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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月明かりに泣く・後編
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after story 2

 

 何気なく、さらりと朱里が吐いた言葉に槻は思わず飛び起きた。久しぶりにやってきた眠気は一瞬で引き、消えた。


 ────無事?! あれで?


 翡翠という単語を聞いて、槻の脳が再び動き始めた。カチャリと鍵が開いて……、最初に思い出したのは、あの、血みどろの光景。

 槻が故意に忘れたはずなのに、脳が忘れるはず無かった。目を閉じる度にフラッシュバックした。リゼとロゼの盾となって地に伏して、尚笑顔でいた彼女。槻がもっと強ければ、傷つかずにすんだ人。


 もっと強ければ、もっと強ければ。他人を守れるくらいに強ければ────!

 小さく槻は息を吐き出した。

 後悔ばっかり。

 知らなかった。あの後どうなったのか。

 知らなくてよかった。誰かが駆けてくる足音がしたから、その主に任せて槻は氷の元へと真っすぐ向かった。そして、忘れた。あの時は他の感情を持ち込んではいけなかったから、なんてのは子供の言い訳だ。


「ちょっと、待って。何で朱里がそれ知ってるわけ。誰にも言ってなかったはずなのに」


 クラクラする頭を必死に抱えながら、朱里の方を見る。朱里の赤茶色の瞳と目が合った。少し強気なその瞳は、槻を責めようとはしていない。ただ、純粋に見返してくるだけ。だが、今の槻にはそれが酷く拷問に感じれた。


「槻? 私の情報網を舐めないで欲しいわね。顔の広さも、ね」


 にこっと朱里は笑った。そして猫のようにコロコロと笑う。いつもの()()()()()()()()()ではない。言うなら()()()。ネズミを弄んで食べちゃう猫。可愛い容姿の裏に鋭い牙と爪を隠している、猫。

 それがハニトラ組織の性なのかどうかはどうでも良い。槻の背筋がぴしりと凍ったのは事実だ。頬まで冷気が這い上がるのを感じながら、槻は言った。正直に。


「朱里、怖い。(かなえ)さんとかにいつも向けている怖さとは違う。何か怖さが一皮剥けた感じ」

「悪いわ。別に怖がらせようとしてる訳では無いのよ。ただ、逃げてる感じがしてるからお灸を据えなさいっていうお上からの命令を実行しているだけよ。嘘だけど」


 朱里はちろりと舌を出した。


「さっきの不思議な飲み物が飴で、今から始まるお説教タイムこと説明タイムが鞭って訳ね……。いいよ。ただ、怖いのは勘弁」


 眠気が飛んだのを呪いながら、槻は腹を括った。多分これから話される事柄には、例のリゼとロゼのことも含まれるのだろう。死んじゃったロゼと眠り姫の如く目を閉じているリゼのお話。


 ──いつ殺されてもいい様に腹くくんなきゃ。


 槻は正座をした。短い髪はいつ首を跳ねられても良いように、待機しているようにすら思える。だが正座して怯えているそんな槻を朱里は笑い飛ばした。


「別に殺しはしないわよ。槻のことを殺したところで、何か重大な歴史が変わるわけじゃないし。殺し損しかないわ。血で汚れるし。何から知りたい?」


 何から、という言葉。

 返答に困る。いったい()()あると言うのだろう。


「ん、何で今朱里に拷問を受けているのか……いや、ごめんなさい冗談です」


 朱里のこいつどう調理してやろうか、という冷たい視線を感じとれた辺り、槻は賢かった。背筋を凍らされたばかりなのに他も凍らせられたらたまったもんじゃない。

 槻は何を質問するか真面目に逡巡した後、やや躊躇いがちに口を開いた。

 色々知りたい事はあるが……一番気になるのは、


「何でロゼは……死んだの? リゼは眠ったままなの?」


 元気にしていたロゼの突然死。いきなり昏睡状態に陥ったリゼのこと。

 人の死を嫌にも見慣れている槻にとって、他人の死はどうって事ない。殺し殺され、いつか人は必ず死ぬ。それを逸脱するものは人ではない。ただの妖、幻、神、化物、それに準ずる者らだろう。

 だから手元で死んだロゼについても、槻は正直どうとも思わなかった。強いて言うなら、時雨が悲しむな、くらい。


 ただ、解せないのだ。何でいきなりあの少年は死んだのか。理由が分かれば、もう、こんな過ちは起こさなくても良いかもしれない。


 槻の一つ目の質問を聞いた朱里は、腕を組んだ。

 ──さぁ、なんて答えるのが正解だろう。


「痛いところついてくるわねぇ。今から話すことは槻があの時の光景を全部覚えていることが前提になるし、ついでに推測も含むわよ。私も()()()()聞いていないのよ」


 先程から槻は、朱里の発言に得体の知れない違和感を覚えていた。明らかに何かがおかしい、けどその正体は知れない。あと一歩でその正体に辿り着けそうなのに、考えると、手を伸ばすとするりと逃げ去る。霞や霧みたいだ。

 朱里は確かに何か大きな隠し事をしている。これは疑いようがない。槻に対して言っていないこと、言えないことを胸の内に隠している。その隠し事は、組織上の機密かもしれない。でも、きっとそんなんじゃない。槻は教えられていないことに不安を感じているのではない、朱里が一人で抱え込みかねないことを怖がっているのだ。

 槻はちらりと朱里を見た。ふわふわとした茶色の髪の中に一筋だけ、赤が見えた。一瞬。


 ──何を、隠しているんだろう。


 胸の傷と言い、違和感と言い。何か危ないことをしていなければいいのだが。心配だ。心内を隠されないように、目を瞑る。目を開け、朱里の方を再び向けば、彼女はポテチの空袋を捨てているところだった。普通サイズをもう食べ終わったらしい。


 ──朱里、恐ろしい子。


 槻は先程とは別な意味でブルりと身を震わせた。


「う、うん。推測込みこみでいいから教えて」

「なぁに、どもってんのよ。えっとねぇ……なんて言うかこう非現実的なんだけれども、槻が戦闘していた時あるじゃない?」


 朱里は髪の毛をくるくると弄びながら槻に聞いた。少し眉を寄せ、困ったような表情をしている。


「あったね。リゼとロゼがいきなり来て……あの時は純粋に肝が冷えたよ」

「それよそれ。あの時、白樹(はくじゅ)さんと白夜(びゃくや)さんがちょうどあなた達のこと探していたのよ。でも、見つけられなかった。直ぐ近くにいたにも関わらずあの二人が見つけられなかったのよ」


 普通なら考えられないことだわ、と朱里は言う。それには槻も思わず目を見開いた。

 戦闘していた槻のことを()()()()()探していて……見つけられなかった。

 過去数回、槻はあの二人を鬼とした隠れ鬼で遊んだことがある。朱里、叶、氷、その他の組織の子供たちも混じえてだ。結論だけ言おう。広い敷地内、さらに隠れやすいところしかないのに二人は五分も掛からず全員を見つけ、捕まえた。──涼しい顔で、縄でぐるぐるにするおまけをつけながら。

 白樹と白夜。あの二人は、見つけ出すのが本当に上手い。過去、訓練が嫌で逃げた叶を捕まえる係もあの二人だった。


「異常、でしょう?」


 朱里はどこか楽しげに言った。

 そんな二人が、音を立てて戦闘していた槻を見つけられないはずがない。


 なぜ。


「でも、リゼとロゼは……あぁ、そう言えば私が殺した人。こう言ってたよ」


 ふっと槻の脳裏にひとつの場面(シーン)が思い出された。


「なんて?」


 朱里は食い付いた。


「お菓子をまいて呼び寄せました、だったかな。何か関係あるかな……朱里?」



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