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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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暁闇 3

 

 その言葉にクレアは躊躇った。そあこに千里はここぞとばかりに畳み掛ける。


「一時の感情に流されて私を殺したら、あなた後悔しかしないわよ?」


 〈黄昏〉からの報復もあるかもね? と千里(ちさと)はわざと小さく呟いた。その言葉を聞いたクレアは、胸に何か突き刺さるの感覚を覚えた。抜こうとしたらまるで逆棘でもあるかのように肉に引っかかって抜けない。そしてクレアは唇を強く噛んだ。直ぐに血の香りが口に溢れた。そして舌打ちをした。強く強く強く。


 ──全くもって目の前の女の言う通りだった。


 クリスとクレアは武装を解いた。何か千里が危ない目にあったら盾になろうと身構えていた双子は、ほっと胸をなでおろした。千里アリスは恐ろしい程に深い緑色の眼をリグラット兄弟に向けた。爛々と瞳が輝き、風に揺れる炎のように瞳は揺れる。

 やがて、千里は振り向くと心配そうに己を見上げている双子の頭を撫でて言った。


「二人とも、帰りましょう。もうここに私達がいる意味はなくなったわ」


  先程までの"睨み合い"は何だったのかと言う程に、千里はあっさり引き下がった。そしてリグラット兄弟が何か次の言葉を言う前に千里達は後ろを向き、歩き始める。

 少女の白いポニーテールが闇夜に揺れるのを最後に見て、二人の視界から千里達は消えた。兄弟は追いかけようとした。が、なぜか体が動かなかった。


「────なっ?!」


 脳から神経に命令を出してもそれを体が拒否する。無視する。唯一指先が、瞼が、口が僅かに動かせるがそれで何が出来るだろう。

 そこから暫くして兄弟が硬直から解け、彼女を追いかけようとした時にはもう時間が経ちすぎていた。


 ──それだけじゃない。

 硬直だけじゃ無かった。兄弟は突如、ふんわりと全身が宙に浮かぶ感覚に襲われ、思わず膝をついた。目を開ければ視界が揺れ、景色が歪む。目を閉じれば様々な色が(まぶた)越しに恐ろしい程のスピードで点滅した。

 いつしか、支えていた膝にすら力が入らなくなりアスファルトに横たわる。頭上を駆け行く風が心地よかった。やがて、混乱する意識が海に沈むように無くなっていった。──意識を失っていたから誰かがやって来て、抱え、運びあげた事に気が付けなかった。





「────っ?!」


 意識が僅かに浮上すると同時にクレアは飛び起きた。無理やり覚醒させられた頭がグラングランしていた。兄のクリスはとっくに目覚めていたらしく、車内で窓を開けずに煙草を()かしている。お陰様で車内に(こう)ばしい香りが漂っていた。

 外を見ると日が昇り始めたところで、クレアは否応(いやおう)にも一晩気を失い、車内で過ごしていたことを悟らざるを得なかった。


  ──どうして……?


 脳のどこかで何かを訴えるような頭痛を感じたが、いくら考えても思い出せなかった。 何かを忘れている気がしたが、思い出せなかった。クリスに説明を求めても首を振られるだけだった。







「──さて、仕事しましょーか」


 千里アリスは兄弟の目が届かない場所まで移動すると、待機していた雪斗、槻、時雨に声をかけた。無論、三人とは初めましての状態。簡単な自己紹介しかしていない。


「あれ、何したんですか?」


 茶色のボブの少女──(つき)がミラー越しの兄弟を指さして言った。ミラーは兄弟が膝をついて倒れ、意識を失うまでの光景をありのままに映し出していた。黒髪の少年──雪斗(ゆきと)が大胆にも曲がり角から首を出し、それを確かめる。


荒業(あらわざ)な記憶処理兼催眠術。脳にダメージ無いと良いけど」

「脳にダメージ? 何だか私が聞きかじってる記憶処理と大分違うような」


 時雨はこめかみを()んだ。のほほんとした口調で千里は念の為伝える。


「今やったのは自我流だからね。一応やられたあと気持ち悪くなったりするらしいけど脳にダメージ与えたことは無い……はずだからね。正攻法は別にあるし私も出来るけど、めんどくさかったからやらなかっただけだから、ね?」


 三人は何も考えない事にした。三人の心の中の意見は偶然にも"まあ、記憶処理のついでに催眠術かけたって事だから別に良いか"で統一されていた。長いものに巻かれた方がいい事もある。


「で、どうすれば良いんですか?」


 時雨は無駄な思考を一切振り切るように聞いた。ちなみに例の双子はじぃーっと時雨を見続けている。時雨はどこかこそばゆい気分になっていたが、一生懸命に気付かないふりをした。しかしやっぱり気になるのか時折視線だけを双子に向けている。

 その様子を横目でちらりと千里は見やった。そして風に暴れる髪を押さえつけると、腰に手を当てどこか得意げに言う。


「さぁ、まずは車の鍵を盗もうか」


 ──は?

 

 三人は固まった。別に超荒業な記憶処理を受けた訳では無い。しばらく遠くの繁華街から聞こえる喧騒のみ聞こえた。そこからすぐ、三人の反応はお構い無しの千里はすたすたとは気絶している兄弟の所へと戻る。双子もそれに続いた。


「何してんのよ、あの人」


 時雨の声が残る二人の鼓膜を震わせ、我に返らせた。だが、ここで慌てないのが三人である。色々あって悲しい事に慣れっこなのだ。本当に悲しい事に。槻はポケットからチョコレートを取り出す。雪斗は(いちごみるく)を舐め始めた。時雨は金平糖を口に放り込んだ。


「いやぁ、脳内に糖分が染み渡るねぇ。何だかあの人が向かった方向で車のドアを思いっきり閉めた音がしたんだけど。あの人ほんと何してんの」


 槻が耳を塞ぎながら言った。現実を直視……いや直聴したくないのだろう。雪斗も気持ちは良く分かっていた。三人が慣れていると言っても現実逃避しないとは言っていない。


「良く分からない人だな」


 雪斗は遠い目をした。


「何しに来たんだっけ」


 時雨は自分で考える事をまるっとかりっと放棄し、


「明日は野菜スープだね」


 槻は自分で何を言いたいのか自分で分かっていない。あれ?と首をひねっている。ちなみにだが、槻はスープには生姜を入れたがる人である。

 雪斗は少し考えてから真面目に問に答えた。


「…………誘拐?」


 残念だがあながち間違っていない。


「ダメだよ、それ犯罪だよ」

「それ犯罪じゃない」


 奥歯で雪斗は飴をガリッと噛み潰した。


 ──じゃあ、他になんて言えばいいんだよ!


 不貞腐れ気味に雪斗が二個目の飴を噛み終えた時、ちょうど車がやってきた。乗っているのは勿論千里アリス。双子は、乗っていないらしい。千里は車から降りると落ち着いた声色で言った。


「さぁ、あいつらをこの車に放り込みましょう。いつまでもアスファルトに寝かせておくのは、悪いわよね」

「……あいつはどうしたんです?」


 あいつ──本来槻が"処理"するはずだった人間。にこやかな表情をしていた千里は、その言葉にすんと真顔になった。


「あぁ、私の車に簀巻(すま)きにして放り込んどいたわ。あの子達が見張ってるから。どうせすぐ起きないし」




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