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誰が為の黄昏  作者: あめ
【3章】 空を見上げ
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いちごミルクと抹茶ラテ 1

 朱里が雪斗たちの元へ突入してから、既に1週間程が経過していた。元々の知り合いが2人いると言うこともあり、秒速で馴染んだ朱里は自由気ままな生活を送っていた。

 

 今日は予報でも言われていた通り、強い雨が降っている。そんな中出歩くのはあまり良いことでは無いのだが、時雨(しぐれ)雪斗(ゆきと)朱里(あかり)は買い出しをしに街に来ていた。

 雪斗が珍しくうっかりしてしまったのか、はたまた朱里が勝手に冷蔵庫を漁っている為なのか、常にいっぱいだった冷蔵庫の中が空になりかけている。その為、これではまずいぞと雨の中、仕方ないと雪斗は腰を上げた。


 時雨は時雨で、雪斗が行くなら自分も寮で必要となりそうな物を買いに行くとついて行くことにした。003系列の機関である情報機関でお世話になるにあたり、一応寮が貸し出される。またそれに伴い、必要な日常品も支給される。だがしかし、時雨はそれとは別に、最低限の日用品は自分で用意しておきたいと考えていた。少なくとも化粧水、洗面用具、冷たくて気持ちの良い麻の布団も出来れば用意したい。

 今回、寮の部屋が割り当てられたってことは、つまりそういう事よね、と時雨が光を失くした目で言ったことはこの際忘れておく。それ即ち、終電を気にしなくて良いということだからだ。割り当てられた部屋のある寮と時雨がお世話になる支部の位置関係を教えられた時雨が二度目の絶望をすることは、また別の話である。


 今、この場に(つき)はいない。あまりに気持ちよさそうに眠っていたため、起こそうとした時雨を朱里が止めたのだ。ただの朱里の気紛れだが、たまには良いだろう。朝ご飯も冷蔵庫に雪斗が入れて置いたが、気がつくだろうか。




「はいはいはい! 私は絶対いちごミルク! それ以外は拒否するわ!」


 ショッピングモールに入って早々、真正面にあった飲み物屋さんに朱里は消えていった。開店直後で人がいなかった為、時雨と雪斗が雑談している間に戻ってきたが。

 朱里のその手には二人分の飲み物があった。それぞれピンクと緑色。いちごミルクと抹茶ラテ。カップになみなみと入っているそれらのうち、朱里はいちごミルクを幸せそうに飲んでいた。そして朱里は抹茶ラテを時雨に渡しながら言った。


「時雨さん、はいこれ」

「……! ありがとうございます」


 女子二人はそれぞれ飲み物を持つと、近くにあった休憩用のソファに腰掛けた。その目の前には丸い水槽があり、真っ赤な金魚が数匹、水草の合間を縫って気持ち良さそうに泳いでいる。時折、家族連れの子供達がそれを楽しそうに眺めて去って行く。


 時雨が朱里に餌付けされているのを少し悲しく思いながら、雪斗はそんな光景を見ていた。時雨を食べ物で釣るな。雪斗の何とも形容し難い視線を向けられた朱里は、少し気まずそうに目を逸らした。

 片方カラーコンタクトのその双眸は少し泳いだ後、雪斗の様子を伺うような視線を寄越した。


「雪斗は……こういうの飲まなかったでしょ」


 朱里がもしも犬だったら、しゅんとその尻尾や耳は下がっていただろう。雪斗はそんな朱里を珍しく思いながら、再び金魚を見た。ちらりと視線を朱里に戻すと、朱里は今のしょんぼりなどなかったように時雨と話している。

 そこから聞こえる会話はどこか他人行儀で、時雨の敬語はやっぱり崩れていなかった。


 ──やり方は間違っていないんだが。


 雪斗は時雨ともう少し仲良くなりたい朱里をそっと見守ることにした。ここ一週間、槻や雪斗と寝食一緒に過ごしているとはいえ、朱里と時雨の距離はさほど縮まっていない。朱里にはそれがむず痒いのだろう。これからの任務で二人一緒に行動することが増えることもあって、朱里としては雪斗達と過ごすこの一ヶ月ちょっとの間に距離を縮めて起きたいのだろう。

 夏休みを挟んで九月に学校が始まるまではあと二ヶ月ほどある。二人が寮に移動するのはあと一ヶ月ほど。雪斗としては、距離を縮めるのはまだ時間があるから急がなくても良いと思っている。実際、朱里にもそう言った。別に明日からいきなり二人になるわけではないし、焦らなくていいのではないかと。

 結果、朱里に丸一日無視された。雪斗が思った以上に本人にとってはデリケートな問題だったらしい。


「時雨も簡単に餌付けされてるしな」


 ぽつりと思わずそう漏らせば、大事そうに飲み物のカップを抱えた時雨に睨まれた。伊達メガネのガラス越しとはいえ、その碧眼は鋭さを失っていない。雪斗が片手をあげて謝罪の意を示せば、不服そうな顔のまま時雨は言った。


「餌付けされてないわよ、失礼ね」


 そう言いながらも時雨は嬉しそうに抹茶ラテを飲んでいる。説得力は空の彼方に消えてっいった。朱里は、時雨は食べ物で釣れると味をしめた。


 そんな三人の眼の前を子供が駆けていく。ひらひらと半透明な朱色の尾を靡かせた金魚たちはやっぱり静かに泳いでいた。

 朱里は立ち上がった。そして壁際にある木製の大きなアナログ時計を見ると言った。


「で、雪斗。先に別なところに行ってもらっててもいいかしら? 買い出しは後で手伝うから。あたし達は時雨さんと日用品買いに行ってくるわ。そう……時間は掛からないでしょうし」


 朱里は次に腕時計を見ながら言った。ミルクティーの色をしたそれは普段の朱里の好みとは対極にあるデジタル時計。それは止まることを知らず、精確に、正確に、そして確実に朱里の腕で時を紡いでいる。

 時雨はふわりと大きな欠伸をすると少しからかうように言った。


「雪斗、邪魔だって。後から合流するから心配はしなくても大丈夫よ」


 時雨は立ち上がり、朱里の脇へと立つ。同じくらいの身長の二人は、並んでみると何となく背格好が似ていた。


「そういう問題じゃなくてだな……」


 雪斗は別にはぐれたり、迷子になったりすることを心配しているのではない。雪斗という見張りがいない間、朱里が時雨に何を仕掛けるのか不安なだけである。

 そんな事は露知らず、朱里は辺りを見て少し悩むような素振りのふりをした後提案した。


「そうね……待ち合わせ場所は屋上に続く出入り口でいいかしら」

「今いる場所じゃダメなのかよ」


 雪斗は謎すぎる待ち合わせ場所の選択に思わずため息をついた。屋上と言われても、この建物の最上階は七階である。エレベーターやエスカレーターは各所にあるものの、移動が非常に面倒くさい。


「ここ、今は開店直後で人が少ないけれど昼頃になったらとんでもないことになるわよね。屋上ならまぁ……まだましでしょ」

「……それもそうか」


 どこか嫌な予感を感じながらも雪斗は提案に渋々頷いた。ちなみに雪斗のこのような勘はたいてい当たる。

 二人が話している間ずっと、時雨は幸せそうに抹茶ラテを飲んでいた。




 日常生活品売り場は、全七階建てのビルの三階に位置する。一階は食料品売り場と化粧品、二階は服や宝飾、三階は日常品と言うようなつくりだ。今、朱里と時雨は三階に向かってエスカレーターを使っていた。開店から時間が経っていることもあり、店の中はだいぶ賑わってきていた。


 三階についても二人は、直ぐに見て回らず、飲み物を飲み切ってしまおうと少しの間無言だった。

 やがて飲み終えると朱里(あかり)はすぐ脇にあったゴミ箱に投げ捨て、白く塗られている壁に寄りかかった。そして大きく伸びをすると、まだ飲んでる最中の時雨に聞いた。その目が一瞬ギラリと輝いたのはきっと気のせいだろう。


時雨(しぐれ)さんは何か特別必要なものとかある?」


 時雨はストローから口を離すと少し悩んだ。時雨は朱里から軽く寮や情報機関の施設の説明をされただけで、何が必要なのかはそこまで考えていなかったのだ。何なら時雨はどこの組織から招待状が来ているのかも把握していない。どのくらいの期間お世話になるのかも。

 仕方ないと言えば仕方ないのだろう。情報機関、戦闘機関問わず、その内部情報は身内であれどもそう外で軽く口にしてはならないのだから。情報はどこで漏れるのか分からない。なら、出来ることはリスクを減らすことのみだ。


「ん~、寮って一応街の近くにはあるんですよね。だから正直、今急がなくても最悪買い出しには行けるかなぁって考えてはいるんです」


 朱里は頷いた。確かにそうだ。今無理に急がなくても良い。それに寮生活が始まるまでまだ猶予はある。


「確かに寮は街の近くね。近くに大きめの駅もあるし、店も揃っているわ。だからそこまで心配しなくても良いのは確かね。……まぁ時間があれば」

「時間」


 時雨は朱里の言葉の端に不穏な空気を感じ取った。


「えぇ」


 朱里はにっこりと笑顔になりながら言った。そして朱里はフロアに設置されている地図を舐める様に見ながら答えた。


「私も知り合いから聞いた話なんだけど。閑散期以外は地獄らしいのよねぇ。閑散期っていっても何が閑散なのか私には分からないけれど。知ってる? 建物内の自販機には目を覚ますためのエナジードリンクが置いていないんですって」


 朱里の言葉はどこかウキウキしている。何となく何を言いたいのか察した時雨は、朱里と同じく地図を見始めた。とは言っても朱里と違ってここに何回も来たことがある時雨は、どこに何があるのか職業柄もあり、全て知っている。しかし今は現実逃避の為なのでそれらはあまり関係ない。

 時雨はため息を吐くと、目眩を軽く感じながら言った。これから言う言葉が外れていることを祈るが、そううまくはいかないだろう。


「それってつまり、寝る暇が無さ過ぎて寝ないことに体が慣れてしまうからですよね。エナジードリンクを飲んでも意味がないくらいに」


 朱里はどこからか取り出したクラッカーの紐を引いた。軽い爆発音とともにヒラヒラと紙吹雪が舞う。


「大当たり~、私達の機関が全体的に運動とか戦闘が得意だとすると、あそこは寝ないことが得意な場所ね。まぁ組織にもよるけれども」


 時雨は地図から離れると、迷いの無い目で寝具売り場へと足を向けた。


「朱里さん、経費は出るんですよね」


 駆け足で追いついてきた朱里に時雨は聞いた。


「えぇ、必要なものに限ってはね」


 布団は……必要経費。文句を言われても貫き通そう。

 時雨はぐっと拳を握りしめた。寝ないことが得意な組織に洗脳されたくはなかった。負けてたまるかと、時雨はやる気に溢れた。


「最高に気持ちが良い、凄くふわふわの素敵な布団を買いに行きましょう。経費でならお金の心配もいりませんよね」



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