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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月明かりに泣く・後編
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夜明け前に消えるもの

 

「────っ!」

「だめ」


 思わず飛び出そうとした槻、それを止める白樹の声。それを肌で感じ取りながら、白夜は目の前で倒れゆく少女を見ていた。白樹の方から何か咎めるような、訴える様な、頼むような……色々な意味合いが含まれた視線を感じる。信頼も、そこに。


「しょうがないなぁ」


 たっと軽い音を立てて壁を蹴る。白布の女も斧を置いてリゼの元に駆けた。女の腕の中に抱かれようとしたリゼを白夜は優しく、強引にかっさらった。トンっという小さな衝撃が白夜の胸を打った。

 奪うと同時に蹴とばした彼女と目が合った気がした。白布越しに。信じられない、という紫の瞳と。

 月を見せながら、雲はまた雨を降らそうとしていた。白樹に背中をとんと押され、駆けて来た槻は白夜から渡されたリゼを大切に抱きしめた。何で、と訴えかける瞳に白夜はただ答えた。その言葉にためらいはない。


「リゼはもう僕達のものなの。〈黄昏〉のものなの。────ね、槻」


 話を振られた槻は、ただこくりと頷いた。眠っているリゼの呼吸を確かめ、生きていることを確認する。槻が確認した時点で殆どないようなものだったが、ロゼの脈はだんだん弱まっていた。多分もうすぐ……。泣きたい気持ちをぐっと堪え、ローリエの事も思い出さないようにぐっと槻は記憶に蓋をする。

 ゆらりと泳ぎ、水に漂う金魚のようなドレスを纏った女は身を起こした。その目は真っ直ぐに、槻の腕中に抱きしめられているリゼを見る。

 風が吹き、辛うじて顔を隠していた白布が散った。残酷な紫の双眼、真っ赤な唇。

 槻は鳥肌を立てた。────怖かった。これは本能的な、恐怖。


「ダメよ。その子は私の子供なの。返して。今度はちゃぁんと愛して、逃がさないように、傍から離れないように閉じ込めるから」

「………………」


 槻はリゼをそっと白樹達に渡すと、腰に手をかけた。白夜は呆れたようにただ女を見ていたが、槻のそれに気がつくと楽しそうにまた口元を歪めた。


「あの人も、そうだった。私を道具としてしか見てなくて。子供達をさらって消えて」





 雨がゆっくりとまた降り始めた。


 とっぷりとした夜中。槻達が去った後、雨は全てを洗い流し、そこには何も残さなかった。

 ────その少し後、千里アリスはその日のうちに槻と氷によって殺された。遺体は回収されたというが、詳しいことは不明だという。ロゼは〈黄昏〉の病院に着く前に完全に死亡が確認された。原因は、不明だと言う。












 ────────槻達が無事にそこを去る少し前。二つの影が月明かりの下にふらりと現れた。やって来たのでは無い。その空間から、突然現れた。

 長い髪を一つに括った片方の影は、吉野蒼。蒼は大きく伸びをすると、何か確認する様に辺りを見渡した。瑠雨は蒼同様に辺りを見渡すように視線を動かすと、警戒態勢を解いた。

 ピシリ、と只者ではない何か鋭い気配を漂わせる二人を前に一匹の白い鼠は怯えて逃げた。

 それを視界の片隅で見ながら、瑠雨は己の主であり、相棒である蒼に言葉を投げた。


「白樹さん達が粗方片付けてくれたみたいですね」

「うん。何事も無かったと良いけど」


 吉野蒼とその〈蝶〉である瑠雨は、白樹達の足止めや、何やかんやのあれそれにまんまとかけられていた。そのため、不穏な空気には気がつけども向かえないでいた。それも全て白樹たちのせい。

 ────それが結果として良かったのかどうか。だが、そのおかげで蒼がぶっ倒れずにご飯にありつけたのは間違いない。

 瑠雨は足元に転がっていた細く長い棒を手に取ると、弄んだ。途中蒼の頬をかすむ。危ないよ、と蒼は笑いながらそれを避けた。瑠雨は足元をグサリと突き刺すと、手を離した。もう、何も聞こえない。


 トントントンっと嫌に軽やかな足音を響かせながら、蒼はくるりと振り向いた。暗闇で猫のように碧が光る。


「瑠雨、今回もじゃんけんしようか」

「蒼が食べていいですよ。どっちにしろ、同じなんですから」


 瑠雨は後ろで一括りにされている水色の髪を、くるくるりと指で遊ばす。一歩下がり、弱った獲物から距離をとる。


「ナイフ二本突き刺さったこれを食べたくないだけでしょ。────今は瑠雨が針で心臓一突きしたから三本か」


 舌舐めずりしながら、蒼は血塗れどころの騒ぎじゃないそれを見た。

 このままだと生き返っちゃう。生き返ったらきっと、皆のこと殺しにくる。それを分かっている暁闇からの依頼では、殺し方は問われなかった。


「拾い物ですけどね」


 瑠雨はため息をついた。


「不機嫌な白夜が来る前に早く食べて下さいよ」


 お言葉に甘えて、と蒼はそれの脇に座り込み、手をかざした。そして、


「頂きまーーす」



 月明かりの下。お食事の時間。




 そしてもう一つ。皆がいなくなった後、時は丁度丑三つ時。

 真っ赤に胸を濡らした少女の影が、月明かりの下で揺れていた。肩下までの長い黒髪を風に揺らし、地に膝をついて何かを睨みつけている。その眼は、紅。朱にすら負けずに煌々と輝いている。可愛らしい顔と相まって、まるで真っ赤な瞳の凶暴な兎さん。


「────私に、何をしてくれたのかしら。(かなえ)


 真っ赤に塗られた小さな唇を少女は開いた。どこか幼さの残った声が辺りに響く。

 暗殺組織の叶は、珍しく少し怯えた表情をすると答えた。どこか体が逃げている。そして口調。怒り寸前の少女に普段とは違い敬語を使っている。


「お(こう)さん、真っ赤な胸のことを言ってるならそれは僕じゃありませんよ。やったのは氷です」


 とくとく、と心臓が脈打つ度に染め上げられる胸元を見た。お紅さんと呼ばれた少女は、不快な感情と共に氷に胸を撃ち抜かれたという事実を認識した。

 ────痛い。


「指示したのはあなたでしょう? つーちゃが泣いてるじゃないの」

「すみません。上からの命令なもので、彼女を殺せと」

「……良いわ。詳しい事情は後で聞くもの。で、千里アリスちゃんはどこにいるの?」


 (べに)は袂からするりと銀色に輝く銃を取り出した。緻密な装飾が取り施されたそれを弄ぶように回す。


「既に一回殺されて、〈魂喰らい〉に近い状態にあります」

「ふぅん、じゃあこれが最後なのね。あ、忘れてた」


 紅は踵で地面を蹴った。辺り一面に広がっている影が一瞬、ふわりと()()()。紅は脇で倒れている少女を愛おしげに見ると、影に呑み込ませた。胸を撃ち抜かれた、茶色のふわふわとした髪の少女だった。


 膨れ上がった、浮き上がった影はそのまま何事も無かったように戻った。


「つーちゃも優しいんだから。甘んじて受けるなんてさー。さぁ叶、案内しなさい」


 うふふ、と楽しげに笑う少女にテンポを取り戻したのか、叶は言った。


「案内も何もそこに居ますよ。化け猫さん」

「あらあら? じゃあ蒼と瑠雨兄は見逃してくれたの? てっきり回収しに行けないくらい、とぉーくに千里ちゃん逃げたんだと思ったんだけど? あの二人ならできるでしょうに」


 はて? と紅は首を傾げた。


「その話は近々行われる会議で聞けば良いでしょう。今回の事は特に」

「そうね! まぁ、魂の回収は勿論するからね! 翡翠姉さんへのプレゼントにしないと。──あれ? 今重症負って昏睡状態なんだっけ?」


 タッタッタッと走り出そうとした紅は、踵を使ってくるりと振り向いた。鮮やかな真紅に染められた裾がふわりと舞い上がる。


「そこまではまだ、」

「ふぅん、じゃあ良いや」


 興味無さそうに返事をした。




 紅が勘に従って道を進むと、暗闇の片隅にひっそりといる形無き黒を見つけた。何かがとぐろを巻いたような、子供の落書きのようなそれは〈魂喰(たまぐ)らい〉の赤ん坊。核となっているのは、千里アリスの魂。


「さぁ〈譲葉(ゆずりは)〉。最後の役目を果たしなさい。あなたが次の子を、護るのよ」


 紅が楽しげに引き金を引くと、一瞬降り注いだ透明な雫はとろりとした朱に侵された。


 嫌だと藻掻く魂を、影を使ってまた呑み込めば、感情が一気に流れ込んできた。

 それを噛み締めるに目を閉じていたら、紅の元にふわりと何かがやってきた。季節に少し早い、蛍のような淡い光が。紅はそれの()()()()()()





 ────アリス嬢と一緒に居たい。





「誰?」



「つれ、てってあげて、……今私は、無理」








 ちりぃん、と葬送の音が暁の光を浴びて一度だけ鳴り響いた。



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