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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月明かりに泣く・後編
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after story 4

「朱里」、とは

 ◆■◆


「やばいやばい」


 少女は友人をほっぽり出して部屋を出た後、痛む体を呪いながら歩を進めていた。本来なら走りたいところなのだが、傷が脈にあわせて軋むためにそうはいかない。仕方がないとは分かっている。相棒が傍を、離れていることによる体への負担は意外と大きい。


 それでも急いでその場所にたどり着くため、近い道を選んで、なるべく階段を避けて進んでいた。白鼠印の魔法のお薬を飲んだため、少し寝ておけばだいぶマシになるはずだった。寝ておけば。本当なら友人と一緒にあの後お昼寝タイムに突入するつもりだったのだが……。

 少女は周りに誰もいないことをいいことに大きく舌打ちをした。

 こうなることなら、仕事が終わって戻ってきた友人のことをとっとと捕まえておくべきだった。敵と何を話したのか、あの場で何が起こったのか、全て吐かせておけば良かった。


「油断した」


 知り合いからあの日、何があったのか、大まかな全体像は聞いていた。その場にいたとはいえ、少女も全てを見ることができていた訳では無い。むしろ半分だけ──眠らされていた。それでも、あとから聞いた情報で全てを把握しているつもりだった。

 自分で自覚している悪い癖が出てしまった。根拠はないくせに自信家。友人と敵は言葉を交わしていた。誰もそれを言っていなかった。誰も見ていなかったから、知らないのも当然。誰も言わなかったから、敵と友人が言葉を交わしていた可能性を最初から除外していた。なんて馬鹿なのだろう。

 そして結界の中にやってきた二人の子供の話。どうやら子供達は最初から、結界に巻き込まれてはいなかったらしい。途中から、何かに誘導されて結界の中に迷い込んできたらしい。


「それならもしかして……」


 杞憂だと良いのだが。


 ぎゅっと唇をかみながら、少女は()()()と、この時期から呼ばれる建物の前に到着した。堂々としている扉に手をかける。

 侵入した囚人らを閉じこめるこの塔は、公にはされていないもののこの少女が管理していた。幼い頃からずった管理している訳では無い。管理し始めたのはここ二年ほど。都合が良いと言う理由で管理を引き受けた。受け継いだ。

 例えば……証拠隠滅とか。


 少女は生体認証を一瞬でパスすると、続く螺旋階段を降り始めた。一段一段下る度に、しっとりとして、尚且つ冷たい空気はレベルを上げた。ひんやりとしている手すりは、人間の身である少女の体温を奪い取ろうと躍起になっている。

 さすがに人手不足で、隅に蜘蛛が住み着いているのを都合よく気付かないふりをすること数回、ようやくゴールが見えてきた。なお、少女はこの塔にやけにハイテンションな幽霊が住み着いていることは知らない。皮肉なことにあまりオカルトは、信じられない性質(タチ)なのだ。


 次に現れた生体認証をまたもや光速でパス。そしてこういう時に限って、のんびりと開く自動ドアを蹴破るようにして通り過ぎた。すると洒落た感じの石畳が少女を迎える。


 一つ、深呼吸した。この場所は、空調が完璧なくらいに整えられている。螺旋階段で感じた嫌に冷たく、しっとりとした空気は塵にも(あくた)にも感じられない。

 その為、何か用が無い限り人が来なかったこの塔に、最近は特定の人物が入り浸るようになった。過ごしやすい。ただそれだけの理由で。


 右、左右、と横断歩道を渡る時のようにあたりを見渡す。──案の定、いる。

 扉が半開きになっているのは単に閉め忘れか、それとも少女がここに来るのを知っての事か。少女は、ほっと安心のため息をついた。正直、ここにいなかったら詰みも同然だった。でもいるなら話はまた変わる。

 迷いない足取りでその扉の前まで行き、手をかける。


 最近この塔に入り浸っていたのは白夜と瑠雨。瑠雨は寝転がったまま、やって来た少女に眼をやると少々驚いた顔をした。少女の頭から足まで滑らせ、最後に影を見る。


「お久しぶりです、◆▲◆。その様子だとまだ快調じゃないみたいですね」

「瑠雨さん、白夜とここに居てくれて良かったです。まだ快調には程遠いです。残念なことに」


 少女は肩を竦ませた。胸元の傷はやっぱり痛む。さすがに()()()()()()()治るこの傷も日を置かないと治らない。これが、本来の人間の身。逆に言えば、痛みを感じている時だけが、純粋な彼女。

 更に言えば、痛みを感じられるのは一人の時だけ。


「なぁに? また何かやらかしたの? そんなに怒られたいの? 今なら二人体制だよ」

「ま、またじゃないです。ていうかあの時はあの子が……!」


 珍しく呆れた様な瞳を向けてきた白夜に、少女は慌てて言った。相棒のせいで、少女も白夜の御説教を受ける羽目になったのだ。以来、相棒は白夜に怒られないようにするため、行動を控えているはずだ。多分。


「その"あの子"なら、白樹たちと一緒にリゼの所にいるよ。呼んでもいいけど……翡翠があれだからね」


 厳しい顔をして、白夜は瑠雨を見た。あれ、というのは全快ではないという意味で間違えないだろう。突発的に動き回ってはいるものの、寝ている時間の比率がまだ多い。

 それは普通の人間なら即死する量の血を一気に失ったから、さすがに体が堪えたのもあるし、〈譲葉〉がいなくなったからでもある。そして起きている間は白樹たちと一緒にリゼを目覚めさせようと躍起になっているのもまた、悪化させている原因だろう。

 残念なことに今のところ、全てが徒労に終わっているのだが。


「リゼってまだ目覚めてないんだ」


 思わず少女は目を伏せた。次の……翡翠の主になるべく守られていたリゼという少女。姉と慕う人物達に守られているなんて、少し嫉妬を覚える。

 その弟であるロゼは、結界の耐性が無いにもかかわらず、長時間結界中にいた為に死んだ。結界に魂を食べられてしまった。結界に食べられた魂は取り返すことが出来ない。更に言えば、魂を結界から取り返すこと言うことは、死んだ人間を甦らせることと同義だ。

 そんなことは許されない。許されてはならないのだ。いわゆる、禁忌。


 白夜はどこか遠くを見ながら、少女に答えた。


「ことがこと……だからね。仕方がないとはいえ、翡翠は無茶しすぎたんだよ。他にやりようがあったはずなんだ。例えば、更に結界を張ったりだとか」


 どこか吐き捨てるような口調だ。


「でもそれをしたらロゼは即死でした」

「それがなんなの? 瑠雨。翡翠があんなになるなら、命ひとつなんて安いじゃん」

「でも翡翠が守った命です。例え助けられなくてすぐ消えた命でも、それは事実です」

「瑠雨は誰かに助けて貰ったことがあるからそう言えるんだよ」


 白夜の昔の事情を知っている瑠雨は、何も言わなかった。そして少しおいてけぼりをくらっている少女を見た。少女の顔は、容赦ない言い合いを見て少しひきつっている。


「リゼ……ってか翡翠は大丈夫ですよ。てか蒼達は翡翠に関してはそろそろ変な矜恃を捨てて、外部に助けを求める頃です。このまま徒労で時間を潰すほどバカではありませんし、そもそもそこまで馬鹿じゃないと思いますので。……多分」

「最後の一言がなければ主をある程度は信頼している〈蝶〉になれたのに……」

「一応信頼していますよ。暴走していない時以外」


 白夜は思わず、素直に信頼しているって言えばいいのに……恥ずかしがり屋さんだなぁ、とかいう意味深な視線を瑠雨に送ってしまった。本人に睨まれて終わったが。


「外部って……? 翁のこと?」


 少女は首を傾げながら聞いた。外部に頼る、とは言っても安易に人に助けを求められるはずがない。複雑すぎる事情を知っていて、尚且つ姉と慕う人物達にも無理なことを解決できる人、誰がいるのだろうか。

 少女の頭に浮かぶ大量の疑問符を正確に読みとった白夜は、瑠雨に視線を向けながら教えた。


「多分白鼠か賢者様って人を頼ることになると思う。リゼの今いる場所が場所だよ。さすがの翡翠でも無理」

「白鼠なら、この間いましたよ。てか最近ずっといます。物事を一部始終見ていたらしくて、僕に一度姿見せてまた消えました。あの様子なら賢者様にも報告はされていますね」


 そして恐らく兎穴に住む翁にも。


「それじゃあ────」


 少女が口を開いたその時、ひらりひらりと場違いな蝶が物陰から現れた。ステンドグラスのようなその羽の色は、朱。


「なになに? 私を差し置いて楽しいお話ししてるわけ? 悲しいなぁ」

「…………(べに)!」


 瞬きの間に蝶は消え、一人の少女(それ)がそこに佇んでいた。赤目を持ち、髪の毛はハーフアップにされていた。そして紅と呼ばれたそれは白夜と瑠雨そっちのけで少女に駆け寄ると、ひどく申し訳なさそうに謝った。


「ごめんね、つーちゃん。痛かったでしょ」

「めちゃくちゃ痛かった……今も痛いわ。ぜひあなたにこの痛みを味わってもらいたい」

「痛みを感じれないから無理よ。瑠雨兄程ではないけど」

 

 紅はちらりと瑠雨を見た。呆れ半分の表情で欠伸をしている。白夜は時計を見て、また同じくため息を着いた。紅は少し勝ち誇ったように言った。


「兄様方、報告は後でするからいじけないでくださいな。白樹姉様達に追い出されたからと言って病んでいては、人生つまらないじゃないですか」

「「うるさい」」


 二人は翡翠とリゼの看護をするにあたって邪魔だからどっか行ってなさいと、蒼と白樹に言い放たれていた。


「否定しない辺りがこう、あれよね。……おやすみ、紅」

「暫くしたら起こすね、つーちゃ」


 紅は足元に広がる己の影で少女をぱっくりと呑み込んだ。そして、ちろりと真っ赤な唇を舐めた。


「相変わらず見事ですね」

「女の人は化けるからね」


 瑠雨と白夜は紅の赤眼が茶色になり、身長が少し伸び、雰囲気が()()になったことに目を見張った。


「ふふん、まだ序の口よ」


 朱里の顔でニヤリと笑った紅は、少し目を閉じ、記憶を少女と共有した。


 ──となると槻は今頃、眠りについたかしら。



 〈蝶使い〉、椿。

 椿を主とする紅と言う名の、〈蝶〉。



 そして朱里(あかり)

 朱里は紅と椿の()()()()()だ。 


〈蝶〉──紅

〈蝶使い〉──椿

紅+椿──朱里


朱里は椿の容姿、性格。

殆ど、椿=朱里で日常を過ごしている。稀に紅が出てきて、朱里を演じる。詳しい説明は本編で。

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