて姿勢を模索する。その様子を見た瑠雨はヤレヤレと首を振ると、蒼の脇へと移動した。


「何となく察してしまいますね」

「たぶん明日研究室に行ったら、鉢植えたちがタップダンスを踊ってるよ。私の部屋でね!」

「分かりました。明日は熱出すことにします」


 瑠雨は即答した。


「薄情者ー!」


 蒼の泣き言の傍ら、白夜は今気がついたとでも言うようにスグリに目を向けていた。スグリは目の前で繰り広げられていた漫才を部屋の隅で静かに見ていた。

 スグリが口出しをするチャンスは数回あったが、それよりも突っ込みたい箇所が多すぎて何も言えなかったのだ。多分この数分間の間に突っ込める箇所は十箇所くらいあった。


「それで? あなたは誰?」


 白夜は興味無さそうに、だが仕方なしという風にスグリに質問した。その言葉を受けて、瑠雨に拳骨をくらっていた蒼もようやく視線を向ける。


「翁の客人もとい賢者様の使いで来たところを罠にはめられ、波乱万丈疫病神も裸足で逃げ出す不運っぷりの方です」

「何だか今日の瑠雨テンション高いねぇ……」


 ボソリとそう呟いた蒼の頭にたんこぶが追加されたことはまた別のお話である。瑠雨の声が空気を震わせるのをやめる前にスグリは継いだ。圧倒的な雰囲気に声が少し上ずってしまったのは仕方ないことだろう。声が震えたことも。


「スグリと言います。白鼠の……姉妹です」


 圧倒的に濃い空気。仕方ないだろう。この密室に〈蝶〉が二人、そしてその主が一人いるのだから。そう言う空気を纏う人と話したり、共に時間を過ごしたりする事の多いスグリだから分かるこの圧倒的な違い。気を抜けば、思わず足が後ろへと身を誘い、壁にぺったりくっついてしまいそうだ。

 この感情は恐怖とは言えないだろう。言葉であえて言うのならば、しっくりくるのは〝畏怖〟。


 ネズミという単語を耳にして、白夜は警戒したように眉をひそめたがそれも一瞬のこと。少し口角を上げると、興味を示したように瑠雨に聞いた。


「白鼠ってあれ? 翡翠がお世話になったっていう」

「そうです。詳しいことは翁と本人に聞いた方が。賢者様関係らしいですけど」


 視線を受けたスグリは静かに目を閉じた。──さぁ、なんて説明しようか。


「賢者様関係と言えばそうなります。実際に賢者様からパシられてここにいる訳ですし。ただあの子と同じように賢者様を主としているか、と言うとまた変わります。私は……何でしょうか。今はまだ、賢者様に身を寄せているだけの者です」

「スグリは比較的最近の子でね、名付けも五年前につけられたばかりなんだ。こんな風に見えてここでこうして会うのは本当に久しぶりだね。前までは結構来てくれていたのに」


 五年前。その言葉に白夜は納得した。だからこう、既視感というか懐かしい感じがしたのか。



「なるほどね」



 てっぺんから鉱物をひとつ手に取って、



「あだ名の名付け親は翡翠と同じか」




 白夜は翡翠色をガブリと噛んだ。

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