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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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銀色 2

 

 混濁(こんだく)する意識の中、目を懸命に凝らして見える銀の髪。長い髪の間から、耳元で青いピアスが揺れているのが千里から見てとれた。その美しさに思わず息を詰める。


「お願いだから動かないでそこに居てよ」


 声が空気を動かす。その言葉にハッとしてすこし考えれば千里は今、殺されそうになったのだ。呼吸こそ楽になったものの、視界は(いま)だに霞んでいる。凄く複雑な気持ちに陥るのも仕方ない。

 そんな千里の心境を知ってか知らずか、その人は音も立てずに立ち上がった。同時に空気が動き、止まる。千里は首をさすっていた手を下ろし、体制を直した。その時に割れたガラスで手に軽い怪我を負ったのは、仕方が無いか。


 カチャッ


 唐突に響いたその音源を辿(たど)れば、その人の腰についているベルトからだった。顔を上げて、回復してきた目をまた凝らす。その人は千里が見ている前で後ろ腰に手をやり、黒曜(こくよう)のように綺麗に輝いた黒いナイフを取り出した。キラリと鋭く輝くそれは、持ち手まで黒だ。


「それは……」


 見覚えのあるものだった。あのナイフはあの組織の──

 ふとその人の(まと)う雰囲気が、ガラリと変わった。今までのその人を春の暖かい黄昏(たそがれ)の光だとすれば、今のその人は冬の夜空。冷たくて、寒くて、寂しくて、どこまでも鋭い。その寒さに千里の背筋がまたビキリと音を立て、凍りつく。

 急激に部屋の温度が下がったような感覚に陥り、耐えきれず千里は身震いをした。目の前の銀を纏ったその人は俯くと血塗られた様な唇をしている。それをちろりと蛇のように舐めた。

 髪に隠れ、その表情は見えない。


 予告無く、急に風が吹いた。


 回復しきったであろう眼で、何かと探ると視界の隅で障害物を軽々と避けながら何かに向かっていく残像が見えた。まるで暗闇に抗う銀色の一筋の流れ星。その人の影響なのか、何なのか分かりはしないが、赤、緑……と点滅する機械の呼吸すら夜空に(またた)く星に見え始めた。

 緊張することは無いのに思わず呼吸を潜める。


 白蛇、流星、その正体はどちらも同じ銀色のその人。

 地を這い、空すら見下ろす。


「何者……なの……?」


 いや、何者かは察していた。あの黒曜に輝くナイフは、〈黄昏〉のあの組織の武器。


 ──暗殺組織。


 ヒュッと息が詰まる。人違いだったとはいえ、今千里はプロに殺されかけた。身内に殺されかけた。その事実が静かに脳を支配する。でも、今は大丈夫。そんな気がした。


 床や作業机と思わしきものには多様なガラスが散乱し、謎の薬品が零れ、何のものだか分からない血がこびりついている。先程ここまで進むために千里は靴で道をつくりながら、物を避けながら歩いてきた。

 つまり、この場所は文字通り足の踏み場がない。うっかりすれば、うっかりしていなくても落ちているガラスで千里みたいに怪我をするし、その状態で血に触れれば未知の何かに感染する恐れだってある。

 そこまで考えた時、千里は気がついてすらいなかった"違和感"に気がついた。千里はさっきから"視力"しか使っていない。それと強いて言うなら、風が動くのを感じ取っているだけだ。


 "聴力"は?


 耳は使ってないの?

 こんなに物が、ガラスが散らばっていて、音がたってないの?

 銀色のあの人はあんなに飛び回って移動しているのに?

 なぜ音がしない。


 自分の聴力が壊れていないのを確認する為に耳元で音を立ててみた。て聞こえた。ひとまず正常。


 ──となると。


 先程とは違う感情で背筋がぞくりした。音も立てないでこの場所を移動してのけたその人の実力は、組織で鍛えられているとしても計り知れない。身のこなしだけを見ても、その人が普通に訓練を受けた人物では無いことは容易に推測可能だ。恐らく暗殺組織の中でもかなり腕がたつ人物。

 その人の正体を探ろうと思い立ち上がったその時、初めて(わず)かに音が響いた。


 ピュンッ!、と何かを空を勢いよく滑る音。そして同時に聞こえるのは何かを切り裂く音、何かの悲鳴、絶叫。

 千里が体を起こし、ふらつきながらもその人の所へ向かった時には、哀れな事に既に見知らぬ男は絶命していた。


「行こう。白樹(はくじゅ)の元に帰る」


 赤い瞳を鈍く輝かせたその人は何事も無かったかのように、滴り落ちる血糊(ちのり)や脂を吹き落としながら言った。


 白樹。

 誰の事だろうか?

 ひとまずここを出ようと、千里は後を追った。


 いつの間にか千里の意識はシャンとしていた。しかしこの時残念な事に千里の脳味噌はここに来た理由をすっかり忘れてしまっていた。

 少しの間地下にいただけなのに外の太陽を、空気を、眩しいくらいに澄んだ空を懐かしく感じた。とは言っても千里の知っている空とは少し違う。ここはイタリア。飛行機によってイタリア支部から呼び出された千里は、日本からはるばる訪れていた。

 太陽に照らされ、オレンジ色に耀く石畳を踏む。思い出し、慌てて靴を見たが思ったほど汚れていない。これなら街中を歩いても補導されることは無いだろう。


 そろそろ黄昏時なのだろうか。太陽がだいぶ斜めっている。街路樹で小鳥達がコンサートを開き、恐ろしい程に白い雲は(にじ)んだ空を歩いていた。子供はきゃっきゃと笑いながら人々の間を駆けて行き、大人達は午後の一休みを味わおうとカフェでコーヒーを片手にしていた。


 その中に春の暖かい日差しが眩しいとでも訴えるかのようにつばの広い黒のレースで飾られた帽子を被っている女性が一人いた。優雅にコーヒーを飲み、時折口説きに来る男性に笑顔の華を向けている。──全員追い返されているが。

 その人はふんわりとしたレース調の黒のワンピースをゆったりと着て、少し明るめの白のカーディガンをふわりと羽織っていた。そして(まばゆ)い程に白い肌は黒の服と対照的で自我を象徴するかのよう。つばの広い帽子から流れ出てるどこか見覚えのある銀色の髪の毛はもったいぶるように夕陽を反射していた。

 そんな不思議な美しさで、どこか儚い雰囲気を纏うその人にフラフラと蝶々が寄っていくのは当たり前だろう。千里も数多蝶々だったら放っておかない。


 ふと、女性が顔を上げた。どうやら本を読んでいたらしい。栞を挟み、コーヒーを一口飲むとこちらに気がついたらしく手を振ってきた。流水の様に流れている髪の毛はやはりキラキラと夕陽を反射していて黄昏色に輝いていた。


 ──?


 どうして手を振られたのか分からなく、隣のその人を見るとトンと軽く前に押し出された。石畳に運悪くヒールが引っかかりそうになるというドジを慌てて交わす。その様子を人々はちらりと見て微笑みを向けてくるとまた自分たちの話に華を咲かせ始めた。

 文字通り背中を押されるように、その人の目の前の椅子に座る。目をぱちくりさせ、状況を理解しようとすると隣に例の銀色のその人が座った。その人は座るなり行儀悪くべたっとテーブルに突っ伏す。


「ありがとね、白夜(びゃくや)


 ()()()と目の前で口角を上げながら帽子の女性は言った。それを聞くと白夜と呼ばれたその人は当たり前のようにウィッグを外した。


白樹(はくじゅ)、君段々人使い荒くなってるの自覚してほしいよ。白樹もついてくれば良かったのに。ってか女装する意味あった? ねぇ!」


 頬をプク〜と膨らましながら白夜は言った。ウィッグの下から柔らかそうな短い銀髪が現れる。白樹さんはそんな白夜さんをちらりと見ると、千里の方を真っ直ぐに見た。その瞳に、オッドアイに少し驚いた。


「似合うじゃない。それに面白かったから良いじゃない。写真撮らせてくれないのが残念だけど……。初めまして千里アリスさん。イタリア支部に居候しています。黄昏001-07 戦闘機関諜報(ちょうほう)組織の白樹(はくじゅ)と言います。うっかり白夜が殺しかけてごめんなさい。生きてて良かったです。あ、白夜も001-07です」


 やっぱりそうか、と思う。さっきのナイフはそれ等の組織特有のものだ。001-07 戦闘機関諜報組織の主な仕事はいわゆるスパイ。もっと簡単に言えば〈何かを奪う機関〉。大体の巨大な組織、会社の幹部に一人はまぎれ込んでいる。ある意味要の組織。

 暗殺などは名の通り暗殺組織が担当するが仕事場、"何か"には人の命も含まれている。だからそういう仕事もやったりする。──さっきの彼みたいに。


「〈黄昏〉関係者か……。〈黄昏〉003-01 情報機関指示組織 人事部の千里アリスです。白夜さんは女性かと思ってました」


 肩をすくめる。少年とはまるで思わなかった。情報機関として他の組織の人物と関わりあいになったりする事は多い。こういうパターンは初めてだけど。


「ふふふ 似合ってたでしょ」


 白樹という女性は緑と青のオッドアイをキラキラさせながら笑った。白夜という少年は不機嫌そうに顎に手をやって鳥達を見ている。

 千里はつられて笑いながらこくりと頷いた。



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